VS.合コン
テーブルに並び立つは、極々一般的な飲食店のコース料理。
昼時である。
食欲旺盛な大学生らしく空腹感は覚えるものの、唾をゴクりと飲み込む程に豪勢な料理が並んでいる訳ではない。可もなく不可もない無難な味わい。いや、こう言い切るのは店に悪いのだが。
「えー、ごほん。それでは、合コンを開催しますっ!」
イぇーい、とノリの良さそうな二席隣の男子大学生がチャラい掛け声を上げている。俺には真似できない社交性の高さだ。ちなみに、彼と面識はない。
店の奥にある長机に集いしは、○×大学に在籍する二十代前後の若人。男四人、女四人が長机で向かい合っている。実にバランス抜群なパーティー構成であるため、きっと俺達ならば課金なしで魔王にだって立ち向かえるはずだ。
「まずは自己紹介からでも。レディ・ファーストという事で女子からどうぞ」
本日の合コンを企画、場所取りを行った幹事は三席隣で司会進行に務めている。要領の良さそうな眼鏡で、俺より三年先輩である。ちなみに彼とも面識はない。
「じゃあ、私からね。一之瀬綾乃です。経済学部の三年です」
長机の対角線上に座る女性から自己紹介を始める。
きっとこの先輩女性が女子メンバーを招集したのだろう。長髪が綺麗な人である。ちなみに経済学部のキャンパスの場所も知らなければ彼女も知らない。
「十河菜々美です。経済学部の二年で、サークルで茶道裏千家やってます」
二人目の女性がやや恥ずかしそうに名乗る。
ふわふわ清楚系な髪型はザ・女学生であるが、テンプレート過ぎて個性が薄い。いや、奇抜ならば良いという訳ではないので、きっと話せば楽しい人なのだろう。ちなみに彼女も知らない女性だ。
「百井直美、今年入ったばかりの一年でーす。よろしくー」
三人目。女性陣で最もノリが良いのが彼女である。
「桃ちゃんって呼んで良いですかっ」
「えー、桃違うし。数字の百でももって読むの!」
この子、茶髪のチャラ男との対面席ならばベストだっただろうな。実際、二人で既に茶化しあっている。これが都会の大学生というものか、勉強になる。
ちなみに、というのも定型句と化してしまったのでそろそろ止めよう。合コンメンバーの内、男一人を除いて俺は全員と初対面である。
同じ大学に所属していても学部や学科が異なれば他人も同じだ。決して、俺の人脈がか細い訳ではない。というか、合コンって他人とするのが普通だと思う。
「こういう場は初めてで慣れていませんが……」
四人目の女……俺の対面席の子に自己紹介の順番が回る。規則正しく年齢順に並んでいるようなので、彼女も大学一年生と予想された。
そして、なかなか面白い事に女性達の苗字にも規則性が存在する。
一から始まり、十、百と連なれば、法則的に四人目の彼女は十倍で千が付く名前か。千石さんとかかな。
「五十鈴響子です。よろしくお願いします」
「……あっ、下がった」
「…………私の苗字に何か?」
しまった。まさか五十もマイナスするとは想像していなかったため声に出してしまう。
俺の評価もマイナスだ。まだ自己紹介も終えていないというのに、女性陣から変な男判定をくらってしまった。どうしよう。
机の端というのは合コン立地としては不利なのだろうか。視界内に収まる異性の数が減るので有利なはずはあるまい。
だが、それは対面している彼女も同じ事。彼女の視界に映り込む異性は、俺である場合が多い。最も気になる女性と端同士になるという例外的状況において、長机の端という僻地は好スポットと化すのではなかろうか。
「店員さん。ポテト追加で」
「モモちゃん、今度絶対行こうよ。楽しいからさ!」
「えぇー。どうしようかなー」
「眼鏡先輩。何かサークルされているんです?」
「あ、ついでにこのお皿を下げてもらえませんか」
「……ねぇ、モモ。私こういう所に来ても、何をどうしたら良いのか分からない」
流石は幹事の眼鏡先輩。その眼鏡は伊達ではない。
机の端におけるフライドポテトの消費量の高さに気が付くと、即座に店員を呼び止めて追加注文してくれる。男子の中で年長者だというのに隙がない。暗に、机端にいる俺を芋野郎呼ばわりしているのではないかと勘繰ってしまう。
「ビール追加で」
「あっ、私も飲みます。付き合います」
「あんたら、昼間からビールって何様よ」
「モモちゃんってああいう店好きだと思うけどなー。知ってる?」
「知らなーい。今度、行こうか! キョーコ」
「あ、私達は未成年ですから、ビールはご勘弁です」
そろそろ、お気付きいただけただろうか?
