VS.BOM
固く閉じられた巨大なハマグリの殻を、蜻蛉切で突く。
簡単に貫通できると楽観していたのだが、プラスティックフォークが貝殻に弾かれるという普通の現象が発生して驚く。蜻蛉切が初めて負けた。
金属製の真・蜻蛉切ならば別かもしれないが、あんな長物、持ち運ぶ体力は残っていない。
ここは貝を食べる時の王道に従い、殻の境目にフォーク先を入れる。缶切りを使うように、グリグリと切開していった。あ、これは貝柱だ。
「……なかなか開かないぞ」
「――かはッ?! まさか。私の本体を発見したというのか……第二ヒーロー君ッ!!」
「火で焙る方が早いか。あと、醤油も」
「させるものかハマッ。バターと醤油で私の体を汚そうなどと、やらせはせんハマ!!」
こじ開けようとしていた貝殻が自主的に開いた瞬間、噴き出された霧の濁流が俺の体を大きく飛ばす。受け身を取って落下の衝撃に耐えたが、いい加減、体がボロボロだ。立ち上がるのもキツい。
クラクラと揺れる視界の中で、噴水のプールから怪人ミズチ、いや、怪人オオハマグリが立ち上がる。
「よくぞ、私の正体を探り当てた。素晴らしい、素晴らしいぞ。君のような勇気と知恵に富んだ旧人類から私達は進化したのだと思うと、誇らしさしかないハマ」
……少し開いた貝殻から男の筋肉質な裸足を出して立ち上がっていた。股座の絶対領域がギリギリ影になっているが、貝の中では着衣正装を怠っていないだろうな、こいつ。
怪人オオハマグリの中からは霧も立ち昇っている。心なしか、園内の霧の濃度が増した気がする。
「怪人オオハマグリ、お前は終わりだ。怪人技による偽装がなければ、スケーリーフットでもお前を倒せる」
「第二ヒーロー君、残念ながらその判断は早計ハマ。霧の偽物を操る? その程度が私の怪人技と思っているのなら大きな誤解だ。私はまだ、本気を出していないのだよ」
「なにっ」
急速に、テーマパーク全体が霧に沈んでいく。微細な水の粒子により飽和した今、目に映るものは怪人オオハマグリの姿だけだ。
白い霧のベールは劇場の緞帳。
黒い夜の帳は劇が開演する前の暗闇。
「小手調べは終わった! これより私は、私の幻想劇をもって全力で君達を圧倒してみせよう!! 人よっ、夢よっ。“儚き蜃気楼”はこれより開演するハマっ!」
霧が、一斉に晴れた。
劇の幕が上がるようにクリアになっていく園内には、いつの間にか、大量のゲスト達がいた。怪人事件など起きていない夢の国の日常風景。最も人々が集まる夏休みの夜にふさわしい、道という道がゲスト達で賑わっている。
だが、ゲスト達の相貌は異質であり、不気味。
影絵が人間を真似ているのか実体感が希薄なのだ。恐らく本物の人間ではないと思うのだが……俺の傍を横切ろうとした子供が転げた。
膝を擦り剥き血を流す子供には、確かに実体がある。子供の両親達もスマートフォンで風景を撮影していたり、買い物袋を持っていたりとリアルだ。転げたというのに子供が口を酷く歪めた笑顔で、親も笑顔のまま子供の手を引いているところは不気味としか言いようがないのだが。
「まさか、本物の人間も混じっている?」
「私の劇に没入すれば、第二ヒーロー君もそうなる。霧に沈み夢に落ちた瞬間より、ゲストからキャストとなるのだよ」
「逃げ遅れたゲストを操っているのか、怪人ッ」
「操る必要性さえない。キャストは夢の国という劇を自主的に演じて、幻想を強化していく。さあ、ここでしか観れない夢の住民達が登場したぞ」
フォレストエリアの一角で喝采が起こった。ディスイズニーキャラクター達のナイトパレードが始まったのだ。
普段であれば、電飾に彩られた台車という代用品に乗車するのだが、今は違う。実物の馬車が動き、巨大帆船が地上を滑り、マンモスが歩いている。完全に道幅を無視した乗り物が街路樹やベンチを破壊して移動する様を、不気味なゲスト達が笑いながら歓迎する。
ナイトパレードの一団は、ふと、建物を攻城兵器で破壊し現れたチェスの駒の騎士団と正面からぶつかって戦闘を開始する。そこへドラゴンが空襲を仕掛け、地面から出現する巨大なワームがドラゴンを捕食して――。
無茶苦茶だ。
ファンタジー映画のフィルムをハサミで無茶苦茶に切ってから、すべて繋ぎなおした出来損ないのMADを俺は観せられている。
「私の怪人技は霧の中限定ではあるが、人々の空想を読み取り、幻想を実体化させる。ならば、私個人の空想に頼るよりは、より多くの人々に協力を願う方が理にかなっているだろう。劇の内容が少々混沌としてしまう副作用はあるがねハマ」
「人間を集めれば集めるだけ強化される怪人技か。なるほど。だから、テーマパークを占拠したのか」
「それだけが理由ではないのだがハマ。まあ、弁明しても仕方あるまい。それよりも……そこにいると危ないな。第二ヒーロー君」
怪人オオハマグリが指摘した直後、頭上から黄色いパワードスーツが降ってきた。背中から地面に衝突して小さなクレーターを生じさせている。
「おいっ、スケーリーフット。もう少しで俺がペチャンコだ、気をつけろよ!」
「うっ、上を見ろ。第二ヒーロー」
