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VS.ソファー 1

 多くの客が行きいする複合施設の正面ゲートだというのに、誰に邪魔される事なく、むしろ誰もが避けていき、ダース単位の戦闘員が侵入に成功した。

 戦闘員共を見ただけで人々は恐れおののき、逃げ惑う。が、別方向からも戦闘員が現れたため逆走し、各所で渋滞が発生した。

 足をもつれさせた男性が転げる。

 杖を失ったご老体が立ち尽くす。

 親を見失った子供が泣き叫ぶ。可哀相に思った戦闘員が迷子センターへと連れて行った。


「戦闘員っ!」

「性懲りもないっ!」


 俺と五十鈴は中腰となり戦闘員をにらんだ。

 俺は第二ヒーローとして敵対組織の構成員に向けるべき視線を向けただけなのだが、五十鈴の臨戦態勢は素人のそれではない。妙に場慣れしている気がするが、まあ、気のせいだろう。


「何でよっ。どうして悪の秘密結社が私のいる場所、いる場所に毎回現れるのよ!!」


 普通の人間は、百井ももいのように恐怖するのが正しいとは思うが。



『――ピン、ポン、パン、ポーン。この施設は本日、この時間よりエヴォルン・コールの支配下に置かれました。お客様におかれましては、理性的な行動を取っていただくようお願いいたしますミノ』



 人々が戦闘員に囲まれて逃げ道を失ったのを見計らい、館内アナウンスが流れる。

 流暢りゅうちょうに人語を話す秘密結社の構成員と言えば決まっている。怪人だ。今回はミノタウロス系らしい。


『誰が牛型怪人だミノ! ……ごほん、お客様にとっては不運な状況ですがご静粛に、冷静に事態を受け止めて諦めてください』


 怪人の声は聞こえど姿は見えず。これまで出現した怪人と異なり、前線フロントラインに出てこないタイプのようだ。

 ……外に現れないなら、やっぱり迷宮に隔離されていたミノタウロスなんじゃないのか。


『くどいミノ!』


 観光のため……ごほん、エヴォルン・コールの拠点を探して怪人の現れていない区にやってきたというのに、結局、怪人が現れてしまうとは。大都会に安全な場所などないという証明だ。なかなか思った通りには世の中動いてくれない。

 それにしても、今回の怪人は何を目的に現れたのだろう。


私事わたくしごととなりますが、怪人となる前は三十年間、自室に引き篭もっていたでありますミノ。肩身の狭い生活でしたが個人的には充実したものであったと世間に知って欲しい。こう常々考えていたのであります。このような複合施設で充実した日々を過ごすお客様達にこそ、お勧めしたいのです』


 引き篭もりまで怪人化させて雇用する悪の秘密結社は懐が深過ぎる。というか、どこで募集を行った。やはりネットか。



『よって、お客様達を大型アームチェアに収納し、外国人が多く宿泊するホテルに出荷する所存ですミノ』

「この怪人、変態だッ」

『革越しに人が座る感触をぜひ味わって欲しいミノ。あ、ちなみに、座ってくる相手は外国の美女とは限らないので。汗だくのマッチョが座してきた場合は……それはそれで屈強な男を腕に抱いている感触こそ、やはり充実感と支配欲が――』

「最悪の怪人めッ!」



 俺と五十鈴は天井に向けて叫ぶ。どこにいるのか分からない怪人の恐るべき計画を精一杯、非難した。

 戦闘員の一部が家具店へと動く。奥から運び出してきたのは、一人用でありながら大人が丸ごと入っても余裕のある大きなソファーである。本当に俺達を椅子の中に詰め込むつもりなのか。

 これまでの怪人もかなり奇行に走った奴ばかりであったが、今回の怪人は輪をかけて異常な行動を取っている。

 どうであれ阻止しなければならない。だが、衆人観衆の中では第二ヒーローに着替える事ができない。歯がゆいものの、抵抗せず戦闘員に従う他ないのだ。……という事情がある俺はともかく、どうして五十鈴も似た雰囲気でくやしがっているのだろうか。


「イィーっ!」

「いやァ、離して。キョーコ!」

「私の親友に手を触れるなッ」


 友人が戦闘員に無理やり連れていかれているのだ、五十鈴が悔しくて当然だ。

 哀れな百井は高級感ある黒皮のソファーへと押し込まれていった。防音効果が案外高いのか、泣き叫んでいた彼女の声は聞こえてこない。

 戦闘員に逆らおうとする五十鈴。彼女を守るためにも手首を掴んで抑え……うわ。ゴリラみたいな力で俺を引きずって、百井の入っているソファーへと近づいていくぞ、この女。


「五十鈴さん、落ち着いて」

「手を放して、二郎さん! モモが梱包されて輸送されてしまうッ」

「気持ちは痛い程分かるから少しは落ち着いてく――うぉっ!? その細腕で、なんて力だ。本当に女か!?」

「肌が硬くて悪かったな! 私は女だッ」

「と、止められない。ええぃっ! そこの戦闘員、抑えるのを手伝え!」

「イィーっ!」


 五十鈴がゴリラ並みの筋力で先走っても意味がない。多数の人質と、同数のソファーが立ち並ぶ場所で暴れれば、人質が傷付く危険性さえある。視野の狭くなっている彼女にそれを諭しても仕方がないのだが。冷静でいられる俺がどうにか抑えるしかない。

