VS.怪人ホロカアムシペ
ブラックアウトしていた意識の浮上と共に、視界の照度と解像度が上昇していく。
周囲でドタバタとうるさい戦闘音が聞こえてきた所為で、気を失っていられなくなった。体の節々が痛み、上半身を動かすだけでも億劫になってしまう最悪の起床である。
仮面は……良かった、外れていない。装着したままだ。
次に目覚める時はあの世か、手術台の上だと思ったのだが、まだ現世の屋外らしい。
「とうとう、私達の前にヒーロー・スケーリーフットが現れたザリね。タイプOAに選定されたヒーローか。怪人ミズチ様の邪魔をしようなどと、与えられた使命を理解できない愚か者め」
少しだけ体と首を動かして戦闘音の方角を見る。
いつの間に現れたのか、黄色い装甲のパワードスーツのヒーロー・スケーリーフットが暴れていた。接近する敵を片手、片足の一撃でノックダウンさせている。
怪人ニボシの集団が囲い込もうとしたものの、ちぎっては投げられ、ちぎっては投げられ。ジェットコースターの荷台へと次々と突き刺さって出荷されていくのがオチだった。
スケーリーフットが現れたから、第二ヒーローである俺は怪人共に放置されていたのか。感謝はしないが助かった。
「怪人ニボシでは相手にもならんザリね。ドクトル・Gが決めたルールでは一対一が原則だが、防衛戦闘なら別だ。怪人フラットマン、動きを止めるんだ。私が仕留める!」
「承知カレイ! スケーリーフットの奴は不用心にも、既に俺様を踏んで……ぐふぇェッ。え、エヴォルン・コールに、栄光あれェェッ!!」
スケーリーフットの足元に平べったい怪人が潜んでいた。が、その位置取りは危険が過ぎる。強く踏みつけられて瞬殺してしまうのも当然だった。
生体爆発の衝撃波を一切気にしないスケーリーフットが、煙の中でも油断なく、怪人共に睨みを利かせる。
「くっ、C級怪人でも駄目ザリか。これがヒーローの実力。所詮はコピー品でしかない私達では……いや、後発の私達は、オリジナルより洗練されているのだ。私達は誰が相手だろうと戦える!」
「怪人、自問自答している暇があるなら早くかかってこいっ!」
「言っていろザリッ」
残ったザリガニ型怪人とスケーリーフットは直接対決を開始する。
負傷甚だしい俺は観戦するしかないものの、手出しは必要なさそうだ。スケーリーフットは怪人を圧倒し続けている。
ハサミで腕を挟まれても、挟まれたまま腕を振って怪人を殴りつける。
ハサミで顔を殴られても、片手で受け止めてから復讐で怪人を蹴り飛ばす。
第二ヒーローをKOした怪人の必殺の一撃も、スケーリーフットにとっては子供のパンチに過ぎない。何発放とうと、分厚い正面装甲を突破する事はできそうになかった。
逆にスケーリーフットの鉄拳は、たった一撃で怪人を爆散させるパワーを有する。
「間に合わなっ、怪人技“緊急後退”!」
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▼怪人ホロカアムシペ
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“怪人技:緊急後退
後退した距離に応じて時間を巻き戻す。一センチで十ミリ秒が相場。怪人技が発動した場合、他人からは瞬間移動で後退したようにしか見えない。
なお、後退距離にかかわらず一回の怪人技で脱皮一回が対価である。体が一回り小さくなっていくので、いつかは消えてなくなると思われる”
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――怪人がいつの間にか一メートル後方に下がっていた。ワープ能力でも有しているのだろうか。
怪人は瞬間移動していただけでなく、何故か脱皮も行っている。恐らく怪人技が関係していると思うのだが情報不足だ。
理不尽な効果を発揮する怪人技は正体を把握してから戦うべきだと思うのだが……、スケーリーフットにはそのような消極策は不要である。
前に出て、距離を詰めた後、敵を殴る。
ただ、それだけの作業を繰り返せばいい。
「怪人技“緊急後退”!」
「遅いッ!!」
「馬鹿なッ。私の怪人技への対処が、こんな雑にザリ!?」
瞬間移動して下がる怪人を、スケーリーフットは愚直な動作で追い詰める。瞬間移動しかできない怪人を歩いて追い込んだ。
怪人の背後には、夢の国と現実の境目、城壁が聳える。
「怪人技“緊急後――”はっ、壁。もう下がれないザリ」
「砕けっ、ガジェット・パンチ!!」
スケーリーフットのガントレットが、アフターバーナーを噴出しながら射出された。