八人出席している合コンだというのに、会話に参加している人物が六人しか存在しない。ちょっとした恐怖体験ですよ、これ。
「ええーっ。大学生になったお祝いに飲もうよ」
「それってアルハラーっ。キョーコは真面目で固いから絶対に飲まないよ」
「固いってどこが? 触って良い?」
「今度はセクハラーっ。あははー」
「ビール三本に、ソフトドリンクを五本。内訳はウーロン茶三、オレンジジュース一、照葉樹林が一……ってこれカクテルだろ」
「眼鏡先輩、好きです! 付き合ってください!」
「皆飲み物届いた? じゃあ、今日を祝してかんぱーい」
女四人と男二人しか言葉を発していない。由々しき事態である。
冷静に合コンの様子を窺い観察を続けていた俺は……隣席の悲惨な男のためにタイムを宣言し、二人で手洗い場へと駆け込んだ。
「さて、芋ばっかり食べていないで何か喋れよ。春都」
「それはお前の方だろ。田舎でたらふく芋を食っていた癖に、懐かしくて手が出てしまうのか? 二郎」
男子大学生ほどに見分けがつかない生物はいないだろうが、俺が二郎の方だ。春都というのはせっかく合コンに来たのに一切会話に参加しないアホの方の名前である。
四月後半の麗らかな日。俺は人生初の合コンに参加した。
誘ってきたのは隣で鏡を見ている男、春都である。春都は眼鏡先輩に誘われ、数合わせに俺が誘われた。ようするに本日の合コンで一番の外様は俺なのである。口数が少なくても許される立場の俺と違って、春都は度し難い男だ。情けない。
「で、二郎は誰が狙いな訳だ?」
「合コンは社会勉強のために参加しただけ何だが。まあ、選ぶとしたら五十鈴さんか。合コン慣れしてなさそうな所が共感できる」
「真正面の子か。よし、サポートしてやろう」
春都には春都の戦いがあるだろうに。まあ、遠慮しようとは思わないのだが。
「……それにしても不思議な感じがするな」
手洗い場で意味もなく手を洗いながら、俺はふと呟く。
「都会は怪人が現れる街だというのに、普通に生活しているんだもんな」
俺が怪人と遭遇したのは大学入学直前、三月末の事だ。既に一ヶ月経過しているとはいえ、風化が激し過ぎやしないだろうか。
市民生活は滞りなく進む。
新入生のオリエンテーションは終わり、合コンさえも開催できる。それを不気味に思った。
「二郎の言う通り怪人は確かに迷惑だけどさ、アイツ等の被害なんて月に一回だけで極小だからな。火災や自動車事故の方がよっぽど酷い」
俺と異なり春都は生粋の都会っ子である。一ヶ月に一度のペースで出現する怪人のニュースなど、既に見飽きているのだろう。
「そうは言っても、定期的に現れるなんて危険じゃないのか?」
「昔は被害者も出ていたけど、今はほら、ヒーローのスケーリーフットが来てくれるから」
「あー、あのパワードスーツの人ね」
怪人被害が発生し始めたのは一年以上前からである。警察は未だに悪の秘密結社を検挙できておらず、対応は遅れに遅れている。どうも怪人には拳銃が効かないらしく、SWAT部隊が一度壊滅させられているようだ。
だが、大都会の人々の顔に絶望は張り付いていない。いつも必ず、ヒーロー・スケーリーフットが怪人を倒してくれるからである。
「スケーリーフットって誰なのだろう。地方公務員?」
「さあ? 国とは無関係に怪人と戦っているからボランティアだろうよ」
市民達からヒーローと呼ばれ、親しまれているスケーリーフットであるが、正体は謎に満ちている。警察からは重要参考人として手配されているため、公的には怪人と同じくお尋ね者という扱いだ。
怪人とヒーローが普通に存在する、歪な大都会。
「二郎、そろそろ合コンに戻ろうぜ。愛しの五十鈴さんが待っているぜ」
……ん、一ヶ月に一度のペースで怪人が出現するとなれば、時期的にはそろそろではないだろうか。
「――――チューチュ! この料理店はニーマルラット様が占拠する。弱小なる人間共はすべて、このオレ様の奴隷だ!」
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▼怪人ニーマルラット
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“戦闘力:19”
“怪人技:???”
“ハツカネズミと人間を融合して完成した鼠型怪人。
改造の影響でチューという可愛らしい語尾になってしまう。
研究所の実験用ネズミが素体なので戦闘力は決して高くないものの、ネズミ的な特殊な怪人技を有する”
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