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プロローグ 2

 う、うーむ、怪人警報ね。

 流石は都会だ。田舎の哲学では思いもよらない事件が発生する。

 アジヒラキ様一行による襲撃は魚屋にとどまらず、隣にある八百屋まで被害が拡大し、現在も進行中だ。

 足元に飛んでくる南瓜かぼちゃや大根、さば烏賊いか。鯖がべちゃっとアスファルトに転がって、死んだ魚のような眼で俺を見上げていた。なんと勿体もったい無い。

 蛮行は止まらない。アラートが響いた途端、通行人どころか店主まで逃げ出してしまったため誰も止める者がいないのだ。まあ、誰だってあんな珍集団と関わり合いたくはないだろう。

 仕方がないので、残っている俺が怪人を制止しようと――。



「――とうっ! 極悪非道なる怪人共! 今日も街の平和を乱しに現れたか」



 ――俺が動くよりも先に、アジヒラキ様並みに妙な奴が跳躍しながら登場したのだった。そいつはアジヒラキ様がいる建物の対角線上の民家屋根に下り立つ。


「ならば、今日も正義の鉄拳制裁を受けるが良い!」


 新たなる変人はわざわざ屋根に現れたというのに、あっさりと地上に下りてくる。

 そして次の瞬間には、八百屋と魚屋を襲撃中の謎集団へと殴りかかったではないか。暴行事件だ。通報しないと。


「正義の拳だッ、くらえ!」

「キィー!?」

「オレ様の戦闘員がっ、おのれ! もう現れたのか、スケーリーフット!」

「す、すけーりー、ふっと? 黄色い??」


 アジヒラキ様は新たな変人をスケーリーフットと呼ぶ。

 スケーリーフットの外見は生物的なアジヒラキ様と異なりメカニカルだ。重厚なガントレットを武器にして戦っている。普通の人間よりも一回り大きく、動くと機械音が鳴る。パワードスーツというものを着込んでいるのだろうか。

 基本色は黄色であり、腕とか足は黒である。

 パワードスーツに隠れて見えないため体格は判断できないが、外見から推測するに中の人は筋肉マッチョで間違いないだろう。

 頭もフルフェイスなので顔は分からない。声の響きから三十代から四十代の男性だと想像されるものの、電子的な加工がほどこされている。

 全身隠されているが、匿名希望の恥ずかしがり屋さんなのに喧嘩しているのかな。


==========

 ▼スケーリーフット

==========

“戦闘力:???”


“怪人技:?”


“大都会に危機が訪れる時、ヒーローは現れる。パワードスーツを着込んだ彼の正体は謎に包まれている”

==========


「ギョーギョギョっ! 憎きスケーリーフットめ! 今日こそはお前を排除し、オレ様がこの国を支配してやる」

「させるものか! 悪が蔓延はびこったためしなどないと拳で分からせてやる」

「あ、あのー」


 雑草を千切って投げるがごとく、黒い密着スーツの戦闘員さん達が二、三人まとめてスケーリーフットの左アッパーで吹っ飛んでしまった。大都会って重力係数も違うものだっけ。

 というか、あんな攻撃されていて、戦闘員達は全員大丈夫なのだろうか。アスファルトにぶち当って、嫌な角度に首が曲がっている。

 ……うん、見ないでおこう。俺が口を出すまでもなく、部下思いなアジヒラキ様が屋根から下りているし。


「おのれ、部下のかたき! くらえ、魚パンチ!」

「アジヒラキ様! 戦うよりも前に部下の方々を介抱した方が……」

「そんな腰の入っていない拳で私が倒れるものか」

「アジヒラキ様は魚類っぽいから腰なんてないだろう」


 アジヒラキ様のキッチンミトン風な拳がうなる。事実、肉食魚類の拳が小さく唸っている。

 スケーリーフットは間合いを正確に読み切ると、スウェーで回避した。肉食魚類のギザギザな口が空気を噛み千切る。


「くらえ、鉄拳!」

「ギョーギョギョ、引っかかったな! 解禁、全身開放! 怪人技“魚開き”」


 スケーリーフットがカウンターの右拳を放ったタイミングに合わせて、アジヒラキ様の体の中心が縦一本に光る。

 すると、アジヒラキ様の体が中央線を境に左右へと観音開きされていき……うげぇ、見たくもない内臓部位が見えてしまっているんですけど。グロい。あ、でも魚だから案外美味しいかも。


