VS.怪人マスター・ブリテリオン1
黄色い拳が、白い装甲に叩き込まれる。
衝撃波が大気を伝播。周囲の木々や建物を揺らして、大都会に住むカラスが一斉に飛び立った。
「よくもッ、よくもォオ!!」
「激しいな、スケーリーフット。筋肉ゴリゴリ至上主義だとは聞いていたが」
「よくも、おじい様を!!」
拳を叩き込むと同時に、腕のブースターを燃焼させて豪快に腕を振り抜く五十鈴響子。
ホワイト・ナイトは力に逆らう事なく、自ら後方に跳んで威力を受け流す。
「言いたい事は分かるが、真相を聞いて冷静になってくれないか、スケーリーフット? 肉親を殺されては無理だと思うけれども」
「飄々と言うなッ」
「こんな調子で、新世界で一緒に生活できるのか不安になる。同型怪人同士、仲良くしないと種族繁栄に関わるというのに、やれやれ」
ホワイト・ナイトは溜息をジェスチャーする。二十代から三十代の男の声は、将来を不安がっている。
「誰が、お前と繁栄するかッ」
「自分で言いたくはないが、私は外見に自信がある方だ。むしろ、選択肢がないのは私の方だと思わないでもない。けれども人類全体のためと言われて、私だって色々と諦めている。君も諦めて私で妥協してくれないか?」
「そのキザったらしい声を体ごと、潰す! その次はドクトル・Gだ!」
両肩から重機のアームを伸ばした五十鈴は、ホワイト・ナイトに殴りかかる。
対するホワイト・ナイトはまた溜息をジェスチャーした後……両腕から無数の火砲を生やした。戦車、高射砲、駆逐艦、様々な戦闘機械の砲門の複合体だ。
「――少し、君を痛めつけよう」
魚の口に喰われたリムジンが折れ曲がる。中にまだ残っていた皆の命が不安だ。
「――悪業罰示式神“温羅”、おこしやす」
「――怪人技“クモの糸”!」
リムジンの天井を鎧武者が突き破り、急造された脱出路から跳び出した安田ミシェルが糸で皆を引っ張って救出した。眼鏡先輩、撫子、運転手を合わせた合計四……よく数えたら五人全員、無事に脱出を果たす。
非戦闘員も乗っていたリムジンを襲うとは、許せない怪人だ。
「A級怪人は三体だけではなかったのか!」
『新調しただけの事。特にソイツは複数回の改造手術に耐え切った逸材だ。既存のA級怪人とは一線を画す』
「そんな奴を、最終作戦に投入するな! 俺が死ぬだろうっ!」
『時間制限まで生かしはしない。旧人類として死ね、第二ヒーロー。新人類を屠ってきたお前にはお似合いの末路だろう。……やれ、怪人マスター・ブリテリオン!』
「お任せウォォォ、CEOウォォォ!!」
エラ呼吸の癖に声がうるさい。
地上に体の三分の二を出した状態で泳ぎ始めた巨大魚は、敷き詰められたブロックを粉砕しながら俺に向かってくる。巨体が無理やり進んでいる癖に異常な突進力である。追尾能力も高く、左右に動いたぐらいでは逃げ切れない。
「だが、ここに至って魚型怪人を投入してきたのは間違いだ。怪人技“魚開き”で三枚におろしてやる!」
迫る流線形の頭と向き合って、構えた拳に魚のミトンを被せる。
衝突の瞬間に合わせて必殺の魚パンチをお見舞いしてや――、
「怪人技“キャリアブロック”ウォォォッ!!」
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“怪人技:キャリアブロック
自分よりもキャリアの低い相手からの攻撃を無効化する”
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――魚パンチを当てた瞬間、手首から嫌な音が鳴る。怪人マスター・ブリテリオンの体は一切割れていない。
