VS.怪人ミズチの正体
怪人ミズチはスケーリーフットへと襲いかかった。巨大な口で噛みつくだけではない。長い体を最大限利用した叩く、ひき潰す、巻きつく体術も一撃必殺となりかねない危険な攻撃だ。装甲板に守られたスケーリーフットとて避けなければならない。
「ガジェット・ソー!」
「道路標識の次は、電動ノコギリ。意表を突くのがヒーローのやり方か」
「道路標識と同じにするなッ」
突進攻撃を避けつつ、スケーリーフットは両腕から生やした板ノコギリで怪人の胴体を斬り裂く。が、怪人の体から噴き出るのは血ではなく霧。時間経過で霧が止むと、現れるのは無傷の体だ。ダメージを負わせられていない。何かしらのトリックがあるのは間違いないだろう。
霧というと、園内に満ちているのも霧だ。
そして怪人ミズチ本人が、霧の正体は怪人技と申告していた。
「霧で幻影を作り惑わせる怪人技。もしかして、今見えているウツボの体は、怪人ミズチの実体ではないのか――」
「――戦場で悠長に考察していられるか。第二ヒーロー君」
ウツボの尾が鞭のように振られて、俺の体を狙ってくる。
立っているのがやっとの状態なので回避も防御も行えない。仕方がないのでスケーリーフットに庇われる。尾がノコギリで両断されていき、断面は顔をかすめた。
「危険だ。もっと下がれ、第二ヒーロー」
「それよりも、スケーリーフット。霧は幻覚作用のある怪人技だ。巨大ウツボの体は霧で作られたまやかしの可能性がある」
「超回復か幻覚かの二択だろうとは考えていた。どちらにせよ、私がやる事に変わりはない。全力で叩き潰すだけだ!」
もうヤダ、このヒーロー。脳筋ドクトリン一辺倒だ。
スケーリーフットは背面ブースターで高く跳び上がると、右腕を大きく引いてバネを利かせる。
大ぶりの鉄拳でも怪人の眉間にお見舞いするのかと思っていると……スケーリーフットの肩が展開して、内部から重機のアームが出現する。
ショベルカーのアームが唸り声を上げながら振り下ろされていく。大量の土砂を掻き出す巨大バケットの裏拳が、怪人ミズチの頭部を陥没させる。
「ガジェット・ハードパンチ!」
第二ヒーローに真・蜻蛉切という秘密兵器があったように、スケーリーフットにも隠し玉があるようだ。
ただ、肩から現れたショベルカーのアーム部分は、明らかに体積がパワードスーツのそれをオーバーしている。ZIP化されて保存されていたとしても許容値を超えているような。バケット部分だけでスケーリーフットの身長を超えてしまう。
スケーリーフットは強化外骨格を装備した現代ヒーローと考えていたのだが、常識外れを目の当たりにして別の考えが浮かんだ。
あれではまるで……、怪人技だ。
戦いに巻き込まれないように、何よりヒーローから離れるために距離を取った。
「A級怪人とはこの程度か! 脆い! これならば、エイリアン型の方が難敵だったぞ」
「勝利を前に驕るのは、三下のやる事だ。スケーリーフット!」
宣言通り、スケーリーフットはパワーで怪人ミズチを圧し潰す戦術を開始している。霧が吹き荒れる傷口の上から、更に打撃を加える。派手に暴れて見た目は押しているものの、回復速度を上回れるかどうかは微妙なところだ。
「あのパワー系ヒーローはあてにできません。先輩、怪人ミズチの怪人技の弱点が分かればアドバイスを」
『第二ヒーロー。仮面の外部カメラがノーシグナルだ。こちらには音声情報しか伝わってこない。詳細が分からない』
「コードネーム・春都の奴に偵察させてやってください」
『彼は一人で跳び出してしまって。第二ヒーローに敵が注目している隙に、エヴォルン・コールの手掛かりを掴んでくると』
肝心な時に出かけてしまうなんて、使えない春都だ。
『霧に幻覚作用があるのなら。……物は試しで、スマートフォンがあればその光景を撮影して欲しい。怪人の姿が霧の塊になっているような、肉眼で見た光景との差異はあるかい?』
眼鏡先輩の指示通り、戦いの様子や周辺被害を写真撮影する。
撮影に使用した俺のものではないスマートフォンの割れた液晶画面には、目で見た通りの戦闘風景が写っていた。
『弱ったね。霧には、かなり強い催眠効果があるらしい。機械を通したぐらいでは回避できそうにない』
「ここがテーマパークなら、真実を暴く鏡ぐらいありませんかね」
『むしろ、このテーマパークの構造が原因かもしれない。外界から隔絶する城壁の所為で霧が蓄積する一方だ。海に接しているから、壁さえなければ風が吹いて霧も晴れるのだけど』
外周の壁をすべて取り除けば、怪人ミズチの怪人技が弱まるかもしれない。が、何キロも続く壁を破壊する術はない。スケーリーフットならば可能かもしれないが、現在戦闘中の奴にそんな暇はないだろう。
打つ手がなく、正しい攻略法さえ分からない。
スケーリーフットは巨大ウツボの体を粉々にすればよいと考えているようだが、その保証さえないのだから、困ったものである。
手詰まりとなり弱っている中……ふと、今まで通信に現れなかった男から連絡が入る。
『――第二ヒーロー、重大な情報が入ったぞ。ここにはA級怪人がいる!』
「あー、それ、もう知っている」
