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VS.脅迫

 怪人雷獣太はスケーリーフットの本名、五十鈴いすず響子の姓名を正確に発音する。


「スケーリーフットの正体はドクトル・Gのみが知っていた。適当にそこいらの女学生を拉致して改造したとでも思っていたのか?」

「最初から知られていたというのか」

「いや、お前の情報はA級怪人にも明かされないトップシークレットだった。新人類のヒーローなれば当然の処置であるが、調査を禁じられていた訳ではない。怪人アーミーアリからもたらされた情報を元に、俺の派閥がお前の素性を突き止めた」


 五十鈴は知りえないが、過去の戦いで彼女は怪人アーミーアリにフェロモンを浴びせられていたのだ。特定の誰かのみに臭いを伝える怪人技であり、攻撃ではなく追跡で真価を発揮する。


==========

“怪人技:フェロモン誘導

 特定人物のみが気付く臭いを場に残せる”

==========


 第二ヒーローの襲撃に対する依頼料として、怪人アーミーアリから怪人雷獣太へと臭いの追跡手段が提供されたのだ。シャワーでも落とせないフェロモンを伝って、怪人雷獣太はスケーリーフットの正体が五十鈴であると特定した。


「まさか、その脳筋ぶりで女だったとは驚かされたがな」

「ガサツで悪かったなッ。……それで、私の正体を知ってどうしたい。個人情報を公開されるのは我慢ならんが、それで止まる私ではないぞ」

「で、あろうな。日常を失うぐらいで戦意を喪失してもらっては、俺達が肩透かしだ」


 ビルの屋上にスケーリーフットは着地して、バイザーに張り付く自分の写真を握り潰す。

 ついにエヴォルン・コールに正体を知られてしまった五十鈴。言葉は強いものの、黄色い装甲の中で半分以上、虚勢を張っている。大都会という人口密集地帯で、悪の秘密結社に名前を知られる恐怖は強い。

 怪人が五十鈴を狙うのではなく、家族を狙ってくる恐れが出てくるのが特に恐ろしいだろう。五十鈴には、病院で動けずにいる祖父もいるのだ。

 家族の命がしければ、ヒーロー活動を停止せよ。こう五十鈴を脅してくる可能性は高かった。



「――家族、友人の命が惜しければ、一日に一度、俺達と戦ってもらおうか。正々堂々と一対一で、誰にも邪魔されずにな」



 しかし、怪人雷獣太の脅し文句は予想から外れていた。戦うなとは言っていない。

 戸惑う五十鈴は、困惑を表して首をひねる。


「意味が分からない。その脅しは必要か??」

「これまで通り、と言いたいが、本部の最終作戦も近い。ゆえに、俺の派閥の目的たる旧人類に対する破壊活動も平行で行う。このようにな――」


 指を鳴らす怪人雷獣太。

 ……すると、怪人雷獣太の背中越しに、炎が立ち昇る。一か所だけではない。距離は離れているが、同時に複数個所で破壊活動が行われているようだ。



「ぐははっ、怪人偵察(リコン)コヨーテの登場だーテ。オレ様に親権を渡さなかった裁判所を爆破したーテ!」

「トラトラトラ。怪人冤罪タイガーの活躍により、無能なる交通警察の拠点を破壊トラ。被害者の声を聴くと言いながら、痴漢冤罪の被害者の声をないがしろにする奴等など世界に不要だ」

「こちら怪人コトッター。ネットでしかさえずれない愚物の実家を見つけましたコト。これで五人目でコト」

「怪人キリリン。飲酒運転をしようとした旧人類の車両を破壊してやりましたキリッ」



 車のガソリンが引火した炎や、ガス管から漏れたガスで発火した炎。見え方や発生元に相違はあるが、どれもが少なくない被害を示している。

 怪人が暴れていると察した五十鈴は、現地に向かうべく飛び立とうとしたが……足元に落雷が落ちてきて邪魔されてしまう。

 怪人雷獣太が指を一本、五十鈴に向けていた。


「そうくな。社会基盤を揺るがしたとしても、大都会を完全に破壊するつもりは俺達にもない。ただ、世界が終わる前に今の世界の矛盾を正しているだけだ」

「ただの暴力を、暴力を振るう側が正当化するな!」

「正しい者でも損をする旧人類の世界において、正しさにどれほどの価値がある? 俺の信条はただ一つ、強さだけだ。他人の理不尽に屈しない強さだけが、絶対的な正義足りえる」


 まずは目前の怪人から倒すべきだと考えを改めて、五十鈴は怪人雷獣太に対して拳を突き出す。ガントレットを射出するスケーリーフットの得意技、ガジェット・パンチの予備動作だ。

