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VS.ヒーローガール

 ヒーロー・スケーリーフットがいつ大都会に現れたのか。その正確な日を知っている者はスケーリーフット本人ぐらいなものだろう。

 彼女が活動を開始し始めた段階では世間でささやかれる噂でしかなく、そもそも、怪人の存在が政府より正式に認められて、まだ半年と経っていなかった時期であったのだ。

 警察の装備では歯が立たない怪人をたった一人で撃破できるヒーローの存在がスクープされるまでには、相応の期間が必要だっただろう。


『怪人通報アプリのバックドアより受信。●●区の公園に怪人出現』

「……最近は警戒ドローンからよりも怪人通報アプリの方が早いですね。現地に急行します。ルート指示を」

『ヒーロー補助AI。バックアップを開始します。響子様、ヒーローの時間です』


 スケーリーフットがいつどこから現れるのか。これも知っている者は本人ぐらいなものだろう。基本的には、高校の裏手に乗り付ける無人車で現地に向かっていたというのは秘密である。


『豆腐屋の自家用車に偽装したAI車を向かわせました。現地近くまではこちらにお乗りください』

「ねえ、いつも思うのだけど何で豆腐屋なの?」

『住宅街を走っていても不審に思われない車両であると、製作者がログを残しています』

「はあ、おじい様ってば。ジェネレーションギャップを感じる」


 スケーリーフットとは何なのか。怪人と単独で戦える特殊なパワードスーツの出所は不確かであり、怪人と戦う動機も分かっていない。


「荷台に乗った。急いで!」

『ドアロック。運転再開。地下秘密ルートを使用します』

「すべて任せます。私は変身に専念するので。あ、脱いだ制服は洗濯しておいてください」


 大柄なスケーリーフットと比較できない程にスリムな少女が、窓のない荷台の中で精神を統一させる。

 すると、少女の背中の皮膚が隆起する。鋼鉄よりも硬く変質した皮脂の層が、少女の体を囲い込むように丸まっていく。



「――変身。スケーリーフット」



 それはまるで巻貝の貝殻。

 拡張されたトラックの荷台の天井ぎりぎり。二メートルは優に超える。本人を飲み込む程に大きく育った丸い殻の中へと、少女は膝を抱えた姿で飲み込まれていく。

 そして三十秒から四十秒後、貝殻を割って見慣れた黄色いヒーローが登場した。

 とてもじゃないが、中に五十鈴いすず響子という少女が入っているなどとは分からない。


『現地に到着しました』

「変身が終わった。行ける。地上への出撃路を開放!」

『偽装射出路開放。どうぞ!』


 人間が別の何かへと変身した。

 それはまるで怪人のようであり、怪人が使う怪人技のように常識外れだと他人に指摘されたならば、きっと五十鈴響子は憎悪に満ちた表情で肯定するだろう。

 己を改造した悪の秘密結社、エヴォルン・コールに復讐する。その意思をより一層、強固にしてしまうだろう。

 それが、怪人スケーリーフットがヒーローと己を偽って怪人と戦う理由だ。


「怪人を目視! 戦闘を開始する!」

「ツクツクボー。ツクツクボー。ふはは、地面の中で養分を吸い上げ、十分なエネルギーを蓄えた怪人プリースト・シカーダ様の天下が来……うわ、寒っ。まだ冬か――」

「夏に帰れ、怪人!」





『ツクツクボー。ツクツクボー。ふはは、地面の中で養分を吸い上げ、十分なエネルギーを蓄えた怪人プリースト・シカーダ様の天下が来……うわ、寒っ。まだ冬か――』

『夏に帰れ、怪人!』

『――スケーリーフットっ!? ツクツクボォぉぉぉ。え、エヴォルン・コールに、栄光あれェェッ!!』


 場所を変えてもテレビ報道されるヒーローと怪人。まあ、今放送されている番組では第二ヒーローではなくスケーリーフットを特集しているみたいだが。

 テレビ画面の中ではセミ型怪人が爆発霧散していた。俺が今年、大都会にやってくる二ヶ月前の事らしい。


「スケーリーさんはどこにでも現れる。映画館では遅かったけど」

「ごほっ。ごほ、ごほん。……きっと、別の用事があったのでしょう。彼とて、常に臨戦態勢で待機している訳ではないでしょうし」

「それもそうか」


 まだ注文の品が届いていない内から向かい席の人物がむせている。


「ご注文のコーヒーと、オレンジジュースです」


 頼んでいたコーヒーが届いたところで、店内天井付近にあるテレビに向けていた視線を下ろし、真正面を向いた。

 正面席に座っているのは五十鈴いすず響子。何かと縁があるような無いような微妙な距離感の女性である。

 場所を研究室から大学付近の喫茶店に移動したのは、五十鈴と話をするためだ。若者の集う大学付近には昔ながらの個人経営の店が多く、メニュー表の値札も学生に優しい。


「研究室でもよかったのに」

「いえ、私は工学部の学生ではありませんので」


 俺もまだ研究室に所属している訳ではないのだが。まあ、言葉通りに意味を捉える事もない。五十鈴は一対一で俺と話したいのだ。

 五十鈴は時々、眼光が鋭いものの、基本的には大人しそうな印象を抱かせる女であり、逆に言うとそれ以上に特筆すべきものがない。内気、あるいは人見知りに類する性格ではない――であれば男と喫茶店に入らない――と思われるので、単純に他人にプライベートを見せない女なのか。対面しているのに他人行儀で、どこか壁を感じさせる。

