VS.スケーリーフット
大都会に現れる怪人共を散々、屠ってきた鉄腕が俺へと向けられる。
これまで善良な一市民として過してきたはずの俺に対して、何故かスケーリーフットは敵意を向けてきている。
「ま、待ってくれ。タイム!」
「泣き言は聞かない」
「俺は第二ヒーローなんて凄く格好良い人物じゃない。この辺りに住んでいる一般人で、夜の日課で公園のフェンスに登って、次の年末に開催されるSASUKEeのために訓練しているのだ」
「うむ。その話、信じたとしても不審人物には代わりないぞ」
「分かった。正直に名前を明かそう。俺の名前は春都と言って――」
「私は警察ではないからな。名前を明かされたところで一時帰宅を許しはしない」
このヒーロー、なかなかに強情で隙がない。俺に構っている暇があるのなら、悪の秘密組織の一つや二つ壊滅させて欲しいものだ。
「第二ヒーロー。お前は怪人とは違う意味で野放しにできない。これはお前のためでもある。大都会でヒーローを自称するのは命掛けだ。エヴォルン・コールが黙って見過ごすはずがない」
すいません。その助言、手遅れです。
「さあ、フェンスに掴まっていないで。悪いようにはしないから捕まるんだ」
スケーリーフットは善意から俺を保護しようとしてくれているのだろう。
事実、怪人ホールベアーいわく、第二ヒーローはもうエヴォルン・コールに注目されてしまっている。第二ヒーローの素性を調べ尽くされるのも時間の問題かもしれない。
ならば、力なき一般人はヒーローの手で守られるのが得策だ。ヒーローはか弱い一般人を救ってくれるのだから、全面的に信頼して身を任してしまうのが最善。断る理由はない。
そうだ。ヒーローはか弱い人々を救ってくれる。誰も犠牲には……なりはしない。
俺は素直にスケーリーフットの提案を――、
「――いえ、お断りします」
――もちろん、きっぱりと断った。
ヒーローに慣れ親しんだ都会人ならいざ知らず、田舎出身の俺にとっては怪人と同じぐらいに珍妙な存在である。信じて従う理由はない。
「何と、言った?」
「お断りします、と言いました。俺にとって大都会は何もかもが疑わしい。ヒーローも含めて全部」
「第二ヒーローを名乗る不審者の言う事か?」
ヒーロー活動という実績を有するスケーリーフットを疑うのはいかがなものだが、正体不明の存在である事を忘れてはならない。怪人を倒している目的は不明。怪人を倒せる力を有している理由も不明。分からない事しかない。
「ヒーローを名乗る不審者ほどに怪しくはないぞ、俺は!」
「何も知らない一般人に言って欲しくはない」
「だったら公表してみせろ。悪の秘密結社、エヴォルン・コールとは一体何なんだっ!」
捕まっていたフェンスから跳躍して着地する。スケーリーフットの正義の手から逃れるために全力疾走を開始した。
「逃げるかっ。無駄な抵抗をする!」
黄色い装甲のスケーリーフットが追いかけてくる。
戦闘服のパワーアシストを圧倒する瞬発力だ。瞬きしている間に、十メートルの距離を詰めてきた。
怪人にも勝てない俺がスケーリーフットに対処できるはずもない。着地してから五十センチも移動していないというのに追いつかれて、首を後ろから掴まれてしまう。
「力の差が分からないとはな。いや、分からないからエヴォルン・コールを軽くみてしまったのだろう。第二ヒーロー」
「首を、持って体を持ちあげる、なァ。馬鹿力めっ」
「暴れると余計に絞まるだけだ。諦めろ」
スケーリーフットはスピードのみならずパワーも優れていた。大学生男子の平均体重を誇る俺を、まるで子ネコを持ち上げるかのごとく片手で持ち上げてしまう。両足が地面から離れて宙ぶらりんだ。
やはり大学生が戦闘服を着たぐらいでヒーローに勝てるはずがない。本職の戦闘員もぞんざいに負けているのだから当然だった。
「くっ、ま、参った。降参する!」
「最初から素直に言う事を聞いておけばよいものを」
秒で敗北してしまい、俺は降伏のジェスチャーとして手を上げていく。
ごく自然な動作だったため、スケーリーフットは注意を向けていない。ただ手を上げているだけなのだから、危険性を感じるはずもないが。
だから、バイザーの手前へと手を近付ける事ができた。マジシャンのごとく手の平の内側に隠しておいてスマートフォンを向けて、動画再生ボタンを押す。フリーズしていたスマートフォンであったが、長々と話している間に再起動を済ませていたのだ。
「くらえ、催眠動画!」
『AT MORE 映画窃盗ニャー! 皆、我輩を真似して映画を窃盗するんだニャー!』
液晶上では、今は亡き怪人コピーキャットの遺影が映し出されている。
この動画は眼鏡先輩が撮影していた動画をコピーしたものである。ただし、コピー元の動画をそのまま再生している訳ではない。映画スクリーンを拡大し、一フレームごとに分割されていたコピーキャットの画像を繋ぎ合せて編集している。
