VS.大都会ディスイズニーランド 1
チャラ男先輩の友達の輪を辿り、ディスイズニーランドのチケットを三人分どうにか入手する。学生達が活発化する夏場の入手難度を舐めていたため、かなり苦労した。
「ホテルの宿泊予約までは取れませんでしたが、入園チケットは全員分揃えました。自分と先輩と春都、全員で行動できます」
電車に揺られながら県境を超える。
一緒に研究室を旅立った春都と眼鏡先輩にチケットを渡した。
「敷地が広いため、最初は別々に行動します。怪しい場所に目星をつけた後は、俺が単独で潜入して確認するという手はずで」
「分担はどうするんだい、二郎君?」
ディスイズニーランドは大きく三つのエリアに分割できる。
カートゥーンな街並みと愉快なキャラクター達がお出迎えするタウンエリア。
大自然を再現し、多彩なアトラクションで客を熱狂させるフォレストエリア。
遊覧船から水族館、ビーチまで揃えた海がテーマの潮の香り漂うシーエリア。
「自分がタウンエリア。先輩がフォレストエリア。春都がシーエリア。これを初期配置にします」
「どこが当たりという訳でもないだろうし、二郎の采配に任せる」
エリアを徘徊し、何も発見できなかったとしても一定時間ごとに必ず連絡を取り合う。午前で成果を得られなければ午後は担当エリアを変更する。一般客を装うため、アトラクションにも時々乗る。
そういった取り決めを行い、車内で二人とは別れた。一緒に行動していたところを目撃されて、全員が芋づる式に捕縛されるのを避けるための安全処置である。
まだ早い時間帯であるが、電車は大都会ディスイズニーランドを目指す人々で賑わっている。ランドの営業開始よりも前に行動する観光客は多い。
俺と同じ大学生らしき声も、各所より聞こえてくる。
「今週はディスイズニーで遊ぶわよ。キョーコ」
「ねぇ、モモ。毎週のように遊びへ誘ってくれるのはうれしいのだけど。先週も怪人に襲われたばかりで大丈夫?」
「怪人が現れても、もう怖くはないから。むしろ、第二ヒーロー様が現れるチャンスと思えばっ」
「い、いや、第二ヒーローを頼りにするのはちょっと。せめてスケーリーフットの方なら……」
「はァ? あんな一年以上活動していて悪の秘密結社を壊滅できていない奴と第二ヒーロー様を一緒にしないで!」
「…………イラ」
人が多ければ多い程、紛れて行動するのは容易となるだろう。
流れていく風景を眺めていると、巨大な駐車場と、それを圧倒するファンシーな色合いの城壁が視界に映り込んできた。大都会ディスイズニーランドの敷地で間違いない。
城壁は野暮ったい都会の街並みを遮蔽する。園内の夢の国としてのイメージを守るために長く連なっている。俺が今乗っている電車の路線、あるいは高速道路の橋梁というリアルから夢を守っているのだ。城壁というよりも結界に近い印象だった。
外観はまごうことなき、夢の国だ。
万単位で集客可能な施設以上に衆人環視されている場所はない。動き出してから疑うのも遅いのだろうが、ここが本当に怪人共の拠点なのだろうか。
「……まあ、行けば分かる事か」
第二ヒーローの装備をコンパクトに収めた小型キャリーバックのハンドルを、俺は握りしめる。
横に長く連なったゲートを潜り抜けると、そこは夢の国であった。
現実世界から隔絶した園内では、吸った空気さえも味が異なる。別世界への転生にトラックは要らぬ、チケット一枚あればよい。
様々な色合いの花が咲き乱れる花壇と、変幻自在に水芸を披露する噴水へと目を引かれる。
その次に注目したのは、ランドの中心に聳える巨大シンボル、ノー・トラスト・キャッスル。どこのエリアからでも見えるというのだから、かなりの巨城であるのは間違いない。
「俺の担当はタウンエリアだ。このまま直進すれば良かったはず」
子供の頃に入園しているのに、記憶が古過ぎてあまり役立たない。数年ごとにエリアを拡張しているらしいので仕方がない面もある。ただ、タウンエリアはエントランスから直進した場所にある。迷っていても最初に到着できた。
アニメーションが現実化した。こう錯覚してしまう街並みこそがタウンエリアだ。
土産となる雑貨店が左右に立ち並んでいる。エントランスの傍という事は、出口の直近でもある。ここに土産屋を揃えるのは若干、夢の国感が薄れてしまうものの商業的にも客の心情的にも妥協できる。誰だってかさばる土産を片手に何時間も歩きたくはない。
ここでしか買えない商品が人気なのは確かであるが、タウンエリアの醍醐味は土産屋だけではない。タウンエリアは設定上、ディスイズニーのキャラクター達が住まう街なのだ。
「見て、キョーコ! 出勤中のニー君がいる!?」
「本当だ。社内恋愛中のエルボーちゃんも歩いている」
ディスイズニーの主役級キャラクターの登場に、客達――遊園地では客をゲストと呼ぶ。ちなみにスタッフはキャスト――は黄色い声を上げた。
俺も声の方角へと振り向く。と、親しみあるサブミッション系のキャラクター達が手を振りながら愛想良く歩いている。住まいの賃貸アパートから出勤している最中だ。
話に聞いたところ、キャラクター達は同一時刻に別の場所には決して現れない。だからこそリアリティとレアリティが生じ、キャラクターとの邂逅には感動が生まれる。
