VS.怪人シッター 1
室内で誰かが襲われようとしている。
叫び声が危機に瀕しており、何故か男としての恐怖心に身震いしてしまう。
見過ごせる状況ではないが、このまま無策に押し入るのは愚者の選択でしかない。室内に怪人がいた場合、俺も被害者の仲間入りをして終わるだけだろう。
「いきなりの怪人戦は想定していないぞ、クソ」
まずは入念な前準備だ。階段を急いでおりてアパートの物陰に潜むと、戦闘服の上から着ていた上着とカーゴパンツを脱いで動きやすくしておく。
更にカバンの中から、半球状で、パーツを積層して形状化させた物体を取り出して頭に被る。スライド式のカーボン板を展開していくと、俺の頭を隠す仮面となった。オーダーメイド――大学の研究室にあった3Dプリンタにて製造。製造者、春都――だけあってフィット感は完璧だ。携帯性優先のため、兜のような防御力はない。
第二ヒーローとして活動していく上で身バレを避けるべく特注した仮面である。戦闘員との差別化を図るためにデザインにも力を入れた。
息苦しさを回避するべく口の部分は開いているが、口以外は隠れているので素性の特定はできなくなっている。
ただ顔を隠すだけでは工学部的に芸がないと、各所に小型カメラを搭載したり、スマートフォンを内蔵したりする案もある。が、今のところは持ち運びし易い仮面以上の物ではない。
「武器の類は用意できていない、と嘆いても仕方がないか」
簡単にではあるが装備を整えた。
急いで二階に戻り、男の叫び声が聞こえたドアの前に立つ。
「いくぞ――」
後はドアを叩いて、室内へと挑戦するのみだ。
……もちろん、第二ヒーローなんていうヒーローもどきが正面突破を試みるはずもなかったが。筋力ではなく、頭脳を使う。
「――宅配ピザをお持ちしましたーっ!」
俺の知能のすべてを費やした台詞を言い放ち、呼び鈴を押した。室内の人間が無視し辛い内容であるため、必ず反応があるだろう。
予想通り、すぐに返事がある。
「……ピザなんて頼んでいないオポ!」
「あれ、おかしいですね。確かにご注文いただいたはずなのですが」
「知らないオポ! 建物を間違えているんじゃないの」
実際、ピザを頼んでいないのだから正しい反応だ。
だが、それで問題はない。返事をしている間は室内での凶行が中断される。
「そんな殺生な事を言わないでくださいよ。熱々のピザが冷めてしまいますって」
「しつこいオポ! 頼んでいないものは頼んでいないっ」
「クサヤとドリアンのハーフアンドハーフピザなんですよ。食べたくないんですか!」
「その産廃染みたトッピングのピザは何だオポ。さっさと捨ててこいッ」
「わっかりましたー。共有スペースのゴミ箱に捨てておきますね」
「貴様ァァッ。食べ物を粗末に扱うな。ちょっと待っていろオポ」
会話でうまく釣り出せた。足音が近づき、内部からドアが開かれる。
まず現れたのは毛むくじゃらな腕。
次に顔。白い毛に覆われたネズミっぽいようなキツネっぽいような顔付きである。人間サイズでなければ愛らしく感じたかもしれない。
どこかのマスコットでなければ、間違いなくエヴォルン・コールの怪人だ。妙な事に既視感があり、怪人だろうという確信があった。
やはり怪人事件。室内から聞こえた悲鳴は怪人に襲われようとしている被害者のものだったらしい。
「ピザはどこだオポ!」
「――よし、室内が丸見え!」
開いたドアを外からも引っ張って、入口を大きく開く。怪人がたたらを踏んでいる隙に、室内へとスマートフォンを向けた。
敷地に限りある古びたアパートだ。入口からでも中央の椅子に縛り付けられた男性を確認できる。撮影ボタンを押してばっちり激写する。
ついでに怪人の姿も写しておく。動かぬ証拠をほぼノータイムで入手して、怪人につけ入る隙を与えない。
「はいチーズ。笑って笑って」
「な、何だオポ?? ピザを宅配に来たのではないのか?」
「そうでしたが、ピザはバイクに入れたままでした。取りに戻ります」
後は室内に突入して捕らわれの男性を救出……せず、ダッシュでアパートの階段を駆け下りた。第二ヒーローとしてやるべき事は済ませたという事だ。写真を添付して怪人通報アプリで投稿する。それだけでも十分な働きだと自画自賛したい。
後始末は本物のヒーローにでも任せてしまえばよい。
「――とうっ! エヴォルン・コールの怪人。また現れたのか!」
投稿完了三十秒も経たず、アパートの屋根を突き破って二階廊下に現れるスケーリーフット。今日はやけに登場が早い。偶然、近場にいたのかな。
自分が通報した結末を見守ろうと、アパートの裏手に回る。壁伝いに二階に上ってベランダへの侵入に成功すると、こっそりと内部の様子を伺った。
「スケーリーフット!? 今はお前に構っている暇はないオポ。宅配ピザの誤送にクレームをしないとならなくて」
「怪人の妄言など聞かん。ガジェット・パンチ!」
「オポぅぉぉぉっ!!」
有無を言わせず、スケーリーフットはアフターバーナーを吹かしたガントレットで怪人を殴り飛ばす。
玄関から部屋の中を通じて吹き飛ばされた怪人は、苦悶の声を上げながら空中移動だ。
窓を突き破って怪人がベランダへと現れる。格子に背中をぶつけた瞬間に生体爆発を起こして煙に包まれた。傍に潜んでいた俺にとっては大迷惑である。
口を手で覆い、煙を吸い込んで咳き込まないように注意する。
怪人を瞬殺したスケーリーフットは、室内に捕らわれていた男性を救出すると外へと出て行く。病院にでも連れて行ったのだろう。
「……秒殺か。スケーリーフットは強過ぎるな。戦うと仮定した場合の攻略法は、今のところ思いつかない」
煙が晴れてきたので物陰から立ち上がる。服の埃を振り払った。
帰りはきちんと玄関から帰ろうとしたのだが……ふと、足を止めてしまう。
「――まったく、酷い目にあったオポ。室内に押し入って殴り飛ばすなんて、悪の組織でもありえないオポ」
拡散し薄まっていく煙の中で、毛深い何かが動く気配がしたのだ。勘違いではないという証明に声まで聞こえてきた。
大きく曲がったベランダのサッシに背中を預けた怪人が、そこにいる。
スケーリーフットに殴られた部分から血を流しており、かなりのダメージを受けている様子であるが、生きている。
「とはいえ、所詮はヒーローだオポ。何度も怪人技“疑死回生”に騙されるとは甘いわ」
==========
▼怪人シッター
==========
“戦闘力:20”
“怪人技:疑死回生
強烈な幻惑効果を持つ死んだふり。見破るのはほぼ不可能”
“詐欺グループに所属していた女とオポッサムを融合させた怪人。
子育て(ねずみ講)が得意だったため、子守が得意なオポッサムと融合させられたのだが、死んだふりで相手を騙す能力に高い適性を示した”
==========
煙が完全に晴れて、狭いベランダで俺達は対面する。
「えーと。ピザの配達先を間違っていました」
「もう騙されないオポッ!!」