 ……なんでこんな子が合コンに参加したのか。


「普段から合コンには参加されるのです?」

「あれが初めてで、友人に誘われてしぶしぶと参加した次第でして」

「友人というと?」

百井ももいです。高校時代からの友達で、強く誘われると断りにくくて」


 百井も確か合コン、映画と続けて参加した女性だったか。

 俺とは異なり、五十鈴は昔から大都会に住んでいる生粋きっすいの都会っ子との事である。高校の頃からの友人たる百井も同様で、大学生となってからも交流を続けているそうだ。少なくとも誘われた合コンを断れないぐらいの関係性だ。

 なるほど。性格を掴めていない五十鈴の一端が見えた気がする。どうも義理堅い性格をしているらしい。

 入院した俺を春都以外で見舞にやってきたのも五十鈴だ。やはり、俺に気があるというよりは事件に関わった者の義務感として病院に現れたのだろう。

 では、どうして今日は二人だけでの会話を望んだのか。


「本日はどのような要件で?」


 五十鈴の性格を色々想像してみたが、用件はさっぱり思い付かない。なので直接、本人にたずねた。


「映画館の事件について、何か変わった事がなかったかおたずねしたくて。怪人が現れた際、席を離れていたと記憶しているのですが」

「あの時は春都の腹の調子が悪くなって席になかなか戻れませんでしたからね。持病のしゃくらしいです」

「……私と同世代で癪。他人にそうと見せないなんて忍耐強い。見習わないと」

「春都の奴も映画で張り切り過ぎたのでしょうが、見上げた奴です」


 本人がいないので春都の事を適当にでっち上げつつ、五十鈴の意図をもう少し深く探ってみる。


「わざわざ事件について聞いてくるだなんて。続けて二度も怪人に襲われて不安になりましたか?」

「そ、それは――」


 五十鈴は何か考えるように視線を上方にらした。会話中に、実に不自然に。

 ……まさかと思うが、俺が第二ヒーローであると気付いて接触を図ってきたのだろうか。そう思った瞬間、背中から冷たい汗が噴き出す。

 い、いや。

 特別、五十鈴だけが気付くような失態を犯したつもりはない。五十鈴のようなただの大学生が気付いたのならマスコミや警察だって気付く。そして、悪の秘密結社も。怪人の計画を潰した俺に制裁を与えてくる可能性は十分にあるだろう。悪の秘密結社を麻薬組織と言い換えれば、歯向かう者はスプラッタ動画の主演となり、一族郎党も皆殺しだ。

 心拍数の上昇を抑えようと、アイスコーヒーを口に含む。

 ……あれ、五十鈴はまだ上を向いている。何を見ているのだろうか。


『愚かな人間共! この築五十年のアパートは怪人シッターさんが賃貸契約したオポ! 家主に無断でリフォームしてエヴォルン・コールの拠点に改造するオポ。まずはこの画鋲を柱に――』

『怪人、敷金を払え!』

『――スケーリーフットっ!? オ、オポぉぉぉオッ』


 ヒーローの三ヶ月前の活躍シーンがテレビで放送されている。五十鈴のぱっちりした目はそちらへと向けられている。

 白い顔のネズミっぽい怪人が爆発していたが、こいつは原型動物が分からないな。


「もしかして、ヒーローにご興味があります?」

「あ、いえ。会話中にすいません。あんな一瞬で終わった戦闘まで撮られていたなんて、と気になったもので」

「なるほど、つまり興味があると」


 大都会におけるスケーリーフットの人気は高い。

 怪人相手に後手後手となっている政府とは真逆に、スケーリーフットは鉄拳制裁で怪人に対処している――政府の沈黙っぷりは奇妙であるものの、ただ黙っている訳ではない。怪人早期警報ネットワークを構築して怪人通報アプリの配信を行っている。

