イヴを励ますために~⑧アンジュ(後編)
アンジュはイヴに弱音を吐かせようと、海に着いた
次の日の夕方、イヴを散歩に誘った。
夕日に向かって、日頃不満に思うことや愚痴を
大声で叫べば、気分がすっきりするのではないかと
思って、前日に海で拾った小さなピンク色の貝殻2枚を
密かに手にし、夕日に染まった海に二人で
向かった先に、小さな先客がいた。
イヴよりも大きな少年が泣きながら、海に向かって
叫んでいた。近くに行けば、彼は傷だらけだった。
叫んでいる内容も両親を慕って泣いていて、
アンジュは、心を痛めた。
場所を変えようかとも思ったが、夕方の時間に
少年が一人っきりなのが、心配だったし、
ここに来た目的は、イヴに少年のように叫ばせること
だったので、丁度良いと考え、自分が考え出した
『魔法の海』だという話をイヴに聞かせ、少年と
同じように叫ばせることに成功した。
二人の叫んでいる内容があんまりにも切なくて、
アンジュは心の中で号泣しながら、
2枚の貝殻を二人に渡した。
ここで愚痴や悩みを思いっきり叫んでから、貝殻に
自分の『願い』を口にして、海に投げると
いつか願いが叶うと言って。
すると、ずっと両親に会いたいと泣いていた少年は、
「君の体が治るように願うよ」と口にし、イヴは
「あなたのお祖父様が、あなたを親元に帰してくれる
ようにお願いする」と口にした。
二人のこの願いを聞いたアンジュは内心、大号泣し、
少年の祖父にガツンと言ってやろうと決めた。
イヴを連れて別荘に戻り、イヴが寝付いた頃、
アンジュはサリーを連れて、夜半、少年の宿泊先に
潜入し、彼の祖父と拳で語り合い、彼を屈服させる
ことに成功した。そして翌日、祖国に戻ることに
なったと嬉しそうに話す少年が、せっかく最初に
出来た友達に名前も名乗らず、別れるところだった
と言って、名乗る名前にアンジュは驚愕した。
「俺、トリプソンって言うんだ。将来はお祖父様や
父上みたいな騎士になるつもりなんだ。・・・この
ウサギのぬいぐるみ、君だと思って大切にする」
「私はイヴよ。将来は父様みたいな薬草医になって、
私みたいな痛みに苦しむ人達を助けたいって思っているの。
私もトリプソンの願いを勇気に変えて、
これからも頑張るわね」
「うん!あのさ・・・俺達昨日ウサギみたいに赤い目で
泣いて、イヴの母上に二人はウサギさんみたいだって
言われたろう?・・・それでイヴ・・・大きくなったら、
俺だけのウサギになってくれない?
俺も君だけのウサギになるから・・・」
「ウサギ?ごめんね、トリプソン。私、ウサギじゃなくて、
リスだから、あなたのウサギにはなれないの、ごめんね」
「え?リス?」
「そろそろ、帰りましょうか、イヴ」
「ええ、母様!じゃあね、さようなら、トリプソン!
元気でね!」
アンジュは内心の動揺を隠しながらも、若干早足になる
自分を止められなかった。
旅の帰りの馬車の中、サリーとアイビーが馭者をして、
アンジュは眠るイヴをマーサと見つめていた。
マーサは愛おしそうにイヴを見つめ、旅の思い出を語る。
「今回の旅はイヴ様にとって本当に実り多き旅でしたね、
アンジュ様。イヴ様の表情から、張り詰めたものが消え、
以前の穏やかなイヴ様に戻られたように思います。
・・・それにしてもイヴ様はどこに行っても、おモテに
なるのでミグシス様はとても気合いを入れないと
いけませんね。リン村の男の子達や、エイル様やベル様に
トリプソン様に、・・・神子姫エレン様までが、イヴ様を
お好きになっていたようですからねぇ」
さすがイヴ様と笑うマーサに、アンジュは目を見張った。
「マーサ・・・、エイルって?もしかしてエイルノンのこと?
それにベルってリン村にいた、あの太った男の子だよね。
何故、様付けしているの?」
マーサは何故アンジュが驚いているのか、わからず、
目をしばたかせた。
「?はい、エイル様はエイルノン様とおっしゃって、
へディック国カロン王の側室のお子様です。ほら、
保養所にいらした・・・、ああ!!そうでした、
あの時はグラン様が頭痛がひどくて、アンジュ様は
つきっきりで看病されていたから、エイル様に会って
いらっしゃらなかったのでした!
長・・・セデスが気づいて、彼らを祖国にすぐに帰るよう、
ライト様に手配を頼んだんです。
ベル様は、ベルベッサー様と言って、へディック国の
侯爵位をお父様が引き継ぐことが決まったので、
帰国したんですよ。
神子姫エレン様のことは、私たちずっと女の子だと思って
いたのですが、後でセドリーが男の子だと聞いたらしく、
あの時は焦りました。私たち、つい、イヴ様とエレン様の
お茶会をイヴ様の私室でしてしまって・・・、もし、
イヴ様が(神様の子ども)でなかったら、イヴ様が
(神子姫エレン)様に、結婚前提の交際を申し込んでいると、
誤解されてしまうところでした」
ミグシス様は、それを知ったときは大慌てで・・・との
マーサの後の話は、アンジュの頭には入っていかなかった。
今、アンジュの頭の中は、大混乱していたのだ。
(どういうこと?どういうこと?どういうこと~!?
