VS.去る者、来る者
――スケーリーフットの正拳突きが、瞬間的に現れた何者かに阻害された。鉄の拳が砕いたのは貝殻だけ。中身には到達していない。
スケーリーフットを邪魔したのは……小さな怪人、ホロカアムシペだ。
「怪人ミズチ、さま……」
「まさか、怪人技を使用したというのかハマ。怪人ホロカアムシペ」
「怪人ミズチさま、お逃げくださいザリ、ミズチさま。アナタは、新人類を導く、ひ、と――」
未来から過去に後退する怪人技を有する怪人ホロカアムシペは、怪人技の代償として脱皮で体を縮小させてしまう。
ゆえに、連続的な使用は避けなければならない。だというのに、慕う怪人オオハマグリの体がスケーリーフットの拳に貫かれる未来を目撃した彼女は、怪人技を即時使用した。
怪人ホロカアムシペの甲殻が剥離。脱皮が始まる。
しかし……殻が脱げた場所に、ザリガニ型怪人の姿は存在しなかった。怪人技の限界を超え、怪人ホロカアムシペという存在は消滅していた。
貝殻の中にいるため、怪人オオハマグリの顔や感情は読み取れそうにない。
「……忠言感謝するハマ、怪人ホロカアムシペ。私は撤退する」
「させるとでもッ」
僅かに漂う霧を、怪人オオハマグリはかき集めた。
巨大ウツボの幻影をどうにか作り上げると、スケーリーフットと対峙させる。その間に、怪人オオハマグリは霧がまだ残っている方角から外へと脱出を図るのだ。
「させていただくッ」
脱出を完遂できるかは五分五分。いや、もっと低い。それでも、怪人オオハマグリは部下達の敗北を無意味にしないためにも、全力で逃走する。
一方のスケーリーフットは、絶対に逃走を阻止しなければならない。次に戦って勝てる見込みのない怪人オオハマグリとはここで決着をつけるしかないのだ。
「ええぃッ、邪魔だ!!」
だというのに、死に物狂いで喰らいつく巨大ウツボの討伐に手間取る。ヒーローも連戦により消耗していたのだ。
チャンスを掴み、怪人オオハマグリは眠るゲスト達で溢れた道を横切った。
遮蔽物の多い林の中、霧が多く残るシーエリアが、すぐそこに――、
「――――悪業罰示式神“前鬼”、おこしやす」
――鬼のごとき赤い太腕が、怪人オオハマグリの足を掴み取る。そのまま宙吊りにして、物陰に潜んでいた日本人形に似た女の前へと突き出す。
「幻想、ではないッ。この鬼のような怪物は地下で現れた。お前の仕業か、女!」
「漁夫の利ですね。とっても心苦しいですが、現人類は劣勢なので汚い手段を使って、美味しいところだけ獲らせていただきます」
女は酷く嬉しそうに笑っているが、当然だろう。直接戦闘なく、敵の大将首を捕えたのである。
「この鬼は怪人なのか? 別派閥の奴等、いや、政府軍の残党が施設を使ったか!」
「怪人? ええ、もちろん、違います。この子は千年前の人類選定の儀での敗北種族です。ヒーローではなかったそうですが、かなりの暴れん坊だったと伝わっています。事実、私も数日前までは使役できませんでした」
「千年前?! 過去の人類選定っ、お前、どこまで知っている!?」
女、京極撫子は怪人オオハマグリにだけ聞こえるよう、小さな声で己の正体を明かす。
「申し遅れました。私はタイプORに選定された現人類最後のヒーロー、京極撫子と申します」
京極は丁寧な仕草で頭を垂れて挨拶した。生まれのよさが一度で分かる仕草だ。
逆さに吊るしたままの怪人に対してでなければ、より様になっていた事だろう。
「お前が、三人目のヒーローッ!!」
「短いお付き合い……とはなりません。貴方の能力は魅力的ですので、この子と同じように封印して有効活用します。自由意志はありませんが、意識自体が失われるので苦痛はありませんよ」
京極はポーチの中から札を取り出す。
