VS.怪人ラフ・エイリア
怪人が、滑った黒い腕を伸ばしてくる。
当然、回避を試みたのに、相手が早過ぎる。凶悪なエイリアンの姿をした怪人がエレベーターから現れたことに、多少とはいえ動揺したのも致命的だった。
怪人に、仮面を掴まれた。
そのまま馬鹿みたいな力で押され続けて、頭の側面から壁へと――。
「Wraaaaaaッ!」
――脳神経がシャットダウンしていた。怪人の声で復活できたものの、何が起きたのか、状況把握できない。
こめかみ辺りがズキズキ痛むが、俺の身に何が起きた?
「WraaaaaaShuッ!」
「が、がァ、あがッ?!」
怪人に捕まれた仮面が引かれて、強く押される。そのたびにミリ秒気絶しては痛覚を刺激されて覚醒する。
仮面内部の機器が壊れていく。壁にぶつけられている右側の網膜投影機は機能を失った。バイザーにも細かなヒビが生じて、穴が開く。
機器が壊れているのなら、俺の頭部も傷付いている。仮面を脱いで確認しないと傷の深さまでは分からないが、血が目や口にドバドバ入り込んでくるぐらいの負傷であるのは間違いない。
「WraaaaaaSuッ、Boooッ!!」
最後の一撃で俺の頭は壁にめり込んで停止する。視界の半分が黒一色なのだが、恐らくコンクリート壁の内側の光景だ。仮面がなければ即死だった。
エイリアンの顔をした怪人が、顔を近付けて俺の息を確かめている。そうでなければ、卵を産みつけるための下見に違いない。
「第二ヒーローもよくやったと言いたいが、B級上位の怪人ラフ・エイリアでは役不足だったか。……生かしてはいるだろうな」
「Wraaaa」
「流石は私に次ぐ戦闘力を有する怪人だ。これで声帯が魚並みでなければ完璧だったのだが、今後の進化に期待しよう」
==========
▼怪人ラフ・エイリア
==========
“戦闘力:50 + 50”
“怪人技:W・R・S・B
異星人系映画を視聴した事のある相手と戦う際、戦闘力が二倍となる”
“ワラスボ型怪人。頻繁に某エイリアンと誤認識されるため、本人は自分がワラスボであると常に主張している。
怪人ミズチが怪人化薬を用いて生み出した怪人の中では、トップクラスの戦闘力を誇る。将来的にはA級怪人に昇格する可能性が高い。
戦闘力優先で言語機能が低いため、ネットが主なコミュニケーション手段となっている。掲示板にワラス……もとい、ワロスと書き込むのが趣味”
==========
こっぴどくやられてしまった。雑魚怪人を倒して調子に乗っていたとして、所詮はそこ止まり。出る杭は打たれて、俺の頭も壁に埋められる。
息をするだけでも辛い。
頭痛も人生最悪の痛みを発している。荒波の外洋を征く漁船の中で、寝不足のまま他人の一人称視点ゲームを見るよりも気持ち悪くて吐きそうだ。
対外的には言い訳が立つ負傷具合だろう。このまま大人しく負けていても、誰も文句は言わない。
「ま、まだっ。“模倣するは猫”!」
だが、ゲスト達が地下に残っている。俺が負けてしまうと彼等が怪人の魔の手に落ちてしまうのだ。
壁にめり込んだ不十分な態勢であるものの、怪人が顔を近付けているのなら射程内。プロジェクターもどうにか作動している。
この怪人を怪人技で硬直させて、ゲストと共にエレベーターで脱出すれば――ッ。
「Wra? Wraaaaッ」
「コピーキャットの怪人技が、効いていないッ。ぐあッ!!」
これは俺のミスだ。目が退化している怪人に催眠動画を投影しても意味がない。
怪人は首を傾げて俺の行動を考えた後、俺の頭をまた壁にぶつけた。
