VS.戦闘員二〇〇一号
手洗い場のドア越しにも異変が感じ取れた。というか、チューチュー言う耳障りな鳴き声が聞こえてしまったのだ。
「か、怪人か?!」
人の世を乱す怪人の思考は一般人には考察さえ難しい。
都会にはランドマーク的な建物や重要施設が多数存在するというのに、どうして、大学生が携帯クーポンを片手に集うだけの料理店を狙うのか。あ、いや、そう断言してしまうのは店に悪いのだが。もしかするとミシュランで星一つぐらいは手違いで獲得しているのかもしれない。
「どうも、そのようだな」
「えっ!? この店、ミシュランの星取っているのか??」
「星を取っているかは知らないが、二郎が怪人の話なんてするから、本物が現れたんだ」
ポテトは大してうまくなかったが、星一つの店だと気付いていればもっと味わって食べていた。今からでも遅くないから席に戻りたいのに……残念ながら、複数人が店内に侵入してくる足音が聞こえている。店は既に怪人とその手下、戦闘員に占拠されてしまったらしい。
ゆっくりと音を立てないようにドアを開いて、隙間から店内の様子を探る。
「オレ様はニーマルラットだ。エヴォルン・コールが生み出した恐るべき怪人よ!」
ラットと付くぐらいなのでネズミっぽい怪人だった。ニーマルの意味は分からない。全体的に灰色で、細い尻尾がある。恐ろしく出っ歯だ。
「怪人!? 困ります! エリアマネージャーに怒られてしまいます!」
「うるさい。もうこの店はオレ様のものだ。チューチュー」
ニーマルラットは店長らしきおじさんを押し退けて、通路から店内の客を威嚇し始めた。戦闘員共は出入り口を占拠して万が一の逃走を防いでいる。客は全員人質なのだろう。悪の秘密結社に所属しているだけあって悪事に手慣れている様子だ。
「すいません。料理を運びますのでご協力ください。通路を通りまーす」
「あ、すませんでチュー。お前達! 仕事の邪魔をするな!」
なお、店長を乱暴に扱った怪人が、アルバイトに対しては通路を譲る。占拠した店で客からクレームを受けたくないから業務活動の邪魔はしないらしい。
「さて、奴隷となった人間共。お前達は食べ物を注文してオレ様の店の売り上げに貢献するのだ! ただし、クーポンの適用は禁じるチュー。クレジットカードもNGだチュー」
「すいません、スマフォ払いはどうですか? 現金はあまり持ち合わせが」
「仕方がないでチュー。ギリギリOKにしよう」
ニーマルラットがクーポンを禁じる非道を客達に宣言する。クソ、アルバイトをしていない大学生たる俺にとって、それは最大級の拷問と同じ意味合いを持つ。
「そこの学生共は合コンでもしていたのか? 二つも席が空いているでチュー。よし、オレ様と誰か一人、参加して話を盛り上げてやる。戦闘員二〇〇一号、座れ」
「イィーっ!」
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▼戦闘員二〇〇一号
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“戦闘力:3”
“怪人技:無(怪人ではないため)”
“改造手術待ちの戦闘員。要するに下っ端。
元はリストラされて世の中に不満を持っている中年男性であったようであるが、あまり来歴を話したがらない。家族構成は不明。
下っ端であるが、簡易改造手術と戦闘服の補助によって人間の三倍近い戦闘力を有する。戦闘服は黒。
戦闘服の覆面の影響で受け答えはイィーになってしまう”
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何と、ニーマルラットと戦闘員一名は俺と春都が座っていた席を占領してしまう。
ニーマルラットは春都の席、戦闘員は俺の席だ。
怪人と対面する破目になってしまった大学一年生の女性、百井直美さんは顔面蒼白だ。戦闘員と対面した五十鈴さんも表情を固くしてしまった。とても合コンを続けられる雰囲気ではない。
「どうした? 盛り上がれチュー」
「イィーっ!」
「そ、そういわれましても……」
眼鏡先輩が果敢に訴える。怪人相手に勇気がある。
「お二人にはまだ飲み物が届いていませんから。あ、店員さん。この二人にも追加で。何が良いです?」
そして、眼鏡先輩はメニューを怪人に手渡した。
「コーラを注文するチュー。今は仕事中ゆえ、アルコールは厳禁だ」
「イィーっ!」
「コーラを一つ。そちらは……いい? いらないそうです」
「イィーッ?!」
「眼鏡よ、可哀想な真似をするな。戦闘員二〇〇一号はミルクだチュー」
「はーい。すぐにお持ちしまーす」
流石は眼鏡先輩だ。怪人相手にも怯む事なくドリンクを注文して普通に合コンを再開し始めた。
「乾杯!」
「乾杯だチュー!」
「イィーっ」
眼鏡先輩が話を振って合コンは和やかに進んでいる。あれ、気付きたくないけど、俺達がいた頃よりも会話が弾んでいないだろうか。何だか目元が濡れて冷たいな、どうしてだろう。
「嘘っ! 怪人って残業代出ないんですかー?」
「そうだチュー。けれども安心するチュー。最近は残業が悪という風潮の所為で残業できないでチュー」
「マジっすか。パネー」
「眼鏡先輩! 前から好きでした!」
「それでも戦闘員よりマシだチュー。こいつら基本的にアルバイトと同じ扱い。福利厚生も怪人と比較すると悲惨でチュー」
「ネズミって雑食性でしたよね。じゃあ、皆で摘める物を追加しましょう」
「イィー!」
