VS.上山動物園2
怪人の腕から放たれた電流が、空中を走ってヒーロー二人へと襲いかかる。
光速とよく勘違いされがちな雷の速度であるが、実際は二千分の一ぐらいなものである。月に届くまで一秒もラグが生じる光速のさらに二千分の一だ。人類が反応したとすれば大概であっても、ヒーローならば光った瞬間に体を動かして雷を斬ったり弾いたりする程度は当たり前である。
「いやいやいやっ。やっぱり見てから反応するのは無理がある!」
「スケーリーフットさんは私の盾になっていてください。オフェンスは鬼人にやらせますから」
怪人雷獣太の腕から連射される電撃はジグザグな軌道を描いているため、盾役の五十鈴以外にも多く当たっている。
外灯に誤射されれば、一瞬強く光ってLEDが焼き切れる。
レールに誤射されれば、モノレールが誤作動して発進する。
レールの上に着地していたヒーロー二人は、車両を避けるために地上に下りた。そこを狙って、雷獣太は腕を伸ばすが……鬼人の鎧武者が刀で突いてくるため諦める。
「この鬼が千年前に実在した種族という訳か。種族間戦争で虜囚となり、仇にこき使われるとは情けない。滅びて当然だったな」
表情の伺えない面頬の向こう側で、眼光の鋭さが増した。
刀で斬ると見せかけて足を踏みつけて、毛むくじゃらな甲を割る。
「ぬるいぞォッ!!」
叫ぶ怪人雷獣太へと上空の黒雲より稲妻が落ちてきて、エネルギーを充填。全身の毛が青くスパークして衝撃を生み、半円の領域を作り出す。巨体の鎧武者を無理やり領域外へと押し出した。
姿勢を低くする怪人雷獣太。ほとんど四足歩行ならぬ六足歩行――腕を斬られているので五足が正確か――となって……突如、雷光を残して姿を消す。
「あの巨体で、速い?!」
「お前達が遅いだけだ、まずは一人」
電磁投射の速度でヒーロー二人の背後に出現した怪人雷獣太は、高圧電流を帯びさせた腕を伸ばす。装甲を絶縁処理している五十鈴は狙っていない。彼女の隣にいる少女を狙っている。
ヒーローであってもキツネ面をつけただけの京極撫子ではショートしてしまう。
だから、護衛の赤い鬼が少女を庇う。
「前鬼!?」
「ハハッ、焼け焦げろ!!」
怪人雷獣太の腕が叩き込まれた瞬間、赤い鬼の全身に電流が無茶苦茶に走る。電流の走った跡が黒く焦げていき、赤い皮膚に対する割合を急激に増やす。
ふと、京極の手元で炎が立ち昇る。
古びた札が出火元らしく、中央から外へと火が広がってあっという間に燃えカスになってしまった。
「前鬼がっ。ご先祖から受け継いだ前鬼がァ!!」
「危ない。離れて!」
電流に焦がされて、湯気の昇る赤い鬼。その体が透明になって、現世との繋がりを失っていく。
少女は大事な物を失いたくないと寄り添おうとしたものの、赤い鬼の向こう側には怪人雷獣太が見えている。五十鈴に体を抱えられていなければ、今度こそ少女が電流にやられてしまう。
「これがヒーローか。複数揃ってこの程度では、実に肩透かしだ。俺に本気を出させてみろ。もっと抵抗してみせろ!」
赤い鬼が消えるのを待てないと、怪人雷獣太は体から発する電磁気で吹き飛ばしていた。
手札を一枚失った京極と、一本腕を失った怪人雷獣太。どちらが優勢とはまだ言えないが、勢いは確実に怪人雷獣太の方にあった。
悔しさに涙をにじませる少女の手には、怪人大蛤を封じた札と、更にもう一枚。これまで一度も使った事のない文字通りの切り札が残されている。強さを見せつける怪人雷獣太であろうとも確実に倒してくれる、千年前に実存した文字通りの怪物が封じられている札だ。
されど、ヒーローですらないA級怪人に使わされては、今後に控えているヒーロー同士の真なる戦いにおいて不利になる。使用を躊躇うのは仕方がなかった。
「出し渋りがあるのならば、使わせてやろう。――怪人技。“雷の毒”」
==========
“怪人技:雷の毒
雷による毒性。落雷によって噴霧される毒。
精神作用が強く、正気を失わせる効果がある。落雷地点に近い者ほど強く影響を受けて、麻痺や痙攣、異常な攻撃性や幼児退行、物に対する固執等を見せるようになる
トウモロコシが解毒剤として効く”
==========
怪人雷獣太が天空に向けて手の平を広げてみせた。すると、毒々しい色合いの雷が落ちてきて地面に刺さる。
近場の樹木の葉が紫色に変色して落ちていく光景を見れば、ただの落雷ではないのは明白だ。
「何をしたんだ、怪人雷獣太!」
「装甲に守られるスケーリーフットには効果がないか。が、そこの旧人類最後のヒーローはどうかな」
「う、ウォ、ウォアアアッ」
歯を剥き出しにして獣のような声を出す京極。術者と式神の関係にある鬼武者にも影響が及んでいるらしく、苦しみながら刀を無茶苦茶に振っている。顔を出して写真撮影するためのパネルを斬り裂いていた。
「倒す。倒す倒す倒す倒すッ」
「狂戦士となる毒が作用したか。好都合だ」
「いきなりどうした!? 少し落ち着けっ。正面から突撃しても電撃の餌食になるだけだ」
「倒してやるッ!!」
五十鈴は京極の両肩を握って動きを止めようとするが、そんな事はお構いなしに少女は暴れて怪人雷獣太に敵意を向ける。
温存すべき切り札に手をかけて、京極は千年前に存在した最強のヒーローを呼び出そうとする。
「――――悪業罰示式神“酒呑童子”、おこしや――」
――ただ、札から鬼を呼び出すよりも、光学迷彩効果のある甲羅を投げ捨てて跳び出す第二ヒーローの動きの方が早かった。
京極と同じか、下手をするとより近い距離で毒性ある雷の影響を受けた第二ヒーローが理性を失って突撃する。戦いをコソコソ隠れて静観しつつ、あわよくば漁夫の利を狙おうとしていた魂胆が見え見えの位置にいた報いだろう。
「二郎……いえ、第二ヒーロー。どうして!?」
「訳などどうでもいい。第二ヒーロー、現れたのならお前から先に始末してくれる」
「逃げてっ、第二ヒーロー。貴方では怪人雷獣太を倒せない!」
怪人雷獣太は虫を叩くように、襲いかかる第二ヒーローの脳天を叩いて潰す。頭蓋骨陥没か、それとも電流を手加減していないので、雷に打たれた人間と同じ結果となる。
……第二ヒーローが器用に体を捻り、完全に怪人雷獣太の動きを見切った動きを見せなければ、一撃で決着がついていただろう。
「……何だと?!」
毛むくじゃらな腕を避けつつ、それどころか反撃でフォークの一閃を叩き込む第二ヒーロー。
「――――どいつもこいつもッ、O型の血に誘われる蚊みたいに私の二郎に寄りつきやがって! ヒロインは私一人だ。全員ブッ殺してやる!! アハハハッ、二郎は私が守るの。私のモノだから、アアハハハッ!!」
プロフェッショナルな動きを見せた事から第二ヒーローが正常ではなくなっている事は確かである。
体の持ち主の理性が消えた事で、BOM《バーサーカー・幼馴染・モード》が発動でもしてしまったのだろう。