致命的なダメージを負った。怪人に仮面を掴まれて引っ張られても、糸の切れたマリオネットのごとく手足を揺らすだけ。全身に力が入らず、ゴミみたいに床へと捨てられても、ぐったりとして動けない。
今度こそ戦闘不能だ。これで第二ヒーローは敗北していられる。
「……ま、まだ、だっ」
手足が動かないなら、指を動かして戦いを継続しよう。
床のタイルの境目に五本の指を引っ掛けて、指の長さに満たない距離を進んで、ゆっくりと怪人へと接敵しよう。
「倒れた、ままで、いられる、かっ。二度と、倒れたままで、いる、ものかっ!」
ある程度接近できたなら、隠していたフォークで怪人の足の甲を突き刺す。
……これも駄目か。あまりにも動作が遅く、避けられた。
「見事な戦意、いや、執念。旧人類のまま終わらすには惜しい男だ、第二ヒーロー。やはり、お前は新人類となるべきだぞ」
「黙れよ、怪人」
「旧人類のままでは我を通す事もできまい。私、怪人ミズチが助力しようではないか。お節介だと言うのであれば、怪人となった後に実力で抗議すればよい。私を倒す程の怪人であれば、望みこそせよ邪険にはせん」
当たらない攻撃を執拗に続けていると、異星人の姿をしている癖に怪人が怯んで後退していく。
逃げたのかと一瞬思ったが……違った。俺の全身に影がさす。
巨大なウツボの魚影が、俺を見下ろしている。
「さあ、お前も怪人となれ!」
この場で最も強大な敵が動いてしまった。これに対処するための手段は……無い。
「――――悪業罰示式神“前鬼”、おこしやす」
――意味不明であるが、見たままの事実を述べよう。
ウツボの巨大な顔が、同じく巨大な赤い腕に殴られて吹っ飛んだ。
赤い腕は虚空より現れた。前触れは一切なく、現実感もない。実際のところ、腕自体も半透明で実体がないようにも思える。それでいて物理的に干渉しているのだから妙な話だ。
「な、んだとっ! この腕は、どこから?!」
ウツボの巨体が転がって、シリンダー部屋を数本巻き込んで倒壊させていく。
細かな破片が舞い上がり、埃と混ざって煙と化す。煙が増すように、赤い腕は積極的に床を破壊し、天井も一部崩落させていた。
ウツボが煙の向こう側へと消えていく。
煙のこちら側では、赤い腕が肩から先、上半身も半透明ながら出現。アトラクションホールに現れたソレは、角を有する赤い鬼だ。
赤い鬼は俺を一瞥した後、体が薄まって見えなくなっていく。
怪人同士の仲間割れだろうか。赤い鬼は怪人の一種に見えなくもなかったが……別種の生物というのが正しい第一印象である。
理解し難い出来事だったが、そんな些事に惑わされはしない。俺は俺の目的を果たすべく前進あるのみ――、
「――第二ヒーローさん。貴方は恨みと救い、どちらを掌るヒーローでして?」
――女の囁き声への返答にはかなり悩んだ。
悩んだ結果、よろよろと立ち上がると、後ろへと振り向く。エレベーターの扉は開かれたまま、俺を待っていた。ゲスト達が必死に手招きしている。薄情に俺を置いて上がっていれば、地下に留まっていられたのに残念だ。
問題は俺がエレベーターへと到達できるかであったが。
たった三歩目で、足がもつれて倒れていく。
「私に体を預けていいですから、さあ、こっちですよ」
傍にいた女が肩を貸してくれた。囁き声は幻聴ではなかったらしい。幻聴を聞くとすればアイツ以外にありえないので、当然である。
「ヒーローを名乗っておきながら、情けないな、俺は」
「うーん? 力量や原因や顔はともかく、行動はヒーローらしかったと私は思いますよ。大都会人の中にも骨のある人がいたのは驚きです。多少、見直しました」
俺は大都会人ではないのだが、体調を理由に黙っておいた。




