VS.一年前の春は転換期?
新品の戦闘服に袖を通す。
「こ、これはっ!」
「どうした二郎ッ。やはり敵の罠か!?」
「……き、気持ちいい」
戦闘服の付属品として追加されていたスマートウォッチを見ると、『疲労回復マッサージ中』と表示されていた。どうやら、新型の戦闘服に追加された機能らしい。
戦闘服が覆っている体全体を熟練のマッサージ師が癒してくれている。体中の血行が改善されて熱くなってきた。
「クソ、怪人の癖にいい仕事をする」
「ほう。どれどれ、鍼灸師モードもあるのか。ポチっと」
「おい、春都。勝手に人の戦闘服をいじるな……ぐぉぉおお」
今度は全身のツボが一斉に刺激されてしまい、ベッドの上で体をよじる。
先ほどよりも強い回復効果を得られそうなのだが、その分、刺激が強くて体が受け止め切れていない。天国と地獄を同時に味わい、精神がどうにかなってしまいそうだ。
機能をオフするためにスマートウォッチに手を伸ばすのだが……春都の奴が邪魔しやがる。
「早く回復するためと日ごろの恨みだ。我慢しろ」
「は、春都ォォ。ぐぇ。ぬおおおっ!」
恨みの部分が九割ほどありそうな発言である。
男二人が片腕を掴んで攻防を繰り返していると――、
「――失礼します。二郎さんはいらっしゃるでしょう……か――」
――五十鈴響子らしき女学生が研究室のドアを開いて現れた後、悶える俺と取り押さえる春都を見て、そっとドアを閉め直した。
「――受けっ、ネコっ! 失礼しました!?」
すぐに後を追ったのだが、五十鈴は煙のように姿を消していたと追記しておく。
いらない誤解を受けないように、研究室の奥、秘密の眼鏡先輩専用研究室に移動した。
眼鏡先輩の作業を邪魔しないために外に移動していたのだが、もう一区切りつけていたので遠慮はしない。
「大都会ディスイズニーランドの廃墟化の影響は少なくない。世間に知られている怪人事件の中では、最も大きな事件だから当然だね。……それでも、大都会政府の動きが鈍い」
眼鏡先輩は大都会ディスイズニーランド事件の影響を調査していた。
結果は、大きな怪人事件として取り上げられているものの、それ以上ではないというものだ。行方不明者が数百人、逮捕されたニボシ型怪人も数百人いる規模の事件にしては、政治機関に動きが見えないらしい。
「大都会政府はいつもの事じゃないですか」
「この研究室が僕に与えられた頃は積極的に動いていたんだ。研究室の維持費は定期的に支給されているけれど、成果の催促が一切ない」
以前にも、眼鏡先輩は同じ事を言っていた。お役所仕事なのだろうと俺は気に留めていなかったのだが、研究室の責任者である先輩はそうもいかない。
「上からの催促がなくなったのは去年の三月末頃。……ちなみに、大都会ディスイズニーランドが破壊されていたのも去年の三月頃ではないかと言われている」
奇妙な時期の符合である。そういえば、悪の秘密結社がエヴォルン・コールを名乗り出したのもこの時期だ。
ちなみに、俺が去年、大都会駅の崩壊事故に巻き込まれたのも三月末。ホワイト・ナイトを目撃した俺にとっては怪人事件なのだが、世間では建物の老朽化による天井崩落、事故としか見なされていない。
「もしかすると、去年の三月に重大な局面があったのかもしれない。僕達は何も気付かず日常を暮らしていたけれども、実は既に手遅れになっているのかもしれない」
レンズの透明度を落として、眼鏡先輩は暗い想像を語る。
すぐに首を振り、眼鏡先輩自身が否定したが、去年に何かが起きたのは確かなのだろう。
「予測ばかり語っても仕方がない。分かっている事を話し合おう」
気分を入れ替えるため、眼鏡先輩がテーブルに運んできた銀トレー。パンフレット、ボールペン、USBメモリ、ハンティングキャップ、等々、何を基準にチョイスしたのか分からない品が並んでいる。