映像をほぼゼロ距離で視聴したスケーリーフットは、苦しみ始める。
「くっ、な、あっ」
映画館でのコピーキャット事件。
観客は怪人技によって映画盗撮を行うよう催眠されていたと判明しているが、世間や警察の関心はそこで終わっている。
俺と春都はもう少し一歩踏み込んで、怪人がどのようにして観客全員を催眠したのかを調査していた。眼鏡先輩の研究室に入り浸っていた理由でもある。
調査結果、映画館のスクリーンに投影された画像に原因がある事が判明する。
映画開始前に流れる予告編、その映像の中に短い時間で複数回、コピーキャットの姿が紛れ込んでいたのだ。いわゆるサブリミナル効果を狙ったのか。実は効果がないらしいサブリミナルらしいがそこは怪人だ。コピーキャットが放つ怪しい眼力も映像内には記録されているため、催眠効果を発揮するらしい。
「う、こ、これは!? あ、う――」
「催眠動画を観た者は、ヒーローであろうと催眠される」
なお、このコピーキャットの細切れ動画を復元したのは俺ではない。春都の奴が面白がって一週間かけて完成させたものだ。
……悲しい事に、完成した動画を観てしまった春都本人が催眠されてしまったのだが。
「――く、え、えっ、えい、が……映画っ! サメ映画を観たくて、観たくて、たまらない!? クぅッ」
原理も理由も分からないのだが――おそらく、編集によって光パターンが変化したからだろうが――映画の盗撮を促す催眠は大きく変質してしまっていた。
催眠動画を視聴した者は、決して抗えないサメ映画視聴願望に汚染されてしまうのだ。
しかも、ただのサメ映画では満足できない。世間的にB級、C級、Z級と断じられるタイプのサメ映画を望んでしまう。春都の奴などは催眠されてから一週間は経つのに、未だに欲求が収まらず映画レンタルを止められずにいる。今晩もアホウドリ社配給のサメ映画を視聴しているのだろう。
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▼第二ヒーロー
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“戦闘力:1.5”
“怪人技:
模倣するは猫(劣化コピー) (New!)”
“ヒーローと騙っているだけの一般市民。無茶が過ぎるので多方面から批判されてしまっている”
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“怪人技:模倣するは猫(劣化コピー)
怪人コピーキャットの怪人技が記録された映像をスマートフォンで再生し、相手に視聴させる事で発動。映像を見た対象は強いサメ映画(Z級)鑑賞願望に襲われる”
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動画を直視したスケーリーフットは陸揚げされたサメのごとく苦しんだ。結果、手を緩めて俺を解放していく。
自由の身となった俺は、そそくさと逃げ出す。
「ま、待てっ。第二ヒーローッ」
「誰が待つか! スケーリーフット、お前が俺に対して疑念を抱くように、俺もお前を疑っているからな。お前が都会人共を救って点数稼ぎしている間に、俺が悪の組織を叩き潰してやるぞ」
「駄目だ! お前が思っている程にエヴォルン・コールは甘くない!」
「そんな事は、一年も昔に体験済みだ!!」
公園を離れて、道路を横断し、不法侵入であるが民家の庭を駆け抜ける。
振り返ってもスケーリーフットは追って来ないが、念のために家へとは直接帰らない。夜でも明るい街並みの中へと紛れ込んでいく。
逃げ込んだ道を塞ぐように、荷台の大きい豆腐屋の車が停車してくれたのも幸運だった。
――翌日、大学某所――
大学の講義は高校までの授業と異なる。文系と理系で授業が異なっていたのが高校であるが、大学では学科ごとに更に細分化されている。ゆえに、他学科の学生と講義で遭遇する事はない。
ただ、何事にも例外は存在する。
今から始まる講義がその例外であり、全学科の学生が選択可能な共通講義だ。
「こんにちは。五十鈴さん」
教室の中にいた五十鈴響子を発見する。そこそこの知り合いなので、挨拶ぐらいは行っておこうと声をかけた。
だが、五十鈴は手元のスマートフォンに夢中で俺の挨拶に気づかない。代わりにブツブツ何か呟いている。
「――どうして私、サメが降ってきたり頭が複数あったりする、こんな整合性のない映画を観たくて仕方がないの」
「五十鈴さん?」
「――展開に困ったらスプラッタなシーンで誤魔化して。ほら、友人役がまた食べられた」
スマートフォンを食いいるような姿勢なので、何を見ているのか分からない。そうでなくても紳士たる俺が婦女子のスマートフォンを覗き見るなんて真似をするはずがない。
俺は五十鈴の邪魔をしないように、遠くの席に座った。




