VS.怪人シッター 2
スケーリーフットが倒し損ねた怪人との距離は一メートル。
どういう理屈で怪人は生き延びていたのか不明であるが、喋れるぐらいに元気いっぱいだ。
「怪人め、名を名乗れ」
「私は怪人シッター。エヴォルン・コールによって改造された私は、旧人類から進化し、新たな人類として覚醒した存在オポ」
「新たな人類にしてはスケーリーフットより弱いじゃないか」
「愚かな旧人類の言いそうな事オポ。戦闘力など一側面に過ぎない。生存能力こそが至上なのだ」
「オポっていう奴に偉そうに言われても」
「オポッサムと融合した結果オポ! 仕方がないオポっ」
オポッサムとはどんな動物だっただろうか。俺の田舎にいなかったのは確かである。
「スケーリーフットと二度も会敵し、生き延びた怪人は私ぐらいなものオポ」
「二度? そんな見栄を張らなくても」
「嘘は言っていないオポ! テレビでも報道されたのよ」
オポッサムについては結局何も思い出せなかったが、怪人シッターについては少しだけ思い出す。以前、喫茶店で五十鈴に脅されていた時にテレビの特番に一瞬だけ写り込んでいた怪人だ。俺が上京する少し前に、スケーリーフットが倒した怪人その二ぐらいだったはずである。
「怪人技“疑死回生”を持つ私に、負けはあっても死はないオポ」
「死んだふりに長けた怪人か。面倒な奴め」
怪人は手負いである。が、瀕死の重傷という訳ではない。片腕は痛々しいものの、逆にいうともう一方の腕は残っている。戦闘力が半分になろうとも怪人とは戦えない。何せ相手には熊のような体格と爪があるのに、俺には武器となるものがないのだ。
ベランダから跳び下りて建物から離れるか。戦闘服にサポートされた身体ならば着地の衝撃はあってないに等しいものだろう。即座の逃走が最善策であるのは間違いない。
「……いや、駄目だ。下の階には五十鈴がいる」
だが、このまま俺だけが逃げてしまうと、一階にいる五十鈴が取り残される事になってしまう。
取り残されるのが春都だったならば無事を祈れば済んだだろう。けれども、お節介だったとはいえ、憐れな大学生に同行してくれた五十鈴を置き去りにしてしまうのは寝覚めが悪い。
仕方がなく、俺は逃走を諦めてベランダから室内へと滑り込む。
「こうなれば賭けだっ」
ベランダから跳び降りず、室内を通り抜けてドアへと向かう。ドアから出ようと見せかける。
反射的に俺を追いかけようとして、怪人は曲がったアルミサッシから体を起こす。
「逃がすかオポ! ピザ屋が仮面を付けている時点で怪しかったが、スケーリーフットが現れた時点で黒確定だ!」
ドア、俺、怪人が直線上に並んだ。
人間と動物が融合している怪人の瞬発力は伊達ではない。先に動いた俺へと簡単に距離を詰めている。玄関への到達さえ許さないだろう。
このままでは室内中心に辿り着くのがせいぜいであったが……それが勝敗の分かれ目となる。
「誰が逃げるか! お前が用意したものだ、お前でくらえッ」
ほぼ転がる体勢になりつつ、手を伸ばして掴み取ったのは注射器だ。怪人が捕らわれた男性へと針先を向けていたので印象に残っていたのだ。
何が混入されているのか分からない紫色の液体が充填されたソレを、背後へと向ける。すると、丁度迫って来ていた怪人の胸の中心へと針が深々と突き刺さった。
「ッ?! 怪人化薬を、キサマッ」
「大学生を騙して連れ込み、何をしていたのか見せてみろ!」
迷わず薬液を注入した。
怪人は拳を振り下ろして止めようとしたが……俺の鼻先で腕を急停止させた。自身の喉を押さえつけるためだ。体内から込み上げる何かを押し込むため、窒息する程に指に力を込めている。
「がぁ、あっ、はぁ、アア」
それでも押さえられなかった紫色の体液が、怪人の口から垂れ流れる。
そして突如、苦しむ怪人の頬を突き破って歪に尖った骨が出現する。こめかみからも同種の物が突き出しているので角なのかもしれない。
変化は続く。筋肉の増量に骨格が耐えかねて全身が複雑骨折していく。
怪人の背中が風船のように大きく膨らみ破裂する。
痙攣する腕がねじ曲がって脱落し、新しい腕に生え変わろうとして失敗する。
「だ、め。ダ……体が、適合、できない。このままだと、私はピ――ぁ」
怪人ゆえ人間から姿がかけ離れていたのは確かであるが、目前で苦しむ怪人は怪人からもかけ離れようとして、羽化の途中で生命活動を停止させた。
殻を割れないまま死んでいく雛のごとく、動きを止めてしまう。
そして、心停止を切っ掛けに形状が崩れていく。グロテスクな形をした怪人の死体が泡となって消えていく。
至近距離ですべてを目撃していた俺は、仮面の裏側で瞬きを忘れてしまっていた。
「…………うッ」
新鮮な鉄臭さを嗅ぎ取った途端に、胃酸と未消化物を吐き出す。口元の開いている仮面でなければ窒息していたかもしれない。怪人ごときの命を無惨に散らしたところで、心は一切傷付かないとはいえ生理的な気色悪さは耐えがたいものだ。
「薬にどんな成分混じっていたんだ。まったく、悪の秘密結社に偽りなしか」
死体が残っていなくても記憶には残ってしまった。今晩はうなされそうである。
……いや、泡が消えた所に何か残っている。
“――最後にピザ、食べたかったオポ、がくっ”
…………最後の力を振り絞って書いたと思しき紙が書き残されていた。その力が俺へと向けられていたと思うとゾッとしてしまう。
名も知れない怪人の遺言であるが、妙な責任を覚えてしまう。
メモ書きを取り上げて大事に仕舞い込む。
仮面をカバンの奥に隠して第二ヒーロースタイルから大学生へと戻る。
その頃にはパトカーのサイレンがアパートの付近で鳴り響いていた。怪人事件における警察の初動は地域閉鎖へと変化している。警察組織の被害も馬鹿にできないものだからだ。よって、警察官はまだ乗り込んでこない。
一階に残していた五十鈴の安否が心配だったので、アパートの玄関側へと移動する。
……移動したのだが、五十鈴は何故か一階のドアを蹴り飛ばしていた。ドアが靴底の形が分かるぐらいに凹んでいる。怖っ。
「五十鈴さん、何をそんなに荒れているのです?」
「どこに消えていたんですかっ、怪人が現れたのに!」
「ですから、トイレに」
「こんな怪しい場所で長時間リラックスできるなんて非常識です」
俺が五十鈴を心配していたように、五十鈴も俺を心配していたらしい。少し反省してしまう。
五十鈴は俺へと近づくと、その特徴的な鋭い目付きで睨んできた。かなりの目力だ。身長差により下からガンつけてくる体勢になっているが、怖いというよりも気恥ずかしい。
そういえば、田舎で幼馴染にも同じ位置関係で怒られた経験があったな、と噴き出し笑いをしてしまう。
「暢気ッ!」
「色々すみません」
警察に事情聴取されて仮面を発見されるのは難だ。
五十鈴に小言を言われながら、現場を離れる。




