VS.左手で掴む
――一年前、春――
「――二郎。二郎っ」
散乱して散らばるステンドグラス。
火花と紫電を散らす電子広告。
壊れて変調した奇天烈な警報。
予期せぬ轟音がした瞬間に一度意識を失い、気が付いた時には、駅構内の光景が悲惨な方向に様変わりしていた。
光景の中央では、幼馴染のユヅルハが床に倒れながら俺に手を伸ばしている。倒れているユヅルハと目線が合うのならば、俺も床に倒れているのか。
痛みを発するだけで体が動いてくれない。何故、動かないのかは考えたくないのだが、床と接する頬が滑った液体に濡れている。どうしてだろうな。
「二郎。二郎ってば。手を、伸ばして」
「ユヅ……ルハ。げフォ」
「二郎!」
ユヅルハは元気に喋っているように思えるが、彼女も右腕以外を動かせていない。同じぐらいに重傷なのだろう。
大都会での大学生活を始めるべく、俺とユヅルハは新幹線に乗った。そして、つい一時間前に大都会駅に到着したばかりだったのだ。
駅構内の名所――某首相の暗殺現場。二か所もある時点で駅の危険性に気付くべきだった――を巡り終えて、次はどこを観光するのか、あるいは、先に下宿を目指すべきかを相談している最中に、突如、駅全体が大きく揺れたのである。
大地震が発生したのか隕石が落下してきたのか、それは分からない。
ただ、俺達は二人一緒に死にかけているのは分かる。
「手を、手を!」
「ユヅ……ル……は………」
「二郎ッ!!」
同じ日に、同じ病院で生まれた二人なのだから、同じ日に同じ場所で死ぬ事もあるのだろう。
まだ人生を謳歌していないというのに早過ぎる。ただ、死ぬ実感があまりない内に意識を失おうとしているのは不幸中の幸いだ。恐怖を感じずに済むのなら、こういう死に方も悪くはな――、
「勝手に死ぬな、オラッ」
「ぐふぇッ。お前、最後ぐらいは淑やかにできないのか?!」
この女、手荷物を出血多量の俺へと投げつけてきやがったぞ。お前は穏やかな気持ちで涅槃に旅立てないのか。
「私が煩悩から解脱すると? ほら、さっさと手を伸ばせや」
「うぃっす……」
手を伸ばしたところで意味はないと思うのだが、まあ、最後の我儘だ。叶えてから死のうではないか。
右手はどう頑張っても動かない。左手は、激痛が走るもののどうにか動くか。指先をタイルの端にひっかけて、クライミングをしているかのごとく手を伸ばしていく。
遅々としながらも、指がユヅルハに届いた。
崩壊した駅を背景に、俺達は手を握り合って見つめ合う。
「ユヅルハ」
「二郎」
恋人同士みたいな感じなのだが、まだ微妙なところが俺達らしい。幼馴染だったというのが結論となってしまう。
大学生活が始まれば、また違う関係性もありえたはずであるが残念だ。が、それでも一緒に死ぬというのはおしどり夫婦でも行わない変質的な愛の形ではなかろうか。
同じ日に、同じ病院で生まれた二人なのだから、同じ日に同じ場所で死ぬ。決して悪い事ではない気がしていた。
……だが、現実はそう甘くない。
「――旧人類のヒーローッ。お前とは、ここで決着だ!!」
燃焼音が急速に近づいてきた。そう思った次の瞬間には、視界がシェイクされて何も分からなくなる。衝撃波と火炎が俺の体を転がす。
視界が安定した時には、俺は仰向けからうつ伏せに姿勢が変化していた。
逆転した世界は赤い炎で満たされている。中央に立っている主人公の姿は白い。白亜の装甲板が灼熱の炎を反射している。
正体不明の白いソイツについては何も分からない。
だが……立ち位置が酷く悪い。そこの崩落した天井が圧し潰している所にはユヅルハが倒れていたはずである。
ユヅルハも文句を言いたそうに、俺の手を握り続けているではないか。
そうだ。
随分と軽くなってしまったが、俺の左手をしっかり握ったユヅルハの右手。その先が残っていたのならば、文句を言っていたに違いない。
――一年後、夏――
――仰向けになったまま、左手を握り締める。
大学の研究室にある組み立て式ベッドで眠っていたのだから、左手の中は空っぽで、誰の手も握っていない。当然の事なのに、妙に寂しかった。
無理やり動かした腕が痛んで、涙目となる。
「痛っ、体中が筋肉痛だ」
「湿布臭いと思えば、起きたのか二郎」
大都会ディスイズニーランドでの戦いから一日置いている。
占拠されたテーマパークでの戦いは、これまでとは比較にならないものであった。第二ヒーローとして戦った俺は、かなりのダメージを受けている。
戦闘服のショックアブソーバーのお陰か、打撲や捻挫以上の負傷はなかったものの――診断したのは眼鏡先輩。精密機器による検査を勧められたが、悪の秘密結社が怖いので大学に引き籠り中――全身万遍なく傷付いている。講義に出席できるようになるまで、最低でも一週間はかかりそうだ。
大都会ディスイズニーからの撤退から日々の食事まで、春都がいなければ何もできない状態である。
スプーンで一口分をすくいフーフーと冷ましたおかゆを、春都は口元に近付けてくれている。
「ほら、食え」
「悪いな、春都。お前がいてくれてよかった。その平凡な顔を見ていると安心できる」
「……と言いつつ、どうしてお前の左手は俺の手の甲をつねっている?」
「気にするな。主治医には特殊な症例で前例がないから、時間をかけて治療するしかないと言われている」
塩加減を間違っているぐらいの塩分がありがたい。
もう少し栄養価の高いものを食べて早く回復したいが、胃が調子を取り戻してからとなるだろう。
「エヴォルン・コールに宣戦布告された。傷も早く治したいが、戦闘服の方はどうなっている?」
「戦闘服を修理するには原材料が不足している。眼鏡先輩が伝手に連絡を取っているらしいが、期待はできないらしい」
激戦に耐えてくれた戦闘服であるが、一部に穴が開いてしまっていた。ジャージと異なり、糸で縫合して簡単に直せるものではない。眼鏡先輩が有していた研究用の在庫も、戦闘服強化にすべて使って残っていない。
無改造の第二ヒーローにとって戦闘服は生命線である。どうにか修理しないと俺が戦えない。
「仮面は自前だから、また3Dプリンターで作って必要機材を詰めれば直せるよな?」
「怪人コピーキャットの原動画は別媒体に保存している。仮面は作っておくから、二郎は休んでいろって」
春都が仮面を作ってくれるそうなので、甘えて俺は体力回復に努めよう。
おかゆを食べ終えて、体を横にして休んでいると……研究室のドアがノックされた。
「……誰だ?」
「届け物だな。ちょっと受け取ってくる」
研究室で購入した備品が届く事は珍しくない。春都も手慣れたもので、ドアを開いてダンボールを受け取っていた。
「お、おい。これ……」
「どうした、春都。教授宛ての荷物か?」
宛先に書かれている名前は教授のものではなかった。助教授の名前でも、眼鏡先輩の名前でもない。
「いや、宛先の名前。お前だぞ」
厳密にはまだ研究室に在籍していないはずの俺宛てに荷物が届く。
嫌な予感しかしないな。




