VS.怪人レッド・ドラゴン 3
「――あぅっ、痛いッ」
鋭利な刃で斬られたにしては、案外、軽い感じの悲鳴が海の見える海岸線に響く。
エクスキューショナーズソードよりも無骨でありながら、刀のごとき切れ味を有した標識の縦一文字を食らって、ただの大学生が痛いで済むはずがない。よって、この発言は俺のものではない。
「痛いドラぁ、指が切れたドラぁぁ」
怪人は俺を両断しようと標識を掲げた次の瞬間、力を込めた指先から出血していた。標識は明後日の方向へと投げ捨てられていき、俺は無事である。
==========
“怪人技:蜻蛉切
怪人が掴んだ無生物はすべて驚異的な切断力を持つ刃物と化す。
……ゆえに、柄も刃となってしまい怪人の指が切れます”
==========
レッド・ドラゴンの奴、何がしたくて標識を武器にしたのだろうか。
いや、確かに飛んで行った標識が電柱を輪切りにしただけでは飽き足らず、突き刺さった地面にもバターのように切れ込みを入れて半分以上埋まってしまった。かなりの切れ味なのは間違いない。
武器を生み出す怪人技とは恐れ入ったが、問題は……自分が使えない武器を作ってどうするつもりだったのか。
「なるほど、自傷行為をする怪人技か」
「違うドラッ。オレ様が掴んだ物は怪人さえ傷付ける武器となる。ただ、その性質によってドラゴンの身にさえ危険が伴うだけだ」
「ちなみに、怪人技のオン、オフは?」
「……遺憾ながらできないドラ。その所為で止まり木に止まる事さえできなくて、困っている」
ビルの手すりに止まって休もうとした際に、体が真っ二つになって死にかけた経験さえあるらしい。色々と改造に失敗していないか、この怪人。
本当に掴んだ物なら何でも切れ味が増すのだろうか。切れた指先を舐めて痛がっているレッド・ドラゴンへと、プラスチック製フォークを手渡してみる。
「ど、どうしてフォークを持っているドラ?」
「まだ昼飯を食べていなかった春……もとい、俺が、コンビニで買ったスパゲッティに付属していたものだ」
「フォークが未使用と言う事は、まさか、お前っ! スパゲッティを割り箸で食べたドラね……って、痛い!?」
合成樹脂なのに怪人の指がスパっと切れて鮮血が噴き出していた。
落ちたフォークを慎重に指で摘まむ。柄の部分まで刃物と化していて確かに危ない。誰かが間違ってパスタを食べるのに使用しないように、慎重にしまっておこう。
「こうなったら、奥の手ドラ」
怪人技では俺を倒せない。
今更、理解した怪人が次に行うべき行動とは――、
「お前を上空へと運んで落とすドラよ!!」
――顎で頭を噛み砕かれるよりはマシかもしれないが、嫌な手段を選んできたな。
怪人の腕力で掴まれたら、その時点でアウトだ。落下死したくはないので逃走を開始する。
「春都。逃走ルートをAR表示してくれ」
『承知した。まずはそっちの角を曲がれ』
「表示された。良いサポートだ」
網膜投影されるルート表示に従って走る。
片方の翅が接着された怪人の飛行は精彩を欠いているが、それでも素早い。単純に逃げているだけではすぐに追いつかれるから、何かしらの動揺を誘わないと駄目だ。
「夕焼けぇー、小焼けぇーのー、赤トンボー。追われてみたのはいつの日かー」
「キサマァッ!! 追われてではなく負われてだ。童謡の歌詞を間違えるとは何事か!」
レッド・ドラゴンは文句を言いながらも、ふと、硬直する。動きを鈍らせた。
「第二ヒーロー、お前は恐れを知らないのだな。我々、エヴォルン・コールのみならず権利団体まで敵に回すつもりとは!」
怪人は犯人を指差すように俺に指を向けてくる。
俺が童謡を歌った事で、著作権侵害で連載作品が一つ終わってしまいそうな恐怖に襲われた面構えだ。
「怪人だから知らなくても仕方がないのだろうが、赤トンボが発表されたのは一九二一年で約百年も昔だ。そんなに恐れる必要はない」
「恐怖を知らぬ無知ほどに怖いものはないドラね。著作権保護は発表してからではなく、作詞者の死後からの一定期間となる」
「作詞者が死去されたのは一九六四年。翌年の一九六五年の一月一日を起算に著作権保護期間は五十年間。よって、著作権は二〇一五年の一月に切れている!」
「浅はかめドラ! 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、TPPを知らんのか。あれによって、保護期間は七十年に延長されたドラ! 二〇三五年の十二月まで著作権は有効となった。第二ヒーローはヒーローではなく犯罪者となったのだ」
「ダウト! 著作権法は一度保護が切れたものまで保護しない。TPPで法が改正、施行されたのは二〇一八年の十二月三十日。赤トンボについては保護期間が切れていたから問題ない!」