「あ、貴方はいらないですか?」
「イィーッ?!」
俺はそっとドアを閉じて、春都と顔を見合わせる。
「皆楽しそうだな、二郎」
「表面上そう見えるが……マズいな。百井さん、固まったまま何も喋っていない。五十鈴さんの腕掴んだままだ」
和んだ合コン風景に見えても、実際の所は怪人と一般人の相席である。一番喋っていた百井さんは唇を青く染めている。友人らしき五十鈴さんの腕を掴んで必死に耐えているが、精神の限界は遠くないだろう。
「春都。警察に通報だ」
「怪人通報アプリをインストールしてある。任された」
春都がスマートフォンを取り出している間、俺は何をしていたかというと……掃除道具の入ったロッカーを物色していた。万が一のために武器になりそうなものを探していたのだ。
掃除道具入れなので、当然ながら掃除道具しかない。他よりマシだと思われたのはモップだったので取り出しておく。
「イィーっ!」
「なんだ。大学生と合コンして緊張したのかチュー。手洗いぐらい一人で行ってこい」
外の監視を再開していると、戦闘員が席を立ってこちらに向かって来るではないか。
どうするか悩んだが、モップを片手にドアの扉の死角へと入り込む。
足音が近づくたび、俺の心臓は鼓動を強めていった。モップの柄を握る手にも力が入っていく。顔付きは人を襲う直前のごとく、恐ろしいものとなっていただろう。
「イィーっ!」
そして、緊張が最大限まで高まった時、戦闘員が入室してきた。
戦闘員が入ってくると同時に、俺は後ろから――、
「あ、すいません。清掃中ですが、使っていただいて大丈夫ですよー」
――と声を戦闘員にかけて清掃員を装った。手にしたモップでトイレの清掃を行う。隅が汚れていますねぇ。
「イィー」
「どうもー」
俺の完璧な演技に騙されて個室へと入っていく戦闘員。くそ、個室でなければ、ローマ皇帝カラカラのごとく、用を足して安心し切っている背中をモップで襲ってやったのだが。別に戦闘員を恐れて日和った訳ではないぞ。
どうしたものかと悩んでいると、ふと、個室の内側からベルトを外す音が聞こえてくるではないか。
続けて扉の上の隙間を通じてラバーっぽい何かがぶら下がる。黒っぽいそれは戦闘員が愛用している黒い密着スーツ、戦闘服か。まあ、潜水服みたいなものなので、脱がないと用を済ませられなかったのだろう。
「ふむ……。えいっ!」
「イ!? イィーーッ!」
ぶら下がった戦闘服を引っ張って奪取した。これで戦闘員は恥ずかしくて個室から出て来られないはずだ。
「イィーッ」
だが、俺の予想は外れてしまった。
勢い良く個室の扉が開かれて、ストライプ柄のステテコと靴下とグローブ、それと黒い覆面の変態と化した戦闘員が登場する。まさか羞恥心に負けずに外に出てくるとは、下っ端戦闘員の癖に精神が改造されてしまっている。
思った以上の速さで跳びかかってくる半裸戦闘員。変態が怖くてモップを突き出して迎撃を試みたが……柄を掴まれて取られてしまった。想像以上に力強い。常人の二倍ぐらいはあるだろうか。子供と大人の関係以上に劣勢だ。
モップを奪った戦闘員は、そのまま俺へと拳を叩き付けてきた。
肩を殴られてしまい、勢いに押されて壁へと衝突する。
「ぐッ、痛ゥっ!?」
苦痛で顔が歪む。肩甲骨が軋む。追撃が予想されるのに即座に動けない。
「うぉおおォォッ!!」
トイレの奥にいた春都が勇気を振り絞るように声を上げた。手にした得物を戦闘員の横腹へと叩き込む。
だが……春都。お前は何故に得物として棒付き吸盤――トイレが詰まった時に使用する道具。正式名称不明――を選んだのだ。
ダメージはともかく意表は突けたらしく、吸盤が戦闘員の横腹へと完璧に吸い付いている。取るのは大変そうだ。
「二郎! お前がトドメをッ、ぐはァっ?!」
ただの戦闘員の癖して馬鹿力が甚だしい。戦闘員に投げ飛ばされた春都の体が空中で弧を描いた。天井に後頭部を衝突させて、手足を弛緩させたままタイル床へと落下していく、
「よくも春都の命をぉオオッ」
春都が命を賭して掴んでくれたチャンス――気絶しているだけかもしれないが――をふいにしないため、戦闘員へと拳を繰り出した。
素人丸出しの大振りであるが、素人最大の威力で放たれたパンチは……まあ、空振りする。
正確には、足元の床が清掃中で濡れていたためにバランスを崩して、殴るどころではなくなったのだ。倒れないようにと手が掴んだのは戦闘員の覆面で、かなりの伸縮性があったものの端からビリビリと破れていった。
体勢を崩して倒れた俺を、敗れた覆面越しに戦闘員が見下ろしている。
「イィー、おのれー、清掃員ごときがッ!」
裂けた覆面の合間から、戦闘員の怒号がクリアに聞こえる。
「そんなに掃除がしたかったの……しまッ、覆面がッ?!」
覆面の下はどこにでもいそうな四十代から五十代の男の顔だった。
特に俺は何もしていない。
けれども……何故か戦闘員が声を詰まらせていく。陸に上がった魚のごとく口をパクパクと動かした後、己の喉を強く掴む。
チアノーゼ反応に顔を染めた戦闘員は、酸欠に声を掠れさせる。
「息が、できな――」
そして異常事態が起きた。
戦闘員が顔を硬直させた瞬間、肌が真っ白に染まったのだ。まるで石膏のようだが形を保てずに泡になって溶けていく。
人が形を失い消えてしまった現実離れした光景に、理解が追い付かない。
「ど、どうなっているんだ??」
戦闘員の姿はどこにも残っていない。
残されている物は、破れた覆面とグローブと靴下、それとステテコのみ。




