VS.怪人ニーマルラット 1
考えなしに怪人を殴ってしまった。
百井に向けられていたニーマルラットの害意を無理やり振り向かせるためとはいえ、もっと和やかに合コンを続けたかった。せめてフライドポテトをもう一本食べたかった。
こう、ヘルメットの内側で嘆息する。
「キサマッ。いくら去年のボーナスが低かったからといって、戦闘員が怪人を殴るなど降格ではすまないチューッ」
戦闘服を着込んで敵に成り済ます。そこまでは悪くなかった。いや、それも後先考えておらずどうかと思うのだが、切羽詰った結果の中での唯一の幸運は戦闘服の性能だ。
ただ服を着替えただけだというのに、俺の力は格段に上昇している。筋肉の動きを戦闘服の密着する布地がサポートしているため、アスリート並の挙動を行えるのだ。
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▼戦闘員二〇〇一号(偽)
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“戦闘力:1.5”
“怪人技:無(ただの大学生のため)”
“戦闘員二〇〇一号の戦闘服を着込んだだけの大学生。戦闘服のアシスト機能により戦闘力は若干向上しているが、悪の組織に立ち向かえる程ではない”
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ニーマルラットから距離を取るために後退する。と、本物の戦闘員共が俺を捕らえるべく動き始める。
「戦闘員二〇〇一号を捕らえるでチュー!」
「イィーッ」
「イィーッ」
向かってくる戦闘員の数は四人。捕まれば何をされるか分からないから逃げ回る。
「問題、東西南北の西、英語の頭文字は?」
「イ? イィー!」
「Eは不正解。西はウエストだからWだ! 不正解だ、ポテトを食らえ!」
下手クソなパルクールで店内を駆け巡る。俺の平均的な運動神経だけならもう捕まっていたが、戦闘服のサポートは偉大だ。
とはいえ、それは敵の戦闘員も同様だろう。アドバンテージはない。
ただ逃げるのではなく敵の動きにも警戒しなくては。捕まらないように立ち位置を工夫し、テーブルや椅子を壁にする。反撃でコップやフライドポテトを投げ付ける。
「イィーッ」
「問題、アルファベットの中で上下左右対称の文字を一つ答えよ」
「イ? イィー!」
「Eは不正解。答えの一つはOだ! 熱々の湯豆腐を食らえ!」
「キサマ! さっきから問題が卑怯だチュー!」
ヘイトを一定量以上稼げたので外へと向かう。ガラス戸を超えて、警察が待ち構えている屋外へ――。
「逃げられると思っていたでチュー?」
俊敏な動きを見せたニーマルラットに腕を掴まれて投げ飛ばされる。圧倒的な腕力に成すすべなく、俺はスタート地点の合コン席まで戻ってきてしまった。
受身を取るために背中から落ちて腕を床に叩き付ける。息は詰まったが、立ち上がれない程のダメージを負っていないのは戦闘服のお陰だ。
「いやッ、もう私達を解放してよッ」
「どうしてヒーローは現れない。警察は何をしている!」
合コンメンバーは初対面の人達ばかりであった。縁と呼べる程の縁はなく、会話はほとんど弾まなかった。だから、そんな人達が恐怖に怯えているからといって俺が体を張る必要はない。
けれども、俺は気力を振り絞って立ち上がって、彼等彼女等を守るために両手を大きく広げる。人々を助ける気はなくても、怪人の好き勝手にさせる事だけは許せない。
俺が暴れまわったお陰で、敵が全員店の前方に集まっており、後ろのスタッフルームに繋がる道を邪魔する者はいなかった。
「君達は、逃げろ。ここは俺が食い止める!」
「馬鹿めチューッ」
ニーマルラットの足底が腹へと突き刺さった。これは戦闘服でもダメージを軽減できずに内臓が悲鳴を上げる。
「ぐふぇ、は、早く逃げろ」
「戦闘員が何言っているのよ!?」
「敵の内輪もめに俺達を巻き込むな!」
「お、ぐっ、俺を信じて、走り出せっ!」
人質達はなかなか逃げてくれない。その所為で、ニーマルラット一人に構っている間に戦闘員が俺を迂回して人質達に迫った。
悪態もつけない容態で体を無理やり動かして戦闘員の一人へと組み付く。首に腕を回して覆面を引っ張り上げる。
「イィィッ?!」
「怪人共! 動けばこいつの覆面を剥がす。泡になって死ぬぞ」
「卑怯者めチュー! お前は何者だ! しっかりと声を発音できているから戦闘員ではないな!」
ニーマルラットは俺が何者であるか誰何した。
「そうよッ、誰よ」
「お前は何なんだ!?」