『お前等、何の話をしているんだよ……』
しまった。つい白熱して足を止めて怪人と舌戦を繰り広げていた。
レッド・ドラゴンの魔の手が俺へと迫る。このままでは空へと輸送されてからの転落死が待っている。
「そーら高い高い」
怪人に両腕をホールドされた。副腕も使われている。脱出は不可能だ。
「クっ、離せ――」
「さあ、人生の最後のフライトで、大都会の街並みをしっかりと目に焼き付けるドラ」
「――というのは嘘で。目に焼き付けるのはお前の方だ、怪人!」
手も足も出せない状況ではあるが、首は動かせる。
また、仮面の頭頂部に備わったモバイルプロジェクターを起動し、投影を開始するだけなら目線のカーソル操作で可能だ。
レッド・ドラゴンの複眼へと向けて、プロジェクターの光を照準する。
「――硬直しろ、怪人。“模倣するは猫”」
投影する動画は怪人コピーキャットの洗脳動画。
ただし、過剰なサメ映画鑑賞欲求を誘発させる動画を単独で投影している訳ではない。サメ映画の人がサメに喰われるシーンも代わる代わる映している。
短い間隔で需要と供給を完結させる事により、視聴者を動画に病みつきにする。サメ映画を鑑賞する以外の行動を一切起こさせない。洗脳動画のみを垂れ流すよりも、その拘束力は強い。
ようするに動画を見せている限り、怪人レッド・ドラゴンは翅一つ動かせない。
「旧人類が、怪人技だ、と?! 第二ヒーロー、キサマッ」
「まだ距離感に慣れていないからな。確実に拘束できる位置にお前を捉えたかった。捕まえてくれてありがとう」
「だが、この技。投影を続ける必要があるとみた。キサマも動けまい!」
「いや、こういう物も用意している」
そう言って取り出したのはヘッドマウントディスプレイである。こちらもプロジェクターと同じ動画を組み込んでいる。
複眼ゆえ、人間よりも取り付けし辛かったが、どうにか怪人の頭部に装着させる事に成功する。これで俺は自由に動けるのに対して、レッド・ドラゴンは動けない。
これが、戦闘型の第二ヒーローの正式装備だった。
怪人は抗おうとして必死に手足を動かしているようだが、体を微振動させているだけに留まる。
だからといって油断などしないけれども。
怪人の無事な方の翅にも接着剤を垂らして飛行能力を完全に奪う。気休めであるが、用意していた登山用ロープを使って怪人の体を物理的にも束縛した。
「こちら、第二ヒーロー。計画通り怪人を捕獲した」
『ライブ画像で分かっている。近場に一輪車を用意してあるから、それに怪人を乗せて運べ。今は使われていない倉庫が近くにあるはずだ』
裏方として動いている春都へと通話していると、怪人に話しかけられる。
「オレ様を捕らえて何をするつもりドラ。はっ、まさか薄い同人誌みたいに!」
「フザけていられるのもこれまでだな。怪人、エヴォルン・コールについて知っている事をすべて話してもらおうか」
「はっ、くだらない事を聞くドラ。今更知ったところで旧人類にできる事など何もないというのに」
「その口ぶり、やはり何か知っているようだな」
レッド・ドラゴンの奴はニヤりと笑う。サメ映画が面白かった訳ではなさそうだ。俺の神経を逆なでしたいだけだろう。
「旧人類は滅びるドラ! 進化計画の後、地球には新人類の時代がやって来る」
「進化計画。それがエヴォルン・コールの最終目的か?」
「はははっ、やはりその程度の事も知らないとは。第二ヒーローは外様で間違いないドラね! そんな奴に捕らわれるとは……自分で自分が馬鹿馬鹿しい!」
ふと、網膜投影されるAR画像内にアラートがポップアップする。
怪人の体のサーモグラフィに、急激な変化が起きているという警告文だ。
「そして、そんな失敗作のオレ様を、組織が許すはずがないドラッ!!」
『二郎ッ、生体爆発の兆候だ。怪人から離れろ!!』
両腕を盾にしながらバックステップで怪人から跳び退く。と、レッド・ドラゴンの体が爆発して煙に巻き込まれた。
敵を巻き込むための範囲攻撃ではないため、致死性の衝撃波に襲われない。
ただし、足へと何かがぶつかってくる衝撃があった。それがレッド・ドラゴンの頭部だという事に気付くまでそう時間はかからない。
レッド・ドラゴンは頭だけとなりながらも、口を動かす。
「旧人類が滅びるなら、怪人と化してでも、生き延びる……。第二ヒーロー、それのどこが悪かったドラ……」
「…………何も語らず爆発した癖に同情を求めるな、怪人。同情して欲しければ最後に答えてから逝け」
「何、ドラよ?」
「お前の仲間に、白い奴はいるか?」
レッド・ドラゴンは最後に、俺の質問に答えてから、泡となって消え去った。
「――白というと、ホワイト・ナイトの奴ドラ?」




