VS.キャッスル青山
どこぞより現れた五十鈴響子は、俺と学生に割の良いアルバイトを紹介してくれるサラリーマン風の男性の間に腕を割り込ませる。二度ほど合コンで一緒となっただけの知人の癖に、まるで俺をかばってくれているかのような行動だ。どこぞの幼馴染を彷彿とさせる。
「貴方、騙されているわ! その話は詐欺よ」
「人聞きの悪い! 弊社は学生の皆様に対して優先的に高額なお仕事を斡旋しているだけで、やましい事など一つも」
「田舎から上京してきたばかりみたいな学生を騙そうとしないでください!」
『幼馴染:そうよ、こんな田舎者を騙して可哀想じゃない!』
幼馴染、今は話がややこしくなるから黙っていてくれ。
「この人は貴方の彼女さんでしょうか? どうも誤解されているようなので、彼氏さんから説得してください」
「違うわよっ?! 面識がなくとも黙っていられなかっただけで……って、貴方は確か同じ大学の。苗字は思い出せませんが、二郎さんでしたね。まったく、迂闊が過ぎます!」
五十鈴は助けようとした相手が俺と気付いてすらいなかった。
つまり、赤の他人だと思って、割り込んできたらしい。物静かな印象があったのだが、存外、正義感の強い女だったようだ。恐怖のヒーローガールなだけはある。
「彼女ではないのなら、止める権利はないでしょう。さあ、行きましょうか!」
「すまない。五十鈴さん、俺を日給八千円が待っているので。今月、装備開発で色々厳しくて」
「だから、騙されているってっ!」
とはいえ、俺も男子大学生の行方不明事件の手がかりを探している。目の前の男との関連性は不明であるが、いちおう、調査はしておきたい。
上着で隠しているが、既に戦闘服を着ているので準備万端。男について行った先で災難に遭っても逃げ切れる自信があった。最悪の場合でも、春都が通報してくれるだろう。
「五十鈴さん、よく考えてみてください。こんなにも詐欺師っぽい男が詐欺を働いているのはむしろ不自然です。本当にお得な話である可能性もあるので、行ってみようと思います」
「クっ、分からず屋ですね。……仕方がありません。どうしても行くというのなら、私もついて行きます。二郎さん一人では心配です」
「あー、いえ。我々が探しているのは男性だけで、女性の方は……」
「えー、五十鈴さんがついてくるのは迷惑……もとい、ご迷惑をかけてしまうので」
「いいえ、ついて行きます!」
正直に言って五十鈴は邪魔なのだが、彼女が一切譲らず強引に同行してくる。
怪しい男も五十鈴を邪魔に思っていそうだったが、仕方なさそうに目的地への案内を始めた。
「一人の方が逃げ易いのに」
「行方不明事件の調査中でしたが、みすみす見過ごせません」
「女性を案内してもノルマにはならないのにィ、イィー。あ、そろそろ外出薬の効果が切れる時間だ。連れて戻るしかないィー」
ここにいる全員が面倒臭そうで納得していないのに、三人で一緒に移動していく。
どこかの貸しオフィスにでも連れて行かれるものと思っていたのだが、なんと、案内された先にあったのはかなり年季の入ったアパートだ。
二階建て六部屋。
昭和の趣ある汚れた灰色の壁。
錆びた支柱に支えられた階段を上がらなければならない二階に住むには勇気がいる。
「アルバイトって治験です?」
「イィえイえ、もっと簡単なものですよ」
キャッスル青山なる立派な名前に相応しく、長く続いた歴史があるようだ。大都会の一角だというのに庭が雑草に覆われて自然豊かだった。
「外はレトロ調ですが、中はリフォームされているのでご安心くださイィ」
一階の一番端の部屋へと案内されて一息つく。
室内は確かにリフォームされており、タイルカーペットと白い壁紙には清潔感がある。内部空間を最大限活用するために水回りを完全撤去していた。代わりに住居らしさを失っていたが。わざわざ古いアパートを改装して利用している理由も分からない。
パーティションで分割された一畳ほどの個室が複数個用意されている。
俺と五十鈴はそれぞれ別の部屋が宛がわれた。
俺達を案内した怪しい男は服薬の時間がどうのと言って外へ出て行く。確かに最後の方は語尾が変になっていたから、少し心配だ。
「二郎さん。何かあったら叫んでくださいね」
「五十鈴さんこそ女性なのですから」
「私の心配は必要ありません」
五十鈴に過保護に心配されながら別れて、小さな個室へと入る。中には椅子と机があるだけだ。
