VS.失踪事件
期末テストに向けて忙しくなってきた六月後半。
およそ月一で現れる新怪人はまだ現れていない。怪人コピーキャットとホールベアーが五月に現れたので、調整で六月は現れないかもしれない。
怪人が現れないのは大変良い事であるが、大都会が安心安全であるという訳でもなさそうだ。実は怪人の代わりに、ある事件が大学で囁かれ始めている。
「若い男がさらわれる事件が起きている?」
俺がこの事件を耳にしたのは眼鏡先輩の研究室である。六月になってからも時々訪れており、眼鏡先輩本人から話を聞いたのだ。
田舎から上京してまだ三ヶ月の俺の感想は――、
「大都会って怖いですね」
――であり、大都会に元々住んでいる春都の感想は――、
「若い男、限定? 怖いですね」
――と後半は同じ言葉で締め括られているというのに、含まれるニュアンスが若干異なった。
「僕も噂程度に聞いただけなんだけど。隣の研究室に所属している学生が一人、先週から姿を見せなくなったらしい」
詳しく話を聞くと、まだ事件と確定できる段階ではないらしい。学生が大学に現れなくなる事は多い。講義を無視し、サークルのみに出席する猛者も稀によくいる。
最近は五月病を他の月に発症する事は珍しくないと聞く。一人暮らしを始めた学生が自主的に休んでいる可能性は高かった。
……ただ、今年は行方不明の割合がやや大きい。
「他にも数人、先週か先々週ぐらいから講義にもサークルにも現れなくなった学生がいる。共通点は全員、男子大学生って事ぐらいで理由ははっきりしないけれども、一部では誰かにさらわれたのではないかと言われているようだね」
若い男性が姿を消す事件は俺達の大学だけで発生している訳ではないかもしれない、と眼鏡先輩は補足する。顔の広い先輩――合コンに参加していたチャラ男先輩――いわく、近隣の他の大学でも似た噂が流れているらしい。
ただし、奇妙にも近場にある女子大では一切噂話がされていないのだ。
「研究室に来てくれるのは嬉しいけれど、しばらくは早めに帰るようにした方が良いかもしれない」
「夕方には帰るようにします」
「3Dプリンタでの作業は一区切りつきました。眼鏡先輩の言う通り、今日は早く帰ります」
眼鏡先輩の忠告に、忠実な後輩たる俺と春都は素直に従う。どちらにせよ第二ヒーローチームは色々と忙しい。
夕方になって眼鏡先輩との約束通り、研究室を後にする。
だが、素直な後輩を完璧に演じているかと言われると怪しいか。隣に立つ顔の悪い……失言、悪い顔をした春都と目線を交わす。
「眼鏡先輩の話、怪人案件かもしれないぞ、二郎」
「可能性はあるかもな。裏を取ってみるか?」
第二ヒーローチームを結成した俺と春都は、事件の臭いに武者震いしていた。それぞれ別ルートから調査を開始するため、握り拳の甲の部分を打ち合ってから別れる。
俺が真っ先に訪ねた相手はチャラ男先輩だ。合コン以来の再会である。
「信用できる俺のダチのダチから聞いた話だから。確かじゃねーかなって思ってるけど」
友達の友達が情報源か。いきなり情報確度がダウンしてしまったが、せっかく証言してくれているのだからありがたく話を聞く。
「どっかの道を歩いていたら話しかけられて、何かすげー景品くれるって親切に教えてくれたんだって」
どんどん雲行きの怪しい話になっていく。いや、事件の臭いは強まっているのだが、怪人がらみではない一般的なキャッチセールスではないだろうか。
意外と純真な性格のチャラ男先輩は、友達の友達の話を羨ましそうに語り続ける。
「ダチのダチが、ダチのダチのダチの伊達って奴と一緒について行って。あ、ダチのダチは確か名前が千田って言って、ダチのダチの千田とダチのダチのダチの伊達が」
「は、はぁ」
「どっかのボロい建物に連れて行かれてアンケート書いたらしいんだ。景品がすげー人気過ぎて抽選になるから、氏名や住所、身長、体重、血液型、指紋が必要になったんだってさ」
匿名社会が進んでいても、巧みな話術によって人は誘導される。どんなに時代が進んでも、詐欺が世の中からなくならないのがその証明だろう。
「結局、千田の方は落選してそのまま帰ったらしいんだ。けど、伊達の方は別の部屋に連れて行かれてそれっきりだってよ。きっと豪華景品が世界一周旅行だったんだぜ。良いよなー」
「そーですねー」