メッシュ模様が中央に描かれ、周囲には筆で書かれた細かな文字が並ぶ儀式的な札。古びた和紙で出来ているらしく、扱いは丁寧さが必要とされる。
更に、京極は安全ピンも取り出して、右の親指を突いて小さな傷を作る。血を出す事が目的だったようで、札の中央に親指を押し当てると彼女の指紋が赤く付着した。
「現存するオリジナルの式札です。では、怪人さん。悪業罰示式神として、頑張ってください」
「おのれッ、ヒーローォオオ!!」
鬼の異形に拘束された怪人オオハマグリは、近付けられる札を避けられなかった。
札が貝殻に接した瞬間から、怪人の体が細かな粒子となって消えていく。
「戦わずして戦利品だけを得る。私好みの結果となりました。今日のところはスケーリーフットに感謝しておきましょうか」
京極は完成したばかりの悪業罰示式神の式札を指に挟んで胸の前で構える。すると、札から霧が勢いよく噴出して、彼女の体を霞ませる。
周囲の霧も連動して京極の姿を隠すように動いた。濃霧の中で、京極の声が遠ざかっていく。
「第二ヒーローさんも秘密がありそうで。少し興味が出てきました。正直に言うと、無茶をするだけの無力な方は好みではなかったのですが、それだけではない様子。関西より活躍を見守りましょう」
怪人オオハマグリの末路を知らないスケーリーフットは、見当違いな場所を捜索していた。
霧がどんどん薄くなっており、近く園内はクリアとなる。もう怪人オオハマグリがいないと分かるその瞬間までスケーリーフットは捜索を続けるのだろう。
しかし、その前に一つ乗り越えるべき危機が、スケーリーフットの背中を睨んでいる。
「Wraaaaaaッ」
物陰に潜むワラスボ型怪人、ラフ・エイリアが、憎きヒーローに復讐を企んでいた。怪人にとってヒーローとは、楽園であった大都会ディスイズニーランドでの生活を粉々にした悪である。
戦闘の傷は深く、まだ塞がってもいない。が、怪人ラフ・エイリアは跳び出す力を全身に込めていく。傷口から血を垂れ流していた。
ヒーローに奇襲を仕掛ける。
悪の秘密結社としては規律違反である。一度退場しておきながら、名乗り上げずに先制攻撃しようとは悪質だ。怪人は己のスペックを証明するために全力を尽くさなければならない。不意打ちでヒーローに勝利しても意味がないのである。
「WraSuッBoooッ――」
怪人ラフ・エイリアは怪人としての本分を踏み外した。
「――処罰します」
「Wra?!」
ゆえに怪人ラフ・エイリアは、八つの眼を有する新たな怪人に奇襲を受けた。体を踏みつけられて、手刀を突きつけられる。
怪人ラフ・エイリアは、慌てない。魚介系怪人のエースとしての誇りをもって、八つ眼の怪人の足を掴み実力での排除を図る。
旧人類の女の姿そのものの、弱々しい姿をした八つ眼の怪人を侮っていたとも言える。
「私、怖い映画を観ないから」
「Wraっ?!」
怪人ラフ・エイリアの腕を、女は軽く払う。
八つの目の内、六つは頭部のモコモコ帽子部分で赤く光っている。残る二つは人間と同じ位置にあるのに赤く光っており、女が人間ではない事を示していた。
「ごめんなさい!」
八つ眼の女の名は、怪人ミシェル・スパイダー。
虫系怪人派閥に所属する彼女の実力は、B級上位だ。場合よっては敵対もありえる他派閥に派遣される彼女が、脆弱であるはずがない。
怪人ミシェル・スパイダーの手が怪人ラフ・エイリアの胸の中心を穿つ。深刻なダメージにより、ラフ・エイリアは生体爆発を起こした。
暴走しようとした怪人を止めるためとはいえ、仲間を手にかけなければならなかった。怪人ミシェル・スパイダーの表情は固い。
「……本当に第二ヒーローが現れて、ここを攻略してしまうなんて」
戦闘のすべてを傍観していた怪人ミシェル・スパイダーは、テーマパークにおける第二ヒーローの活躍を正確に把握していた。自派閥にとっても邪魔な存在となる。
