プロローグ 1
現代日本におけるヒーローものですが、主人公は一般人です。変身はできません。
楽しんでいただければ幸いです。
我ながら、一大決心したものである。
進学先として大都会の国立大学を選んだのは何となく。強く学びたい学問があった訳でもなく、田舎の就職難に絶望していた訳でもない。都会に憧れていた訳でもない。
本当に何となく――俺は大都会の大学へと進学した。
「ようやく大都会に到着か。長かった。特に那古屋以降が」
幼馴染――家が隣同士。人生の多くを共存共栄――などは、都会には魔物が住んでいる。富士山が噴火する。直下型地震が発生する。怪人に襲われる。ベテルギウスが爆発して人類が死に絶える。などなど、様々な不安要素で都会行きを諦めさせようとしてきたものである。
言いたい事は分かるが、若人が怖気付いていては人類に未来はない。がんばってくる、と手を振って新幹線に乗り込んだのは今朝の話だ。
幼馴染は怒り顔で俺を見送った。最後までがんばれ、とは言ってくれなかった。
……意気消沈しながら大都会駅に到着したというのに、LIFEで速攻に――、
『幼馴染:お土産まだー?』
――とメッセージが届いてしまう現代社会には若干引いてしまう。別れに情緒の欠片も存在しない。
大都会駅から外に出る必要なく在来線――えっ、俺の田舎だと在来線と新幹線って別の駅が常識なのだが。えっ――へと乗り継ぐ。人の波に流れ流され、数分置きに現れる電車に忙しさを感じながら駅から駅へ。
一ヶ月前に選んでいた俺よりも年上な賃貸アパートへと引越し荷物が届くのは明日だ。よって、今日はのんびりと観光できる。
「さーて、どこに行こうか。やっぱり日本一の電波搭かな」
『幼馴染:そうそう。スカイ・バンブーの高さは666メートルもあるんだって。武蔵メートル案もあったそうだけど、ゾロ目の方が覚え易いだろうという案が採択されたらしいわよ』
どうして俺の幼馴染は、ぴったりなタイミングでLIFEしてくるんでしょうかね。俺のスマートフォンに妙なアプリでも密かにインストールしているのではなかろうか。
『幼馴染:昼食行くなら、名物のもんじゃ焼きはどう?』
ストーカーアプリへの疑惑を強めて、スマートフォンの電源を切る。田舎女の束縛から解放された俺は、改めて観光を開始する。
……まあ、土地勘のない田舎者がスマートフォンもなく観光できるはずもなかったが。
すぐに道に迷い、大都会の中にある古びた商店街へと入り込んでしまう。大都会にもこんな場所が残っていたというのは田舎出身者にとって意外であるが、観光には不向きだろう。
「さてはて、迷ってしまったな。どうしたものか……ん?」
大都会で道に迷うのもまた一興。などと酔狂な事を考えず、スマートフォンを再起動させてさっさと観光名所に移動してしま……えば良かったのだろう。
都会の空気にあてられて浮かれた気分でいるから、事件に巻き込まれてしまうのだ。
「――――ギョーギョギョっ。この商店街はアジヒラキ様が占拠した!」
エラから漏れていそうな笑い声が、民家の屋根から響いてくる。
「弱小なる人間共よ! 今日からお前達は全員、このアジヒラキ様の奴隷だ! まずはこの商店街の売り上げを二倍にする。大型商業店から客を奪い返して、更なる領土確保のための軍資金を確保するのだ! そのためには意識改革、働き方改革が必要だ! ギョーギョ!」
IQの低い宣言に反して、後半の台詞は意識が高めである。
まだ四月にもなっていないというのに、どこの愚か者が屋根上で笑っているのだろうか。さして興味もないというのに、無用心にも、目線を上方へと向けてしまう。
「ギョーギョギョっ。アジヒラキ様の奴隷になる運命を幸運に思うが良い、愚かな人間共!」
そこに立っていたのは……ふーむ、怪人としか言いようがない怪しい人物だ。
鱗がテカテカ。
尾ひれがユラユラ。
魚類系であるのは間違いないのだが、本当に魚類なのかはすこぶる怪しい。上空を見上げて高笑い可能な、二メートルの巨大青魚な時点で疑問符のオンパレードであるが、更に、胸びれと尾の付け根付近から人間の腕と足が生えてしまっているのが大問題だった。
蛇足ならぬ魚足プラス腕。腕の方はキッチンミトンを装着しているがごとく、先が肉食魚類の頭になっている。
このアジヒラキ様なる怪人。地上に適応するために魚が進化したのだとしても、もう少し着ぐるみ感のない進化をして欲しかった。
「ギョーギョギョっ」
笑っていないで、真剣に鰓呼吸しろよと言いたくなる。
まったく。朝餉に米、納豆、味噌汁と一緒に登場してきたならよろこんで食しただろうが、昼時に現れるなんて非常識が過ぎる。
今日のお昼はもんじゃ焼きと決めていたのに、魚なんて非道ではないか。
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▼怪人アジヒラキ
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“戦闘力:32”
“怪人技:???”
“鯵型怪人を更に改造している最中に、麻酔から目覚めてしまった早起きな怪人。
魚類系全般の弱点である地上での活動を克服するために人間の手足を備えている。そのため見た目は生臭い着ぐるみ。青魚なので当然青い”
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「ギョーギョギョっ。手始めに、そこの魚屋。お前達は廃業するのだ! 恨みである。さあ、お仕事ですよーっ、戦闘員の皆さーんっ!」
アジヒラキ様の宣言後、キィーっという奇声を上げる謎集団が何処ともなく出現した。そのまま魚屋に襲撃して、店の物や棚を滅茶苦茶に破壊し始める。まるでハロウィンで盛った集団のような蛮行だ。
謎集団が暴れ始めたのが切っ掛けだったのか、商店街の人や通行人が持っているスマートフォンから災害を通達するアラートが響きまくる。
“――怪人警報、怪人警報です。○○都□□区△△……に怪人が出現しました。付近の皆様は絶対近づかないでください。近隣住民の皆様は戸締りをしっかりして出歩かないようにしてください”