人質達も俺が何者であるかと誰何してきた。
良いだろう。俺は俺の正体を名乗り上げよう。
「――俺はッ、ヒーローだ!」
……店内は静まりかえる。嘘を言うならもう少しマシな言い方をするべき、という良い教訓となったな。恥ずかしい。
「嘘言うなチューッ」
「嘘よ! 戦闘員の寸劇でしょう!?」
「お前が、ヒーロー? そんなはずは……」
「イィィッ」
「嘘付きめ!」
敵も人質も分け隔てなく、全員から大ブーイングが起きた。精神ダメージに膝がガクガクであるが、倒れる事なく嘘を改める。
「ごほん。俺はスケーリーフットから頼まれて敵に潜り込んだスパイだ! スケーリーフットは別の所で戦っていて到着が遅れている。ヒーローが到着するまで俺が時間を稼ぐから皆は逃げろ!」
都会の人間は全面的にスケーリーフットを信頼している。ゆえに、それからの行動は早かった。
「ッ! 皆、この人が支えている間に逃げましょう」
「し、信じるのか??」
「……信じてみましょ。嘘でもヒーローと口走れる人は、きっと良い人のはずよ」
合コンメンバーの一人、対面席にいた五十鈴の一言が決めてとなり、人質達は動き出した。スタッフルームへと逃げ込んでいく。
「待てだチューっ!」
「動くな、ニーマルラット! 俺が戦闘員だけを盾にしていると思ったら大間違いだ。そこのテーブルの上に乗っているのはお前が注文したチーズだ。動けば床に落とす! チーズが汚れて食べれなくなってしまうぞ」
「ヒーローのスパイの癖に!? 卑怯な真似ばかりだチューっ」
スタッフルームの先には店員用の出口があるはずだ。俺以外は全員逃げられる。
怪人慣れしている人々は逃げるのが早かった。最後まで残ったのは皆を誘導していた五十鈴のみである。
「私の店ガァ」
あ、いや、この店の店長らしき中年のおじさんも震えながら残っている。大人の責任感って凄い。
「……皆逃げたわ。スパイさん、貴方も逃げなさい」
出口の向こう側に半分以上抜け出した五十鈴が俺を誘う。合コン中は物静かな女性だと思っていたが、行動力とリーダーシップ力が意外に高くて助かった。
「君達がまだ残っている。ヒーローは誰かを置いて先に逃げたりしないものさ」
「ッ、そんな冗談を言っていられる程、ヒーローは甘くないんだから」
残っていた五十鈴もドアの向こう側に去ってくれた。店長も去ったので人質救出という最低限の役目は果たせたと言えるだろう。
残った課題は俺自身であるが、怪人一体と戦闘員四人を相手にして逃げ切れるとは思えない。
「この、やってくれたなでチュー。スケーリーフットのスパイめ。店の占拠を邪魔してくれたお前には特別に、俺様の怪人技を見せてやるでチュー」
数の不利以上に、特異な能力を持った怪人に一般人が勝てるはずがないのである。
「俺様の怪人技は、二十分ごとに増殖する“二〇分ネズミ”だチューっ!」
ニーマルラットの全身が発光する。
遮光性能のあるヘルメット越しだったので目は眩まなかったが、問題はその後に受けた衝撃だ。
「邪魔な奴だチュー」
「な、ニーマルラットが、二人!?」
背後には誰もいなかったというのに、背を蹴られて倒れこんでしまったのだ。
「チューチュ。増殖する怪人技を持つ俺様は無敵だ」
「チューチュ。増殖するたび、一店ずつ制圧範囲を広げていって、最終的には国を支配してやるでチュー」
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▼怪人ニーマルラット
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“戦闘力:19”
“怪人技:二〇分ネズミ
二十分ごとに分身体が現れる。一度発動すると止められないので大変”
“ハツカネズミと人間を融合して完成した鼠型怪人。
改造の影響でチューという可愛らしい語尾になってしまう。
研究所の実験用ネズミが素体なので戦闘力は決して高くないものの、ネズミ的な特殊な怪人技を有する”
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前と後ろ、両方からニーマルラットの声がサラウンドに聞こえてくる。
詳細を確かめたかったが、戦闘員が集団で暴行し始めたため余裕はない。倒れて無防備な体を多数の足で蹴り付けられていく。
「チューチュ。計画の初期段階を邪魔してくれたお前は楽には殺さないでチュー」
「チューチュ。お前のような馬鹿が二度と現れないように、丁寧に痛めつけるでチュー」
頭はヘルメットで守れているが、ニーマルラットの足に顎を蹴り上げられては意識を保てない。