ならば、消耗し切っているであろうタイミングで追撃する、というのが旧人類の発想となる。けれども怪人の場合は事情が異なるらしい。
「まずは、マヨ様に報告しないと!」
怪人ミシェル・スパイダーは高い跳躍力を駆使して、園外へと退去していく。
――心地良い悪夢から目を覚ます。
幼馴染に体を乗っ取られるという最悪な内容に夢見が悪かったらしく、意識の覚醒は瞬間的に行われた。
「イぎぃっ?! 全身が、とても痛いぞ。他人が糸でマリオネットを動かすように、加減を考えずに俺の体を動かしたような。うぎゃ」
連戦で蓄積されたダメージで限界だった体で、限界を超える挙動を行ったようだった。腕一本どころか指一本動かせない。明日になるまでもなく、始まった筋肉痛で全身が悲鳴を上げていた。
城壁倒壊の傍で俺も倒れたまま立ち上がれない。マイクで春都と眼鏡先輩に救助を依頼したものの、マイクが機能しているかどうかも分からない。実際、イヤホンの方は壊れていた。
満身創痍だ。
だが……テーマパークからは霧が払われている。怪人オオハマグリが倒れた証拠だ。どうにかスケーリーフットの奴が倒したのだろうか。
怪人を倒せた、と素直に喜んでよいかというと微妙だろう。エヴォルン・コールのアジトに襲撃を仕掛けて、秘密結社の情報を手に入れる。この当初の目的は完全に失敗だ。今なら、地下を探索し放題……とはなりそうもない。遠くではサイレンが鳴り響いていて、既にタイムリミット。外に逃がしたゲスト達が警察に通報しないはずがない。
「……いや、今ならまだ春都だけでもまた地下に送り込んで――」
仰向けに倒れていた俺は、今、初めて目線を地面と水平にした。
「――ここは、大都会ディスイズニーランドの、はずだろ??」
水平となった視界に映り込む風景には、テーマパーク特有のアトラクションや物語をリアルに再現した建物が……なかった。
中央にそびえているはずの巨城が、ない。崩壊した残骸なら存在する。
谷底を巡る人気のジェットコースターが、ない。錆びたレールが散らばる残骸なら存在する。
キャラクター達が住まうタウンエリアが、ない。建物の鉄骨が剥き出しの廃墟なら存在する。
怪人オオハマグリとの戦闘による余波、とは思えない。
建物の風化具合、近場に転がるぬいぐるみの腐食具合は一週間二週間ではないはずだ。恐らくは数か月から一年以上前のもの。明らかに、過去に行われた戦闘、破壊の痕跡だ。
「大都会ディスイズニーランドは、過去に破壊されていた??」
空爆でもなければ再現不可能な破壊規模だった。一体いつ、いや、一体誰が、このような酷い行いをしたというのか。テーマパークを破壊するなど、まともな人間がまともな思考で行えるものではない。
「怪人オオハマグリは、怪人技で破壊の痕跡を隠していたのか??」
今まで大都会の人々に気付かれず営業を続けられたのは、怪人オオハマグリの怪人技で隠されていたから。それ以外に方法が思いつかない。理由についてはさっぱり分からないが。
明らかになった事実が大き過ぎて、うまく飲み込めずにいる。落ち着いて考える時間が欲しかった。
……だが、俺に落ち着ける時間はまだ訪れないらしい。
大都会方向から急速接近するジェット音が、夜空を切り裂いている。
周辺に展開する機動隊が持ち出したと思しきサーチライトが、空を照らし、廃墟のテーマパーク上空で急制動をかけて止まったソレの姿を浮かび上がらせる。
ソイツの色は、白。
スケーリーフットに瓜二つの外見であるが、空を飛行するために背中から飛行機の翼とエンジンを生やしていた。
「――ははっ。その姿、俺は決して忘れる事はなかったぞ。ホワイト・ナイトォオオ!!」
上空にいるにもかかわらず、俺の歓喜の声に気付いたホワイト・ナイトは、バイザーを向けてくる。