どこかへと消えていた春都からの連絡だ。まだ生きていたらしい。
春都の掴んだ情報は確かに重大なのだが、三十分ほど遅かった。
『何だよ。こっちは決死の覚悟で地下に侵入して、生還を果たしたところなのに』
「あのエレベーターを降りたのか。まだ怪人が残っているかもしれないのに無茶をしたな」
『地上にわんさかいるなら、地下に降りても同じだろ。そう思って頑張ったのに、もう知っているのか。だったら、A級怪人の怪人技も?』
「知っている。というか、困っている」
『マジかよ。俺の努力がぁ』
春都は嘆いているが、地下のどこにそんな重大情報が隠されていたのだろうか。俺は発見できなかったのに。
『変なシリンダーが並んだホールに隣部屋があったぞ。机の上に置いてあった新人怪人向けの教育マニュアルを拝借したんだ』
「怪人ミズチが、自分でA級怪人である事や怪人技の効果を説明していなければ役立ったと思うが、少し遅かったな」
春都が地下で発見したという教育マニュアルには、頼りになる先輩怪人の名前、新人類としての模範と規律、名刺の渡し方、社会怪人として報連相を守りましょう、というためになる教えが書かれていたらしい。
『怪人ミズチ? 第二ヒーロー、何を言っている??』
「お前が何を言っている。A級怪人の名前は怪人ミズチだろうに」
『……いや、A級怪人の名前は怪人シンだろ? どう読み間違えたらミズチになる?』
俺には春都が何を言っているのかが分からない。ミズチはミズチだ。
読み間違えると言っているが、発見したというマニュアルには漢字で書かれているのだろうか。確かにミズチという漢字を書けと言われると悩むが、読む事ならできると思われる。
『シンをミズチ。……そうかっ、シンか!』
眼鏡先輩が風呂に入ったアルキメデスのような声を上げた。何かを察したらしい。
一人残されるのは寂しいので、気付かれないようにスマートフォンのメール機能を使って漢字を検索してみる。
ミズチを変換して……水地、水落、蛟。ウツボは水竜っぽい見た目なので、蛟はこれだな。やはりシンと読めない気が。
『恭介:虫へんではないよ、第二ヒーロー! ミズチの漢字は“蜃”だ!』
わざわざLIFEで漢字を書いて教えてくれた眼鏡先輩。春都の奴も『それです』と追記している。
蜃。蜃気楼で使われる以外に使われそうにない漢字で、ミズチとも読むのか。さすがは眼鏡先輩、博識である。
『第二ヒーロー。付近の捜索を! 怪人が蜃なら、その正体は水竜以外の可能性が出てくる。大きな――を探すんだっ!』
猛攻を続けていたスケーリーフットであるが、ついに、手が止まった。重機のごときスタミナがあろうと無限に動き続けられるものではない。息を上げ、肩を上下させている。
「それで終わりか、スケーリーフット。何とも残念な」
「クソ、潰し切れなかった」
「その愚直さは笑わん。が、その非力さを笑おう。策を必要としない殲滅力さえあれば私を霧散できたのだ。それができない時点で、お前はホワイト・ナイトには遠く及ばん」
「ホワイト・ナイトとは、誰だ??」
怪人ミズチはスケーリーフットを追い詰めた。左右後ろに濃霧が立ち込める袋小路で、ヒーローを確実に始末する。
「ヒーローの自覚なき者にこれ以上の言葉はない。さらばだ、スケーリフッ――」
鋭く尖った歯が並ぶ口で、スケーリーフットを咥えて噛み千切る。
勝利を確信した怪人ミズチであったが……彼は大きく口を開くと、突如、赤い血を吐き出す。スケーリーフットへとまだ噛み付いていないので、怪人本人の血だ。
傷を負っても出血しない不死身の怪人が、霧ではなく、血を吐く。異常事態である。
「――かはッ?! まさか。私の本体を発見したというのか……第二ヒーロー君ッ!!」
巨大ウツボはそう言い残すと、全身を白く濁らせていく。最後にはすべて霧となって散っていった。
消えたウツボが凝視していた方角には、噴水がある。園内各所に見られるためそう珍しいものではないが、彫像や円形のプールがあり、他と比べて見劣りするものではない。
戦闘に参加せず後退していた第二ヒーローは、いつの間にか噴水の中に入っていたらしい。
第二ヒーローは水の中に隠れ潜む巨大な二枚貝へと、フォークを突き立てている。
「怪人、蜃。いや……怪人、蜃。見つけたぞ」
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▼怪人ミズチ → 怪人蜃
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“戦闘力:120”
“怪人技:儚きは蜃気楼
霧を操り、霧を吸い込ませた知的生命体に強力な幻覚作用を与える。一度でも霧を吸い込んでしまうと、撮影画像の光景であっても幻を現実と誤認してしまう程に効力が強い。
霧の内部で戦う限り、この怪人は無敵である”
“エヴォルン・コールが誇る三体のA級怪人の一体。
姿は巨大なウツボであるが……実は霧で誤魔化した体であり、その正体は人間サイズの巨大な二枚貝である”
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