「……キャラクターの中に、怪人が潜んでいる可能性は高いな」
俺は感動に打ち震える事はなく、冷静に着ぐるみ達の動向を観察していたが。
人気キャラクターを演じてゲストを完璧に喜ばせる。実に怪人好みの行動だ。俺は容疑者を追う刑事の気持ちで、着ぐるみの尾行を開始する。
フォレストエリアに直行した眼鏡の大学生。
後輩から眼鏡先輩と呼ばれ、頼られている上杉恭介は、人気アトラクションの一つ、ロング・ライトニング・バレーに並んでいた。
開園と同時の行動であったが、人気なだけあって同じ行動を取るゲストは多い。アトラクションへの搭乗まで十五分はかかるものの、これでも早いぐらいだ。
「……怪人が好むとすれば、人が集中する場所だと思ったのだけどね」
列に並びながらも、それとなく周囲を探る恭介であるが、何も手がかりは得られていない。アトラクションに乗るノルマを達成できるだけでも御の字と考えた。
恭介が並ぶレーンの隣を、悠々と歩いていく二人組のゲストがいた。どうやら、ファストチケットを有しているらしい。
「――ねえ、マニアの間だけの噂って知っている?」
「地下に巨大カジノがあったり、トイレで子供がさらわれそうになったりとか?」
「それ系。ランドの色んな場所に文字が隠してあって、すべて繋ぎ合わせると隠しアトラクションの合言葉になるんだって。巧妙に隠された場所に地下への入口があるとか。このアトラクションの途中にも文字が隠されているって」
「えー、隠しアトラクション? 行きたいー」
「でも、そのアトラクションに行っちゃったゲストは、そこが楽しくて二度と戻ってこないとか」
「えー、怖いー」
それなりに大きな声で噂話をしながら遠ざかる二人組。内容は気になったものの、あまりにも確証が薄い。怪人が現れる以前からあった怖い都市伝説の派生版と思われた。
シーエリア担当の春都は、散布されるミストで涼を取りながら小休止していた。
落ち着いた雰囲気のシーエリアは他エリアと異なり、朝一はゲストが少ない。海辺の街や自然を楽しむ事がコンセプトとなっており、スタートダッシュで挑むエリアではないからだ。
人目を盗むには丁度良いと、春都はバックヤードの様子を探ろうとしたのだが、目立たない箇所にあった出入口を発見するだけで、内部は探れなかった。
「出入りにはカードキーが必須。隠してあるが、監視カメラも常時動いている。潜入は無理があるか」
当然と言えば当然のセキュリティだった。悪の秘密結社ではなく、真っ当な運営会社であってもバックヤードの出入口にはゲストの侵入を防ぐ手段を設けている。大学生ごときが夢の国を攻略できると思っているのなら大間違いだ。
「どうアプローチしたものか」
一時間ほど動き続けて汗ばんでいた春都の体が、ミストによって冷やされていく。
熱中症対策で設置されているミストシャワーの台数はかなりのものだ。意地でも園内で死傷者を出さないという意思を窺える。
「イィーって言っている奴、いないものか」
春都はバックヤードの調査を断念して、戦闘員の存在に注目する。いつものパターンならば、手際のよい従業員が戦闘員で間違いない。
「……キャストは全員、プロの動きだ。流石というべきだ」
日本最大級の遊園地を支えるスタッフだけあって、動きに無駄がない。アトラクションの管理、売店の営業、園内の清掃。そのすべてが完璧だ。本物のスタッフと、スタッフを演じる戦闘員の見分けがつきそうになかった。
レンガ作りの地面を見ても、ゴミ一つ落ちておらず綺麗なものだ。
いや。春都の傍を通り過ぎた客が、ゴミ箱へと紙コップを投じ損なっている。コロコロと楕円軌道で紙コップが転がっていく。
紙コップぐらいなら捨ててやろう、と春都は地面へと手を伸ばす。
……伸ばした手の先で、紙コップが地面に吸い込まれていく怪奇現象が発生したのだが。まるで、地面に口が開いて紙コップを飲み込んだような。歯の見えないおちょぼ口だった。
一度閉じた地面の口から、ぺっ、と吐き出された紙コップがゴミ箱へとホールインワンする。
地面を凝視する春都は、地面に口だけではなく、並んだ目も目撃してしまう。
「――しまった。ゲストに見つかったカレイ」
ありえない光景を目撃した春都は、叫び声を上げ――。
――シーエリア担当の春都は、散布されるミストで涼を取りながら小休止していた。
バックヤードへの潜入が可能かを一時間ほど調査し続けた結果、夏の暑さで汗ばんだ体を冷やしている。
「どうアプローチしたものか」
春都は未だに手掛かりを一切掴めていない。
悪の秘密結社の気配や異常な出来事を、春都はまだ発見できていないのだ。
戦闘員がキャストに擬態して仕事をしていないだろうか。こう考えて周囲を探っている春都だったが……スマートフォンの着信に気付く。
「二郎。どうした?」
『春都。定期報告の時間はとっくに過ぎているぞ』
「え、まだ三十分ぐらい余裕は……あれ??」
スマートフォンの時計が示す時間は、開園から二時間経過したものだった。春都の体感時間とは一時間以上のズレがある。
「もう二時間経っていた、のか? 悪い」
『しっかりしてくれよ。熱中症なら屋内で休んでいいからな』
「自覚はないんだが」
通話を終えた春都は、地面へと目線を向けた後、腑に落ちない表情を作りながら移動を開始する。