 ヒーローという善性の象徴を持てはやすのを躊躇ちゅうちょする必要はない。実際に助けられた人間もいるため好意見がほとんどである。

 もちろん、正体を隠したままただ戦うだけのヒーローをあやしむ意見も少なからず存在する。が、アンチのできない有名人はいない。

 そして、アンチがいるぐらいのヒーローならば、熱烈なファンが付くのが道理である。



「五十鈴さんってもしかしてヒーローガール?」

「ち、違うっ」



 ファンの中でもヒーローをこよなく愛する女性層を俗にヒーローガールと呼ぶ。


「私は新聞を切り抜いたり、ネットで画像を収集したりしていませんっ!」

「そんなに強く否定しなくても、いい趣味じゃないですか」

「どうして私が、自分の……スケーリーフットのファンだなんてっ?!」

「恥ずかしがっているから二人だけになりたかったのですね。映画館にもヒーローが現れたから、写真を撮っていたなら分けて欲しいと。残念ですが、自分も逃げるのに必死だったのでヒーローを見ていません」

「だから、ちが――」


 頬を赤く染めた五十鈴は、言葉を発する直前で口を動かすのを止めるのに苦労している。否定しようと必死になる姿こそが、自分がヒーローガールですと周囲に宣伝しているようなものだと気付いたのだ。ストローからオレンジジュースを吸って頭を冷やしている。

 五十鈴の反応は実に可愛げだ。俺を第二ヒーローの正体だと暴く者の態度には思えない。

 少し余裕を取り戻して、俺もコーヒーを飲んで一息つく。


「――くっ。そ、そうです。わ、わた、私はスケーリーフットのふ、ふ、ファンで、です」


 どもりながら、五十鈴は自分がヒーローガールであると認めた。

 羞恥心の所為で手が震えているが、何故にそんなオークに囚われた女騎士みたいな表情をしているのか分からない。暗に俺の顔がオークと同列と言いたいのか。

 相手の正体を言い当てられた優越感が、口を軽くし、饒舌じょうぜつにする。さる情報源(春都)より入手したヒーローガールの特徴を、ヒーローガール本人に披露してしまうぐらいに迂闊うかつになってしまった。


「スケーリーフットのどういった所がお好きなんです。やっぱり、ヘルメットを脱いだらイケメン説を支持されているので?」

「イケメン?」

「声を近くで聞いた事がありますが、美青年というよりもダンディーなおじさんだと俺は思います。五十鈴さんは美青年とおじさん、どっちだと思います? 汗臭い中年説はないと思いますけど」

「おじさん!? 汗臭!?」


 ヒーローガールというくくりの中にも様々な宗派が存在する。門外漢が勝手な想像であれこれ言っていいものではない。

 先程から五十鈴がハンマーで頭を叩かれたかのごとく頭を揺らしてしまっている。これは不味いと思って話題を急遽きゅうきょ変更した。


「そうだ。映画館での事を訊きたかったのでしたよね。先程言った通り、あの場ではスケーリーフットを見ていません」


 この言葉に嘘は含まれていない。

 あの時、バックヤードに逃げ込んだ後は戦闘服を急いで脱ぎ、非常口から映画館の外までけていた。ヒーローが怪人を倒したシーンを目撃していない。



「第二ヒーローの方はどうでしたか?」



 ドキリとさせる女である。危うくコーヒーを吹きかけた。

 五十鈴は今日一番の鋭い視線で俺を射貫いている。やはり、俺イコール第二ヒーローであると疑っているのだろうか。いや、五十鈴がヒーローガールであるのなら別の可能性もあるな。

 突如現れた第二のヒーローに対する世間の評価は、低い。昨今の利息のごとく低い。ヒーローと自ら名乗るなど恥知らずめ、という意見で固められていた。

 特にヒーローガールからは敵視されているようで、目前の五十鈴のように親のかたきのごとくうらまれている。憧れのスケーリーフットと肩書きで並ぼうなどと不敬罪で刎頸ふんけいされるべき、というのがガール達の共通見解だ。


「さ、さあ? 第二ヒーロー? 全然分からないなー」


 当然、この場は白を切るの一手だ。

 五十鈴がヒーローガールでなくても同じ回答になっただろう。ただ、命の危険さえ感じる過激派ヒーローガールが相手でなければ、ここまで完璧に白を切れたかは怪しい。


「あんな胡散うさん臭い奴。もう二度と現れないんじゃないかなー」

「であればいいのですが。あの人、次は殺されてしまいますよ」


 や、ヤる気だ。このヒーローガール。


「ど、どこの馬鹿なんでしょうね。ヒーロー業の大変さが全然分かっていない」

「そうです! ヒーローについて何も分かっていない素人がノリで現れて現場を荒らすなんて、絶対に許されません。その面白半分の代価に、その後の人生すべて監禁、拷問、実験動物で終わってしまうというのに」


 こ、怖い。ヒーローガールは怪人よりもよほど怖い。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の斜め上を行く思考と五十鈴さんの主語が無かったり探りを入れる言動のせいでアンジャッシュのネタみたいになってる。
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