VS.怪人マヨイガ4
俺を瞬殺できるパワーを有するからこそ防戦一方となってしまった怪人マヨイガ。
両腕を盾にして防御を固める怪人マヨイガを、蜻蛉切で斬りつける。白い毛が散っているので刃は通っている。だが、刃の長さと怪人の大きさを考えると大したダメージにはなっていない。
まあ、小さな針を少し刺しても痛みはあるものなので、怯ませるぐらいだ。
巨大な虫の手で捕獲されかけたら、関節の隙間にプラスチック製フォークを突っ込む。
「おっと、危ない」
「爪の中に爪楊枝を刺されたマヨ!」
そこって爪なのか、という疑問を持ちながら距離を開けた。
第二.五ヒーローがいる所まで後退して、呼吸を整える。
「その気なら、自分を握り潰せる相手によく接近できるものだ。第二ヒーロー」
「人並みの恐怖はある。ただ、第二ヒーローは常に劣勢だったから、慣らされた」
「嫌な慣れだ」
一見、均衡させたかのような戦局。けれども、怪人マヨイガを倒す術を持たない第二ヒーローチームが劣勢なのは明白である。
そもそも、敵は一体だけではない。怪人マヨイガが拘りを捨てて、部下に第二ヒーローの捕獲を命じればそれだけで終わるのだ。
「怪人アゲハ! 第二ヒーローを再び捕えなさいなマヨ!!」
戦場の後方、道路の真ん中に堂々と停車していた豆腐屋の自家用車。その天井を突き破って現れたのは黒と黄色の文様ある翅を広げた怪人アゲハだ。
既に二度も対戦している怪人であり、戦績は一勝一敗。油断できる相手では決してない。
「第二ヒーロー。またボロボロにしてやるパピ!」
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▼怪人アゲハ
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“戦闘力:41(mtH1000接続中)”
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mtH接続により大幅に強くなっている怪人アゲハに、先の戦いでは敗北した。今も第二ヒーロー単独で勝てる見込みはない。
「だが、俺達はチームだっ。第二ヒーローチームフォーメーション!」
掛け声を上げて、俺を先頭に第二.五ヒーローと縦に並ぶ。
「雑魚が何をしても無駄だパピ」
「一度目の敗北から学んでいないな、怪人アゲハ。弱者は協力してこその弱者だ」
飛行速度をそのまま足先に乗せて降下してくる怪人アゲハ。鋭い一撃が当たれば骨を砕かれてしまうが――、
「――君達は分かっていないね。僕はもうmtHの接続に介入できる」
――まず、後方にいる眼鏡先輩が怪人アゲハの戦闘力を削ぐ。
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▼怪人アゲハ
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“戦闘力:41 → 12(mtH接続遮断)”
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次に、俺が落下してきた怪人アゲハの足を掴み取って捕まえる。
「よし、捕えたぞ」
「は、離せパピ!」
最後に、背中から現れる第二.五ヒーローが、事前に託していた蜻蛉切でトドメを刺した。
「ぐぇ、こんな奴等に俺が負けるのかパピ。……怪人キラービー、怪人プリンセスホタル。俺はここまでのようだ。お前達の無念を晴らせてやれずに済まない」
「……あれ、お前等ってそんなに仲良かったっけ?」
「このクソ第二ヒーローッ。最後ぐらい余韻に浸らせろパピ! え、エヴォルン・コールに、栄光あれェェッ!!」
生体爆発を起こして怪人アゲハが退場する。これで目に見える範囲にいる敵兵は怪人マヨイガと怪人アーミーアリの二体だけだ。
手の空いた第二.五ヒーローに対して、指示を飛ばす。
「怪人マヨイガを倒せるのはスケーリーフットだけだ。あそこで倒れているアイツをどうにか起こして、戦わせるしかない」
「あんな状態だが、スケーリーフットは戦えるのか?」
「戦わせるしかないだろうに。時間は俺が稼ぐが、長く持つと思ってくれるなよ」
部下をやられた怪人マヨイガが黙っているはずはなく、翅を広げながら迫っていた。
第二.五ヒーローをスケーリーフットの所へと向かわせて、俺一人で相手取る。
「戦闘力に乏しい第二ヒーローが起き上がっただけで、どうしてここまで計画が狂うマヨ。私の新世界が遠退く。意味が分からない。ひたすらに屈辱だっ」
「人はいずれ夢から覚める生き物だ。俺が抵抗しなかったとしても、いつかは破綻しただろう」
「お前さえ、第二ヒーローさえいなければ完璧だったっ。邪魔なお前が、mtHとしてあんな性能を見せたから、排除ができないっ。ああっ、お前がマヨォオオ!!」
逆立てた髪を無茶苦茶に掻きむしる怪人マヨイガの理性がどこまで続くか怪しい。手加減に期待したいものの、力加減を意図的に誤る可能性もあるだろう。
俺の命運はスケーリーフットにかかっている。
朦朧とする視界の中で、誰かが怪人と戦っている。
失神しかけながらも、痛む脇腹が意識を保たせている。こう五十鈴響子は思っていたが、錯覚だったのだと考えを改める。
ヒーローを救うヒーローはいない。