 戦闘員を呼び寄せて、五人がかりで五十鈴を羽交い絞めにする。


「仕方がない。このまま五十鈴さんをソファーに詰め込むぞ。耐久性に問題はないだろうな?」

『薄くて座った相手の体温が感じられても、戦闘服と同じ高級素材で出来ているから丈夫だミノ。肌触りも抜群です』

「よ、よし。戦闘員は一人一肢担当で慎重に運べ。俺は胴体を担当する」

『どさくさに紛れて胸部担当とは、素質があるミノ』

「ゴリラの胸板に欲情している暇なんてあるか!」

「誰がカーメルタザイトのような胸をした女だって!? うぉおおっ!」

「イィーっ?!」

「だから暴れてくれるな、五十鈴さん!」


 五十鈴が抵抗を続けた所為で戦闘員が二人ノックダウンしてしまったが、どうにかソファーに収容する事に成功する。

 無駄に疲れたので、傍にあったソファーに座って一息つく。ふう。良い座り心地だ。俺と同じように汗だくになってゼーゼーと肩で呼吸をしている戦闘員共と拳をぶつけ合って健闘を称えあった。


『やはり素質があるミノ。悪の秘密結社に興味はないだろうか』

「はぁはぁ……。誰が、怪人なんかに、興味が。お断り、だ!」

『ソファー暮らしの方を望むか。それも素晴らしい選択ミノ。……せめてもの手向けで一番高級なソファーを用意させよう。A級怪人のマヨ様に頼み込んで用意していただいた最高級ソファーは、すべてが満ち足りている』


 奥部屋から運ばれてきた真っ白なソファーこそが、俺のためのソファーらしかった。

 暴れるつもりはないため、自ら進んでソファーの中に入っていく。




 内部空間は案外広く、手元には小型冷蔵庫が備わっていた。冷えたミネラルウォーターがあったので遠慮なく飲み干す。生き返った。

 ソファーの中は薄暗いものの優しいランプのような光があり、密室に収容されているような恐怖感はない。姿勢こそ変えられないが座り心地は悪くない。いや、むしろ、最高だ。

 誰かが座ってくるまでの暇を解消するためのネット機器も完備されている。スマートフォンの充電ケーブルも数本ある。電子書籍を読むためのタブレッドも数社分用意されていた。

 さらに、左手側の棚には棒状の栄養食品とお菓子が入っている。チョコレートを味見してみたが、蕩ける味わいが絶品。


 動き回れる自由がないソファーの中。


 逆に言えば、動き回れる自由がないだけで生きる分には満ち足りている。筋トレを好むタイプの人間には絶望的な環境であるが、そうではない人間にとっては閉鎖的なプライバシー空間は天国に近い。

 背中を預けると、その分だけ沈み込んでいく。

 心地良さが深い眠りを誘う。


「――寝るな、俺っ。安らいでいる場合じゃないだろ!」


 深く落ちていきそうな意識を、頬を叩いて起こす。

 そうしてしばらく待っていると浮遊感がしたので、どこかにソファーが運ばれたのだろう。地面に置かれた微振動。それから百秒数えて、行動を開始する。

 靴に忍ばせておいたプラスチック製フォークを取り出して、ソファーの背部へと向けた。

 暴れる五十鈴を捕えるぐらいに強度あるソファーの生地を、コンビニでもらえそうなフォークで切れるはずはなかったが――、


「さすがは“蜻蛉切ドラゴン・スレイヤー”だ」


==========

 ▼第二ヒーロー(戦闘型)

==========

“戦闘力:2.7”


“怪人技:

 模倣するは猫(劣化コピー)

 疑死回生(遺言メモ)

 蜻蛉切ドラゴン・スレイヤー(プラスチック製フォーク) (New!)”


“状況次第では怪人を倒してしまう……程の戦闘力はないはずなのに怪人を倒してしまう異常な一般人”

==========

“怪人技:蜻蛉切ドラゴン・スレイヤー(プラスチック製フォーク)


 何でも切断してしまう驚異なフォーク。柄の部分にカバーを追加しているので握っても安全です”

==========


 ――フォークの三叉は簡単にソファー革を切り裂く。施錠用の金具さえもハンバーグを切るよりも柔らかく両断してしまった。

 背中で蓋を押して外の気配を確認後、こっそりとソファーから脱出を果たす。

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― 新着の感想 ―
[良い点] てっきりトンボ怪人の技を取り損なったと思ったが、まさかこんな伏線が有るとは驚いました。 [気になる点] プラスチック製のフォークは有機物の筈です、蜻蛉切の能力適用外ではないか?
[気になる点] カバーはなぜ切れないのですかぁぁ!
[良い点] 今回も非常に面白かったです。 斜め上というより異次元の対応や行動。 考えてみれば非常時に一般人が常識的な行動をとっても解決しそうにありませんからね。 女の子のソファー詰め並びに幇助は法的に…
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