机の上には『まずはこちらにご記入ください』と書かれた用紙が置かれてある。アルバイトという体裁が正しければ、履歴書の一枚ぐらい書くのは普通だろう。
「えーと、名前は……春都は不味いか。秋都でいいや」
名前や年齢については自分のプロフィールなので、偽りなく埋めていく。
「身長に体重。こんな個人情報まで書くのか。大都会のアルバイトは細かいな」
書くべき内容を書いていき、続けて次の項目を記入しようとして……手が止まった。
「最近、夜の公園に出向いた事はありますか? んん?」
アルバイトの履歴書にしては意味不明だ。空欄のまま次の項目へと目を向けるが、どうにもペンが進まない。
「最近、アナグマと遭遇しましたか?」
大都会でアナグマと遭遇するのは稀だ。それを問う理由を分かりたくない。
「世間を騒がす第二ヒーローについてどう思われますか? ぶっちゃけ、貴方は第二ヒーローですか? ……ふむ、なるほど。この履歴書の意図が読めてきたぞ」
後半の項目はほぼこういった設問ばかりだ。どうひいき目に見ても、特定の人物を燻り出すための質問事項としか思えない。
緊張が走る。肩かけカバンの紐を握り締めてしまいそうになるが、この個室は監視されている可能性があった。怪しい動作を見せずに無難な答えを書き込んでいく。
ただの詐欺事件を追っていたはずなのに、もしかして、これは怪人事件なのだろうか。夜の公園とアナグマの関係性を知っているのは第二ヒーローと怪人のみである。つまり、この用紙を用意できる相手は怪人が所属する悪の組織、エヴォルン・コール以外にありえないのだが。
こんなボロアパートが秘密結社の拠点とは正直、信じがたい。いや、そういった一般的な思考が盲点となっているのだろうか。
早急に事実を確かめる必要がある。用紙への記入を適当に終えてから声を上げた。
「すみません。トイレをお借りしたいのですが?」
「イィ!」
パーティションの向こう側から許可を得る。
トイレに向かうには、一度外に出て別の部屋に入る必要があるようだ。五十鈴を置いて出て行くのは不安が残るが、悪の秘密組織の拠点かもしれない場所に留まり続けるリスクの方が高いと判断した。可及的速やかに事実を調べて、黒だった場合は五十鈴を連れて脱出だ。
外に出てアパート全体を眺めてみる。
外観は本当にただのアパートでしかない。元々あったアパートを占拠、流用しているとすれば地下室はないだろう。そこまで想定していられない。
一階に部外者を招いているのなら、怪しいのは二階か。
トイレのある部屋を探す振りをしながら、二階への階段を上ってみる。
錆び付いた鉄の板を踏みしめながら二階廊下を進んで、最も近くにあった部屋のドアに張り付いて耳を当てた。
「……無人だな」
表面塗装の剥げた古びたドアの中からは何も聞こえない。この部屋は外れか。
続けて、二階真ん中の部屋に対しても聞き耳を立てるが外れ。
残りは一番奥の部屋だ。
「……おっ、人の気配がする。それも複数人」
誰かと誰かが会話をしている雰囲気がある。会話内容を探るべく、片耳をドアへと密着させた。
「オポっ! さあ、素直に白状したらどうかしらオポ。お前は第二ヒーローなのでしょう?」
「か、怪人!? ひぃ、第二ヒーローは俺じゃない。俺じゃないッ」
奇妙な語尾の女の声と、酷く怯えた男の声。
「嘘はいけないオポ。お前が直筆した用紙はただのアンケート用紙ではなかった。第二ヒーローを焙り出すため、巧妙に細工された問いが複数隠されていたオポ。お前の正答率は八割。つまり、お前は八割の可能性で第二ヒーローって事よ」
「だから違う! 俺はたまたま夜、公園に出かけて穴熊を目撃しただけなのに」
「オポっ! 強情な態度がいつまで続くか見物よオポ! 今からお前に怪人化薬を注射してあげるわ。まだまだ研究中の薬だから不安定で、怪人化率は一パーセント未満。戦闘員レベルの変化が起きる可能性も五パーセントと低いオポ。……ちなみに、怪人化しなかった場合は五十パーセントの可能性で死ぬオポ」
「ひぃっ!?」
怯えて当然だ。男は命の危機にさらされている。縛られた手足を無理やり動かす摩擦音や椅子が軋む擬音が混じり始めた。
「五十パーセントの確率で生き残るから安心するオポ。……まあ、生き残っても後遺症でEDになるオポが」
「ひぃぃィっ、誰かァッ!? 誰かァ、助けてェェェッ!!」
恐怖が最高潮となり、男は叫び上げる。