実は、これ等はすべて春都が地下の敵施設の中で回収した物品である。混乱の最中に目につく物を手あたり次第に拾い集めていたらしい。
春都は自分の成果を早く聞きたいのか、眼鏡先輩に詰め寄る。
「USBメモリはどうでしたか? 怪人の秘密やエヴォルン・コールの組織図とか入っているかなって、一番期待しているのですが」
「残念だけど、データは保存されていなかったよ。絵柄を見る限り、お土産品だったみたいだ」
まあ、情報流出に厳しい世の中だ。そう簡単に機密データを入手できるはずがない。
意気消沈しながらも、挑戦者たる春都は更に聞く。
「新人怪人向けのパンフレットはどうでしたか?」
「ディスイズニーを占拠していた怪人派閥についての情報があったけど、他は期待できそうにないかな」
ダウン二回目だ。次のダウンで春都はKOとなってしまう。
「……ボールペンは?」
「驚く事に、エヴォルン・コールのオリジナルだった。怪人が握っても潰さないように強度を高めている。まあ、それ以外はただのボールペンなのだけど」
KOされた春都は床へと倒れ込む。決死の覚悟で敵のアジトに挑んだというのに何の成果も得られなかったのだから仕方がない。同情はしてやろう。
トレーの上にはまだハンティングキャップが残っているが、春都は最初から期待していなかったらしく見向きもしていない。
「この帽子は穴が開いていて、誰かが使った形跡があるけど……」
眼鏡先輩はフォローしたそうなのだが、事実を言うしかなく、死体蹴りにしかなっていない。
……ただし、俺は帽子に見覚えがあった。何となくハンティングキャップを銀トレーから拾い上げると、ぽいっと春都の傍の床に落とす。
準備が済んだので春都にじゃんけんを挑む。
「ほら、最初はグー」
「いきなりどうした、二郎?」
「じゃんけん、ポン」
俺がグーで勝利した。とりあえずは一勝だ。
「最初はグー」
「だから、二郎。何がしたい?」
付き合いのいい春都がパーを出して、俺がチョキ。これで二連勝。
「じゃんけん、ポン」
……と、繰り返し勝負を続けること十回。俺のストレート勝利で終わったので早かった。
「えーと、十連勝で0.097パーセントぐらいか」
「俺ってこんなに運が悪かったのか。ゴミばかり拾ってしまったのは、俺の運が悪かったからか」
「ちょっと待って欲しい。あいこのない連勝だから、確率は0.0016パーセントだよ。これはさすがに運が悪いでは済まない。二郎君、何をしたんだい??」
眼鏡先輩に問われたので種明かしをしよう。
床に落とした加齢臭のするハンティングキャップを拾って、二人に見せる。
「この帽子は、怪人スキンヘッドが被っていた帽子です。相手に向かって投げると、相手の幸運を消し去る怪人技が発動するみたいです」
二人の男の親密な光景を目撃してしまった五十鈴響子は、冷房で頭を冷やしてから再び研究室を目指した。
年頃の男はふざけ合うのが好きで、プロレスも好きというのが五十鈴の知識だ。多少、顔の位置が近かったからといって、そういう間柄と確定した訳ではない。いや、仮にそういう間柄だったからといって、彼女が入室を遠慮する理由は一切ないのだ。
「二郎さんに真意を問わないと。あ、第二ヒーローの方であって、そっちの方ではなくて」
五十鈴はドアの前に立って、深呼吸を挟んでからノブを回した。
「――失礼します。二郎さん、お話が――」
ドアが開かれて、研究室の中の光景が目の前に広がる。
そこには、丁度、奥部屋から二人の男が肩を寄せ合って現れており――、
「勝手に運を下げやがって。憂鬱だ」
「そんなに落ち込むなよ、春都。ほら、しっかりしろって」
「――やっぱり、そういう関係!?」
五十鈴は力強くドアを閉めると、研究室から走り去った。