「なっ?!」


 体が開いた分、空間が生じる。ガントレットの攻撃は間合いを見誤り空振りに終わった。

 タイミングを見計らっていたアジヒラキ様は、開いた体を閉ざしていく。スケーリーフットの腕は埋まった状態となり動けなくなってしまった。


「これぞ人間を超えた怪人にしか放てぬ怪人技よ」

「卑怯な! 三枚にならず二枚だけなど、おかしいではないか!」

「ギョーギョギョ。卑怯で何が悪いか。我等は悪の秘密結社、エヴォルン・コールなのだぞ」


 ピンチにおちいったスケーリーフットへと魚の頭でできた両腕が連打、連打、連打される。

 金属がきしんでゆがんでいく。スケーリーフットのパワードスーツの表面がハンマーで叩かれたかのようにへこんだ。

 スケーリーフットも非常識なパワーで戦闘員を殴り飛ばしていたが、アジヒラキ様のパワーも非常識である。片手を束縛されたスケーリーフットはかなり不利だ。


「腕一本でオレ様の連打を防げるものか」

「ク、正義は負けん!」


 ここにいるのは戦闘中のアジヒラキ様とスケーリーフット。傍観中の俺。他には誰も残っていない。

 窮地きゅうちのスケーリーフットを助けてあげるべきか悩む。あるいは、アジヒラキ様に加勢して追い込みをかけるか。

 どちらに助力するかというと、まぁ、五十歩百歩であるがスケーリーフットの方だろう。最初に店を荒らしていたのはアジヒラキ様陣営である。

 だが、二人の間に入ると痛いでは済まされなさそうだ。幼馴染が言っていた通り大都会の怪人に顔を殴られて死んでしまう。

 なので、安易に接近せず、道路に転がっていた八百屋の品物、投げ易そうなアボカドを拾って投球した。あ、購入金額の二百円はここに置いておきますね。


「ピッチャー俺、振りかぶりました。おー、ナイスストライク」

「ひ、ひぃっ! そこの人間なんて危ない真似を!」


 アボカドは、青い体に跳ね返された。

 ダメージはなさそうなのに、思った以上にアジヒラキ様はひるんだ。一歩後退しようとして、体が突っ張る。体内にスケーリーフットの片腕を入れていれば当然だ。

 猛攻が止んだ瞬間を見逃さず、機械音が響く。


「今だッ、行くぞ! ガジェット・パンチ!」


 拘束されていたスケーリーフットの右腕。その中ほどに通気口が開き、大量の大気を取り込む。

 燃焼を速やかに開始し、ガントレットそのものが発射された。アフターバーナーの臭いが鼻を突き刺す。


「何だ、と!? ウギャァッ」


 ガントレットと共に飛んだアジヒラキ様は、背びれから電柱に衝突した。

 電線が数本切れてしまい、エレクトリックにまたたく。局所的ながら広がる停電地帯。


「ガジェット・ウィンチ!」


 ガントレットは有線式になっていた。合金ワイヤーを巻き上げつつスケーリーフットは接近し、加速度を加えた左拳で魚の腹を殴り付ける。苦悶の魚顔になったアジヒラキ様の腹部から力が失われた。

 スケーリーフットは拘束されていた右腕を引き抜くと、トドメに入る。アジヒラキ様の体に抱き付いて両腕で締め上げ始めたのだ。

 これは相撲の決まり手、さば折りだ。


「あ、げぎゃ。ウゲェあッ。スケーリーフットめ。こんなむごい技をオレ様にっ!? これでは体を開けない。怪人技を使えない」

「そうだっ。アジヒラキ様は絶対にあじなのに鯖折りなんて!」

「終わりだ、怪人。お前達の存在を、私は絶対に許容しない!」


 無慈悲に両腕を締めていった結果、ボキり、と背骨が折れる音が鳴った。



「ギョーーーーッ! え、エヴォルン・コールに、栄光あれェェッ!!」



 瞬間、アジヒラキ様は大爆発。押し出された空気に負けて俺は転倒してしまう。

 爆風の直撃を受けたはずのスケーリーフットは……健在だ。パワードスーツの表面に焦げ跡は残っているものの、中にまでダメージはおよんでいない。

 スケーリーフットは倒れた俺へと近寄り、手を差し出してくれた。紳士であるが魚臭い。


「……そこの君。大丈夫か」

「擦り傷はありますけど。え、ええ。まあ」

「私を助けようとしてくれた事、感謝する。しかし一般人が怪人に手を出すのは危険が過ぎる。今後は逃げたまえ」

「こんな事件に巻き込まれるなんて。大都会って怖いですね」

「君の勇気をこの私、スケーリーフットが受け継ぐ。悪の怪人共は必ず滅ぼそう」


 スケーリーフットは腰からバーニアを吹かして、軽快に屋根へと跳び乗った。そのままどこかへと去っていく。





 これが、今年の、俺とヒーロー、スケーリーフットとの出会いだ。

 都会には怪人と呼ばれる悪人と、怪人を倒して回るヒーローが存在するというのはニュースで知っていたが、まさか上京した初日に出くわすとは不運にしては出来過ぎている。

 そして、無事大学に入学した後も一般人の俺がヒーローと怪人と関わるなんて、誰が想像できただろうか。





 お湯がいきおい良く流れていく。

 温かさを強調する湯気が風呂場に立ち込める。

 そして、白くシミ、キズ一つない体をこする軽快な音。

 ……たわし、で。シャカシャカと。


「…………はぁ。腕が生臭い」


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― 新着の感想 ―
[一言] スケーリーフットって動き鈍そうなお名前w
[良い点] 新作待ってました! [一言] 怪人の名乗りに、なんとなくエクセルサーガを思い出しました(笑) 今後の幼馴染ちゃんの活躍()にも期待です。
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