怪人マヨイガに敗北した五十鈴の代わりに怪人と戦ってくれる誰かは現実には存在しない。だから、見えている光景は夢か幻か。本当の事だとは思わない。
「ヒーロー・スケーリーフット。無事か!」
声をかけられた五十鈴は割れたバイザーから見える人物の顔を確認する。
独特な形状の仮面に戦闘服。第二ヒーローである。
「だ、第二ヒーロー……?」
「起きていたのかっ。動けるようなら、怪人と戦ってくれ。もうアイツが持ちそうにない」
「…………嫌」
「は? そんな渋めのオッサン声で駄々っ子みたいな」
ボイスチェンジャーは機能しており、五十鈴の声質は渋かった。
渋い声で子供みたいな口調となったスケーリーフットに、第二ヒーロー(プラス〇.五)は困惑している。勇気と正義感に溢れ、筋肉マッチョのオッサンという噂で持ち切りのヒーローが発する言葉とは思えない。
「頼むから、戦ってくれよ! 第二ヒーローが、うわっ。鳩尾に直撃していないか、あれ?」
「怪人と戦っているのは第二ヒーロー? ……はは、やっぱり夢か」
二人も第二ヒーローが登場している所為で、五十鈴は今見ているものを夢だと完全に思い込んだ。
夢ならば、世間体などというくだらないベールを脱いで、我儘になってしまっても問題はない。
「私は戦わない。戦ってもいい事ないし、勝てないし」
「ヒーローがそんな事を言うなよ!?」
「別に私がそう名乗った訳ではないし、大都会の人間が勝手に私をヒーローと持ち上げただけだし」
スケーリーフットをヒーローと言い出したのは社会だ。不特定多数が集まるネットか、それとも報道機関か。出所は既に分からなくなっているが、五十鈴以外の誰かが彼女をヒーローと持ち上げ始めた。エヴォルン・コールと戦う上で、世間が肯定的なのは都合が良かったため、五十鈴は否定しなかったが。
なお、一部で語られる人類代表という意味でのヒーローについて、五十鈴は何も知ってはいない。
「私は負けたから、もう戦えないし戦わない。私の行動に、意味なんてなかった」
「スケーリーフット、お前――ッ」
役割と力だけのヒーロー。このように、怪人に五十鈴は非難されたばかりだ。
役割については見当がつかず、力も及ばなかった。随分と間違った非難ではあったが……ヒーローに相応しくない己がヒーローを騙って戦っていたのには後悔した。
そのために、今の五十鈴は腐った態度を取っている。
「――アイツの戦う姿を見ていながら、そんな態度を取る事だけは許さないッ!」
目前の第二ヒーローが怒気を隠さず、荒くスケーリーフットの肩を引っ張り上げる。
だらしなくアスファルトに転がるスケーリーフットの視線を正して、怪人マヨイガと戦う第二ヒーローを真っ直ぐに見させた。
「アイツはお前よりも弱いッ。アイツの活動は多くの人間に持ち上げられていないッ。それでもアイツはああして戦っているんだぞ! お前の目にはそれが見えていないのか!!」
どうせ夢の中なのに、何を熱くなっているのだろう。こう五十鈴はぼんやりと戦闘を眺める。
第二ヒーローが怪人に薙ぎ払われて転倒する。
受け身に失敗した所為で危険な角度で後頭部を打ったが、第二ヒーローは立ち上がる。
第二ヒーローが怪人に掴まれて投げ飛ばされる。
ビルの壁面に命中した所為で全身が打たれたが、第二ヒーローは立ち上がって戦闘を継続する。
第二ヒーローが怪人に殴られて悶絶する。
胃の中身と血の混合物を吐いたが、第二ヒーローはニヒルに笑って口の中に残るソレを吐いて怪人の体に付着させる。その所為でまた殴られた。
遠くの光景は戦闘になっていなかった。
無様な負けっぷりだった。頑丈さの欠片もない体であんなにボロボロなら早く負ければいい。勝てないのなら最初から戦わなければいい、と冷静に五十鈴はリンチされる第二ヒーローについて感想を小さく呟く。
瞬間、目の前の第二ヒーローが頭突きする勢いで顔を近付けて――実際、額が強く衝突――から五十鈴の節穴な目を否定する。
「第二ヒーローが勝つために戦っていると思っているのか!? 第二ヒーローは、お前が立ち上がるのを信じているだけだ!!」
五十鈴は、えっ、と声を漏らした。
自分のために戦う、という言葉がもたらすシチュエーションから、かけ離れたズタボロ姿を見た。真実味はない。今にも敗北寸前でありながら五十鈴を待っているなど、どうして信じられる。
しかし、傍にいる第二ヒーロー本人が申告しているのに疑うというのも馬鹿らしいものだろう。
ヒーローを救ってくれるヒーローはいない。その事実は変わらない。
五十鈴が立ち上がらない限り、第二ヒーローは敗北してしまうのだから、変わらない。
実に酷い話だった。五十鈴に対する救いは一切ないというのに、それが、五十鈴の救いになろうとしている。他人の勝手な言葉であろうと、ヒーローとなった彼女が伏したままでいられるはずがないのだ。
信じてくれる誰かがいる。
「第二ヒーローが、私を信じている?」
「そうだ。命がけの行動に嘘なんてあるか」
信じてくれるのなら、五十鈴は痛覚を刺激する脇腹の状態を無視して、立ち上がっていく。
「第二ヒーローが、私を信じてくれている」
まだ無事な背面ブースター一機を起動して、残量僅かな燃料をすべて投じて発進した。
片腕を変形させて、最後の武器をかかげる。
「ガジェット・ドリルッ!!」