 怪人雷獣太は防御体勢を整えない。五十鈴の足元へと新しい写真を一枚、投げただけである。



「その写真に写っているのは、お前の友人だろう」

「モモッ?!」

「常に配下の怪人に監視させていて、俺の指示でいつでもあわれな友人を襲撃できるようにしてある。実に分かり易い脅迫だろ」

「お前はッ!!」



 五十鈴は友人の百井ももい直美が襲われるよりも先に、元凶たる怪人雷獣太を潰してしまおうとガントレットを発射した。けれども、破壊したのは怪人の毛むくじゃらな体ではない。屋上の給水塔の足場を粉々にしただけだ。

 全身を帯電させて電球のフィラメントよりも輝いた怪人雷獣太は、一瞬で姿を消し、ガントレットを避けて見せた。

 消えた怪人の体。どこに消えたかと思えば、いつの間にか五十鈴の背後にて腕を組んで立っている。


「俺達と戦いたければ、明日だ。指定の場所に来い」

「脅迫の次は、待ち伏せか。どこまで卑怯なんだ、怪人!」

「話を聞いていなかったのか。正々堂々と一対一がお前と戦うためのルールだ。それ以外では奴等との契約外となり、特典を得られない」


 裏拳で怪人雷獣太を狙うが、五十鈴の攻撃は再び外れた。

 怪人雷獣太はビルのへりにまで後退している。二メートルに達するスケーリーフットに勝る図体でありながら、異様に素早い。


「脅迫した通り戦いは明日だ。五十鈴響子、お前がそれまでに怪人を攻撃した場合は、写真の友人はどうなるだろうな」


 言いたい事を言い終えたのだろう。怪人雷獣太は五十鈴に背中を向けてビルの屋上から去ろうとしている。

 当然、五十鈴は怪人雷獣太を逃さないために動いていたが、上空の暗雲から雷が連続的に落ちてきてはどうしようもない。装甲に守られる五十鈴は落雷が直撃しても焼けげる事はないものの、完全に無視して突破できる程でもなかった。

 光に遅れて屋上を揺らす雷鳴。

 すべての余韻よいんが過ぎ去った時にはもう、怪人雷獣太の姿は残っていない。


「怪人雷獣太アアあああッ!!」


 五十鈴は拳を振り上げて叫んだ。八つ当たりで屋上のコンクリートを叩き割るつもりだったのだろうが……ヒーローがそんな真似をできるはずがない。

 しかし、ヒーローであるというのに五十鈴は、多数の怪人が暴れる大都会の街並みに踏み出せず、屋上にとどまり続けてしまうのだ。





 大学から新拠点を経由して、怪人事件の現場へと向かう。第二ヒーローのフル装備を整えるためなので時間を無駄にしている訳ではなかったが、怪人出現から三十分以上も時間が経過してしまっている。即応とは言いがたい。

 最速の移動手段が無人タクシーというのもロスが大きい。無人でありながら有人車と同程度の値段設定であるため経費はかさむし、封鎖区域に指定された事件現場までは送ってくれない。


「戻ってきた授業料でバイクでも買うか」

『幼馴染:運転免許は?』


 免許を取っている暇のない第二ヒーローとしては、どうにも改善できない部分ではある。

 まあ、どれだけ頑張っても空を飛べるスケーリーフットを超えられない。今できる精一杯は実行しているので素直に諦めよう。

 怪人が現れた場所まではまだ遠いものの、焦燥感は強くない。


「これはスケーリーフットの奴に先を越されたな」


 何だかんだと俺もスケーリーフットを信用し始めている。因縁ある奴の姿をしているし、中身は脳筋野郎なのだが、怪人と戦う姿勢は評価していた。

 無人タクシーのフロントガラス越しに、大都会の街並みを眺める。

 事件続きで出歩く人の数は減っていたが、それでも大都会だ。まだまだ田舎の休日以上に人が歩いている。大都会の日常はまだ継続している。


「――大都会の窮地を救えるのは、与党ではありません。新しい世界には新しい政治集団が必要なのです」


 スピーカーを装備したお立ち台付きの車が止まっていた。大都会の上層部が軒並み繭玉なので、臨時選挙が行われるという噂があった。そのため、立候補者が演説でもしているのだろう。



「――秘書がすべてやったという言い訳がかつて多用されました。私もそうして切り捨てられた秘書の一人です。この言い訳を言い換えると、秘書だった私であればすべて可能であり、既存の政治家は無用の長物なのですザード」



 車の上に立った立候補者の顔を見る。

 ……変温動物のような顔をした怪人が、小指を伸ばしたままマイクを持って、熱弁をふるっている。


「――この私、怪人ハザードテイルと新政党、エヴォルン・コール党に大都会をお任せくださいザード」

「無人タクシーっ、ここで停車だ!」


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