怪人技“魚開き”の不発を確かめる暇なく、怪人マスター・ブリテリオンの頭と衝突した。スコップですくわれるように地面ごと空中に放られて、魚の背中と背びれでバウンドし、人形みたいに受け身も取れず地上に落ちる。
「カはッ、あァ!?」
たった一撃で重傷だった。逆に、死んでいないのが不思議でならない。
「そんな、肉壁……二郎のお兄さんが死んだ?! 温羅、仇を討って!」
「い、いや。まだ死んではいないが……あぁ、クソ。体中が一瞬でボロボロだ」
魚影は俺をひき逃げした後も直進して、近場の建物に頭を突っ込ませている。商業施設がいくつか崩壊してしまった。力加減というものを知らないらしい。
周囲に散らばる地面の破片の内、机ぐらいの大きさのブロックを取り上げた撫子が使役する鎧武者。巨大な怪人の尾っぽに対して遠投し、見事命中させた。が、ダメージが通ったようには見えない。
怪人マスター・ブリテリオンは地下に潜る。
また現れるのは明白なので、早く立ち上がらなければならない。そう思って地面についた右手が、変な方向に曲がった。不思議がっていると激痛が後れてやってくる。
「ぎぃィッ!! お、折れて、いやがる……」
脂汗で戦闘服の中が湿る。泣きたいぐらいに痛い。というか、泣いている。
『ちぃ、突進の風圧に飛ばされて直撃しなかったか。悪運が強いな、第二ヒーロー』
「右の手首が折れてッ、どこが運が強い!?」
『喚くな。別に右手が溶け落ちた訳でもあるまい』
ドクトル・Gの茶々に苛立ちながら、左手を支えに立ち上がる。俺が思っている以上に時間がかかっていたのか、怪人マスター・ブリテリオンの頭がもう浮上していた。今度は俺に噛みついて確実に仕留めるつもりだ。
「温羅!!」
俺と怪人の間に割り込んできた鎧武者が、長い太刀を魚の頭に振り下ろす。
まるで金属同士がかち合ったような音がした。怪人の体は、それが当然のごとく無傷だ。反撃で振るわれた顎のスイングにより、重量級のはずの鎧武者が簡単に飛ばされる。
「つよ、過ぎる……」
DHAが人間一人分はありそうな目が、目の前で俺を凝視している。相手の気分により、俺の体は潰されてしまうのだ。
「キャリアを重ねた僕に、勝てると思ったかウォォォ!!」
指摘されるまでもない。A級怪人は当然として、大概の怪人と正面から戦えば第二ヒーローは敗北してしまう。今まで生き残っていたのが奇跡であり、異常事態に過ぎなかったのだ。
思えば、A級怪人と戦う際にはいつもスケーリーフットのパワーを当てにしていた。
第二ヒーロー単独では勝てなくても、スケーリーフットがいれば勝てるかもしれない。先程、墜落していく姿を目撃しているので近くにはいるはずなのだ。そろそろ、現れてくれないだろうか。
「キャリアアップした僕の手で、魚肉ソーセージみたいに潰してやるウォォォ!!」
俺の淡い期待を否定するがごとく、怪人マスター・ブリテリオンは吠えながら動き出す。
……寸前で、ドクトル・Gが何故か止めた。
『――少し待て、怪人マスター・ブリテリオン。あちらが先に終わった。ホワイト・ナイトが、スケーリーフットに勝利したぞ』
空中に投影されるドクトル・Gの向こう側で見え辛かった。いや、見えて欲しくはなかった。
白いパワードスーツが、ぐったりした黄色いパワードスーツの頭部を鷲掴みにしながら飛行している。
『これが現実だ、第二ヒーロー。ワシの計算は決して崩れん』
ヒーロー・スケーリーフットは、五十鈴響子は、悪の秘密結社に完敗した。
まあ、怪人マヨイガに続いて二回目、と考えればそう悲観するべき状況ではないな。……などと虚勢を張るには戦況が悪過ぎる。