怪人の頭を粉砕しても勢いは止まらず、分厚い城壁をも貫通してしまう。ガントレットと同じ大きさの穴が壁に開いた。突破力が強過ぎると、破壊する範囲はむしろ小さくなるものらしい。
「続けてガジェット・ウィンチ、はぁああッ!!」
ガントレットの後部には、発射後に巻き上げるためのワイヤーが繋がっている。
スケーリーフットはガントレットを横に滑らせて、ワイヤーをウィンチで巻き上げながら壁を切り裂いていく。豆腐をタコ糸で切っているようなお手軽感であるが、高速道や都心の街並みを隠す城壁は高い。重量も相応にあるというのに、ワイヤーは広範囲を削り切った。
数十トンの構造物がスライドしながら倒壊していく。支えを失ったブロックが連鎖的に崩壊を開始した。轟音と土煙の向こう側で、見慣れた大都会が広がっていく。
脱出不可能のテーマパークに、巨大な出口が出現した。スケーリーフットの奴め、狙って破壊したのだろう。
「さあ、ゲスト達! 早く脱出するんだ!!」
「そんなっ、傷付いた第二ヒーロー様を残して私だけ逃げるなんてできない。それに、怪人が現れると一人でトイレに行っちゃう、お腹の緩い友人が心配なんです!」
「……ごほん、第二ヒーローと君の友達は私が後で救出するから、逃げなさい」
作られた脱出路を通じて、俺が連れていたゲストは外へと生還できた。
第二ヒーロー単独では救えなかった。最終的には本物のヒーローが彼等を救った事実に、やるせなさは感じない。結果がすべてだ。被害者が出なかったのならば、それでいい。
スケーリーフットが俺へと近づきながら話しかけてくる。
「第二ヒーロー。立てないだろうから、私がお前を運ぼう」
「……余計なお世話、だ。俺はいいから、まだ園内に残っている、人達を、助けに行け」
「お前も私が助けるべき一般人の一人だ」
パワードスーツを着たおっさんにお姫様抱っこされて輸送される趣味はない。俺はいいからあっちに行けと顎を振った。
「……スケーリーフットッ、まだ、終わってはいないザリ」
崩れた城壁の破片が倒れて落ちて、倒したと思われていたザリガニ型怪人が再登場する。
遠近法によるものという言い訳ができない程に、怪人の体は小さくなっていた。絶叫系アトラクションに乗れないぐらいの背丈しかない。
スケーリーフットの拳が砕いたのは怪人の抜け殻のみだったようで、小さくなっていた本体には命中しなかったのだろう。
運が良かったと言える……だろうか。万全な状態でもスケーリーフットに勝てなかった怪人が戦闘を望んでも、結果は既に見えている。
「怪人を見逃すつもりはない」
「人類存続のために、私は最善を尽くすのみザリ。人間を改造する手段しか採れない自分の事など、端から二の次だ」
「怪人の勝手な言い分も、聞く気はない!」
小さくなった怪人に向けて、スケーリーフットは再びガントレットを発射する。
怪人は瞬間移動を行わず――あるいは行えず、ガントレットの到着を待つのみだった。隠れていれば助かった命だというのに、あえて姿を現した。その心意気は見事であるが現実は非情。殴られて怪人はペチャンコとなり、生体爆発を――。
「――怪人ホロカアムシペよ。お前の研究なく、安全な旧人類の怪人化は進まない。退場するにはまだ早い」
いつの間にか、白い靄が辺りを霞ませていた。
崩壊した城壁。その向こう側に広がる現実も白く霞む。
靄は濃度を増して霧となり怪人の姿を覆い隠した。直後に、ガントレットが霧の中へと突入したが……生体爆発は発生しない。
「手ごたえが、ない??」
「スケーリーフット、あっちだっ」
どこに怪人が消えたのかというと……答えは、正反対の方向。大都会ディスイズニーランドの中心に建つ巨大シンボル、ノー・トラスト・キャッスルを背にする場所に移動している。
「怪人の瞬間移動、か??」
「スケーリーフット。怪人の後ろに、何かいるぞ」
濃度に差はあれど、霧は園内の各所で発生しており遠くを確認し辛くなっている。
更に今は夕暮れ時を終えて、もう夜だ。霧の向こう側にいると、相手の図体が大きくても見逃してしまう状況だ。
ゆえに……、俺は音を聞いて気付いた。長い胴体が地面を這って移動するような音が聞こえたのだ。
「怪人ミズチ様っ。申し訳ありませんザリ」
「スケーリーフットが相手では仕方あるまい。よくやった。休んでいるのだ」
霧の幕を破って現れた部位は、巨大な肉食魚の頭部。
手足のない太い胴体も続けて現れる。
その獰猛な目付きと、見た目に反した紳士的な男性の声質。地下で目撃した巨大ウツボの怪人で間違いない。