せっかく怪人オオハマグリの正体を暴いたというのに、スケーリーフットは何と遊んで張り倒されたというのか。
スケーリーフットが指差す夜空を見上げてみる。
……山ほどに大きい巨人が、スカイ・バンブーと同じ大きさの巨大ハンマーを片手に俺達を見下ろしていた。あんな怪物に攻撃されて、よく原型を留めているな、スケーリーフット。
夢の国はレム睡眠を開始したのか、混沌度合いを深めていく。
テーマパーク中央の城は明らかに巨大化しており、頭頂部が満月に突き刺さって光り輝く。
大都会があるべき方角では巨人達が歩き回り、鍬を振る。
遠くの景色には、日本ではありえない高さの山脈が連なり、何故かオーロラが揺れ動く。
たかだか、俺とスケーリーフットを倒すだけだというのに、桁違いの幻想を繰り出したものだ。千人、万人の夢が現実化しているのだから当然か。
「……はは、これはさすがに、対抗できない、か」
怪人オオハマグリが本気を出さずに遊んでいた理由が分かってしまった。幻想を現実化する怪人技は圧倒的だ。発動させてしまった時点で、俺に勝機はない。
怪人を倒す。……いや、怪人に復讐する。
そのために大都会に再び来たというのに、なんてザマなのだろう。圧倒されたぐらいで脱力してしまうなんて、俺はアイツにどう謝罪すればよいのだろうか。
「諦めるな。まだ、怪人本体を狙えばッ」
「スケーリーフット。もう遅いと気付きたまえハマ」
スケーリーフットはガントレットを放った。
だが、怪人オオハマグリの左右から動くニー君とエルボーちゃんの石像が現れて、身代わりとなって崩れていく。防御は完璧であり、隙などありはしない。
「チェックだ。君達も夢の国に溺れろハマ」
ジェットコースター系のアトラクションはレールを外れて空を飛び、俺とスケーリーフットがいる場所へと直接乗りつけてきた。搭乗していたのは、着ぐるみやら幽霊やら侍やらアンドロイドやらと統一感のない兵隊だ。
スケーリーフットはどうにか抵抗をしているものの、肉体的にも精神的にも消耗した俺は簡単に捕縛される。様々な手に捕まれて、揉みくちゃにされていく。
「第二ヒーローッ、助ける」
「…………お前には無理だ」
視界に様々な手が積み重なっていく。黒く埋まっていく視野は、俺の精神力の残量を示しているのだろう。
つまり、もうすぐ俺の精神は飲み込まれて、終わる。怪人技の術中にはまって、きっと、それっきりとなるのだろう。
「幻想を現実化する怪人技、か――」
霧に囚われた俺が生み出す幻想は誰になるだろうか。
「第二ヒーローッ、駄目だ! 飲み込まれるなッ。助けるからッ。まだッ……二郎さん!!」
……決まっていたか。最後に、酷くツマらない事を考えてしまった。
「――――ユヅルハ」
第二ヒーローへと群がっていた雑多な幻想共が、波が退くように離れていく。
見えてきたのは、大きく首を曲げて俯く第二ヒーローだ。棒立ちとなり、両手をダラりと弛緩させている。まるで眠っているかのようである。
「第二ヒーローは堕ちたようだハマ。残りはスケーリーフット、お前だけか。終わってみれば早かった」
「くっ。まだ、終わっていない!」
「現実が幻想に勝てるものではないハマ。我々が住む世界の現実は非情が過ぎる。そもそも、私はこの通り、ホワイト・ナイトやお前を参考に作成された特別なA級怪人だ。私に勝つのは不可能なのだよ」
「足の付いた二枚貝に、私のどこを参考にした?!」
第二ヒーローは怪人オオハマグリに敗北した。スケーリーフットは許さないと言い、未だに戦っているものの、第二ヒーローを助けるのは不可能だろう。
ヒーローですら助けられないのだ。
もう誰にも、第二ヒーローは助けられない。
『幼馴染:――――怪人ごときに、私の二郎を渡す? 許せない』
――誰にも助けられない。怪人の勝利を否定できないというのに、誰かが否定している。
『幼馴染:許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』
夢に落ちたはずの第二ヒーローの左手が、いつの間にかスマートフォンを握っている。
『幼馴染:許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――』
指が勝手に動いて液晶をタップして、文字を打ち続けている。
「――――許さない。誰にも、二郎は渡さないッ。二郎は、死んでも私のものだァアアアッ!!」
ついには、指を動かすだけに飽き足らず、第二ヒーローは女の声で叫んだのだ。
割れた仮面の中で目を赤く光らせた第二ヒーローは、手を掲げる。すると、磁力に引かれるがごとく飛んでくる真・蜻蛉切・四五。
道路標識そのものな形状からは一切判断できなかった。しかし、片手で振るわれた真・蜻蛉切が多数の幻想の首を斬り飛ばした事実から想起された武器の分類は、大鎌。死神の使う、命を刈り取るデスサイズだ。
「二郎、さん?!」
「な、にが、起きたハマ?? 第二ヒーロー君は夢に落ちたはずだ」
「二郎を奪う奴等は、死ねぇェエエッ!!」
明らかに常軌を逸した第二ヒーローの行動に言動。
BOM《バーサーカー・幼馴染・モード》が、幻想を実体化する怪人技により発動する。