眼鏡先輩から聞いていた噂話とは内容が異なった。学生が誰かに誘拐されているのではなく、キャッチセールスに付いて行って行方不明となっている。まあ、噂話なんてそんなものだろう。
「参考になりました。ありがとうございます」
「こんな話で良かったのか? 何なら次の合コンに呼んでやるけど」
チャラ男先輩の面倒見は、眼鏡先輩と同じぐらいに良かった。
大学を離れた頃には夜になっていた。
春都との合流は、春都が住んでいる部屋にしようとLIFEで連絡を取り、ほどなく集合。それぞれの調査結果を報告し合おう。
「チャラ男先輩の話は眼鏡先輩の話とやや異なっていた。いちおう、キャッチセールスが現れた場所を聞いておいたけど、怪人事件なのかは正直怪しいと思う」
「俺は大学の生活サポートに行ってきた。休んでいる学生の把握はできていないって回答だったが、失踪届けが出された学生がいるのは確かなようだ」
「失踪届け? よく教えてくれたな」
男子学生が失踪した時期は六月前半。失踪期間は十日ぐらい。男子学生の親御さんが警察に届けたようだ。
在学生の失踪事件であるため、大学も情報を集めようと動いているらしい。近々キャンパス内の掲示板に行方不明者の写真と身体的特徴を載せたポスターが貼られる。
春都はそのポスターの複製を持ち帰っていた。
「それがこの紙。えーと、行方不明になったのは寺田君。性別、男。身長一七〇センチ前後、体重六十キロ強と中肉中背。黒髪」
「どこにでもいる大学生だ。特に気になるところはないな」
「失踪時の服装は黒で、口にはマスク」
「何故にマスク?」
「花粉症だったらしい。六月だからマツ科かな」
失踪した寺田君の写真を詳しく見てみても、そう特筆する程の特徴はない。こういった男子大学生なら日本の各地に生息しているだろう。
「……このプロフィールだけ読んでいると、二郎にも適合するよな」
ははは。愚かな春都が愚かしい事をボソっと呟いた。このプロフィールなら春都だって例外ではない。
「俺は花粉症じゃないからマスクはつけていない。偶然だろ」
「他のもので顔を隠していた事は多いだろ、二郎」
男子大学生が忽然と姿を消す事件。
正直、あまり解決に対して気乗りはしないものの、男子大学生に属する者として同胞が狙われた事件は放置できない。
「とりあえず、キャッチセールスの現場が分かっている。詐欺事件だったら、警察に通報ぐらいはしてやろう」
「ヒーロー活動を始動するのに丁度良い事件と考えるべきだな、ただし、二郎。行くなら戦闘服を持っていけよ。それと、完成した新装――」
俺も春都も、失踪事件の犯人は怪人以外だろうと楽観していた。
「そこの貴方! そう、そこの平凡で地味……いえいえ、ディファクトスタンダードで世の中の普遍的な存在たる学生さん! 実は貴方だけに特別でお買い得な情報があります。どうですか、聞いてみないですかっ?」
春都と話し合った翌日の昼。現場に到着して間もなく、特に苦もなく怪しげな人物にひっかかる。俺へと、サラリーマン風の男が突然、営業マン的な発音法で話しかけてきた。
「どんな情報なんです?」
「学生さんを対象に新製品のモニターをお願いしているのです。お昼を既に過ぎていますが、ご協力いただければ一日分のアルバイト料をお支払いいたします。兵舎……もとい弊社に来ていただく事が唯一の条件です。どうですか。来たいですよね!」
「ちなみに、一日分とは?」
「時給千円が八時間分! 良いですね。ちょっとしたお小遣いになりますよ!」
キャッチセールスにしては妙な言い回しだ。どちらかというと無認可の治験でバイオハザードを引き起こしそうな製薬会社の台詞だろう。キャッチセールスとは別口なのだろうか。
これに引っかかる頭がお花畑な学生はそうそういないと信じたいが――、
「良いですね! 行きましょう!」
――俺はおとり捜査中のヒーローなので、のこのこと怪しい男の話に乗る。いや、この話が本当だったら八時間労働換算で八千円の儲けになるとは考えていない。
ニコニコ顔の男に誘導されるがままに歩き出す。
「――待ちなさい! 貴方、騙されているわっ」
ふと、俺の八千円を邪魔する声が背中にかけられる。
振り返るとそこに立っていたのは……セミロング髪の女。知人の中では話す頻度の高い知人、五十鈴響子だ。