どうして、イヴが攻略対象者達と会っているの?
何で全員!?どうして彼らにモテているの?
・・・そりゃ、うちのイヴは優しいし可愛いし、
誰でも好きになると思うけど、彼らが好きになるのは、
ヒロインじゃないの!?
・・・いや、ミグシスもイヴを愛している!どうして!?
何か俺、思い出せていない?どうして~!!
と、取りあえず、帰ったら、即ライトさんに
相談しよ!)
~~~~~
リン村の我が家に着いた女性陣は、暖かく出迎えて
くれた男性陣に土産を渡し、旅装を解き始めた。
アンジュはソワソワと落ち着き無く、グランとの
ただいまの抱擁もそこそこにして、ライトの元へ
行こうとした、・・・が。
「どこに行くんだい、アンジュ?」
麗しく優しく微笑むグランは、アンジュを離さなかった。
「だ、旦那様?あの、その、ちょっとお土産を隣家に・・・」
しどろもどろにそう言うアンジュを見つめ、
微笑むグランは、セデスに目線を送る。
セデスは黙ったまま、頷いた。
アンジュの手から土産を取り上げ、これは私がと言い添える。
グランはそれを確認後、アンジュを横抱きに抱え、言った。
「お帰り、イヴ。君がいなくて私も皆もとても寂しかったよ。
そしてね、私は君の母様を愛しているから、とてもとても
寂しかったんだ。だから今から3日間、私は母様と部屋に
籠もるから、その後、私に旅の話を聞かせておくれ。
3日間、ロキとソニーを頼んだよ」
「!!はい!!父様!母様独り占めしてごめんね!
父様も母様独り占めしてきてください!私、ロキと
ソニーとお留守番してます!」
グランはイヴに頼りにしているよと言ってから、
セデスに言った。
「そういうわけで、後はセデス、頼んだよ」
「はい、グラン様」
グランはアンジュを連れ、夫婦の寝室に向かった。
アンジュは色気溢れるグランの横顔に鼻血が
吹き出るのではないかと思い、自身の鼻を両手で覆った。
急いでライトに会わねばという気持ちも吹き飛んで、
グランの瞳に縫い止められたかのように、
身動きも出来なくなった。
体中が興奮で熱くなるようだった。
(だ、旦那様がすっごく色っぽい!何これ何これ!?
旦那様、俺がいなくて、寂しかったの?
こんな色っぽいの、初めてじゃないか!?
むっちゃそそられる・・・!
俺、このまま押し倒されちゃったら、鼻血でちゃう!!)
アンジュは優しく寝室のベッドに寝かされ、その上に
覆い被さるように身を乗り出したグランによって、
優しくキスを落とされた。
「せっかく家に帰ってきたのに、すぐライト様のところに、
行こうとするなんて、私はとても嫉妬しているよ」
「へ?な、何で!?あんなゴリマッチョ・・・、いえ、あの、
私はグラン様一筋ですから、変な心配は・・・」
アンジュの言葉は、二度目のキスで塞がれた。
そのキスは、とてもとても情熱的でアンジュは何も
考えられなくなるくらい、蕩けさせられた。
グランはアンジュの美しい額にかかった前髪を
指で払いのけ、青い瞳が間近でアンジュを捉える。
「・・・ねぇ、アンジュ。君を不安にさせたくないから、
今まで大人しくしていたけど、・・・君がいつまでも
そうなら、私は、本気を出してもいいよね?」
「・・・はい?」
「この間の君のお仕置きは、甘くて辛かったけれど、
君に愛されているとわかって、私は嬉しかった。
だからね、・・・・・・今度は私の番だよ。
・・・頑固な者に苦痛以外で口を割らせる方法を、
君が教えてくれたんだ。
私は君に鳴かされたから、今度は私が君を啼かせる番さ。
・・・ああ、安心して、アンジュ。
私は君しか愛していないから、君以外に、この方法は取らない」
夢心地なアンジュはグランの次の言葉に、凍り付いてしまった。
「ねぇ、アンジュ。・・・君は(チヒロ)なのかい?」
アンジュは、目を見開いて、グランを見た。
アンジュは三日間、甘く甘く啼かされ続け・・・、
全てを白状させられてしまった。
~~~~~
3日後、足腰立たなくなったアンジュを横抱きし、
ご機嫌な様子のグランが、そのまま隣家へと向かった。
その日の午後、グランの前で、ライトとアンジュが、
『正座』をしている姿を、ライトの侍従が目撃している。
ライトの侍従は、穏やかなはずのグランの笑顔が、
今日は何故か、心底恐ろしく、そのまま黙って、
扉を閉め、彼らが出てくるまで、
侍従は震えながら控え室にいた。
アンジュがトリプソンの正体に気づいた時点が本編と違うと指摘を受けましたが、
ここに書いているお話は、本編を書くのには蛇足になるのに、頭の中を駆け巡って、
本編が書けないという状態を回避するための場所なので、大筋だけの修正が施されていないものですので、
大目に見て下さい。