イヴを励ますために~④マーサ・ノーイエ
~マーサとノーイエの場合
昼過ぎになり、ようやくイヴの頭痛が治まった頃、
マーサが摘みたてのイチゴを洗って、ミルクと一緒に
木のトレイに乗せて、部屋に入ってきた。
イヴはマーサに、ライトやタイノーやイレールが来てくれたことや
サリーが姉弟にお揃いの服を作ってくれたので、
明日元気になったら、それを着たいと嬉しそうに話した。
マーサは笑顔でそれを聞き、イヴの額の『ハチマキ』を撫で、
そしてイヴをフワリと抱きしめた。
「マーサさん?」
「すみません、イヴ様。あんまりにもあなたがかわいくて、
健気で抱きしめたくなってしまったんです」
マーサがそう言うと、イヴは笑顔になって両手を広げた。
「私、マーサさんの抱っこ大好きです!いっぱい抱っこしても
いいですよ!私も抱っこしていいですか?」
「ええ、もちろんです!イヴ様」
マーサはイヴを抱きしめた。
子どもの体温がマーサの心まで温かくするようだった。
(イヴ様の『片頭痛』が、私に移ればいいのに・・・。
どんなに痛くても構わないから、私に移して下さい、神様!!)
あの3才の時の(激痛)以来、マーサは毎日のように、
そう願っていた。
イヴの(頭痛)が自分に移れば良いと、イヴが元気に
なるなら、命さえ差し出してもいいと、ずっと思っていた。
マーサはイヴが物心ついたころに言われた言葉が忘れられなかった。
『マーサしゃんは、イヴリンのママなの?』
当時のイヴはまだ2才だったが、聡明な子どもだった。
2才で読み書きが出来るようになったイヴは、
自分の世話をしている女性が母親だと思っていたのだ。
『いっ、いいえ!そんな滅相もない!違います、
イヴリン様!イヴリン様のお母様はアンジュリーナ様です!』
『そ・・・なの。ごめんなしゃい。まちがえちゃったです』
『いえ、そんな謝るなんて・・・』
光栄なことだと、その時マーサは思った。
マーサがイヴリンを抱きしめて、神様にお祈りしていると、
(トント、トン!)とノックの音が聞こえた。
イヴリンは、「アッ、ノーイエさんだ!どうぞ!」と声を上げる。
扉を開け、入ってきたのは、一番長身のノーイエだった。
手にはシャボン液と、ストロー草と呼ばれる、
茎のところが空洞になっている草を三本添えて持っていた。
「お加減はいかがですか、イヴ様。もしも起き上がれるようなら、
これで一緒に遊びましょう?」
ノーイエは、もうすっかりイヴの頭痛の時の動きを把握していた。
今のこの状態のイヴなら、ベッドの上で座るくらいなら大丈夫だ。
しかし、ベッドから起き上がって動き回ったりするのは、
頭に痛みが走るから出来ない。
頭に痛みがあるから、読書も刺繍も出来ないし、音楽も大きな
音は頭に響くから、ダメだ。
かといって沢山寝ていても、頭痛はひどくなってしまう。
体はどこも悪くはないのに、頭に痛みがあるから何も出来ない。
イヴはグランに似て生真面目だから、病で休んでいることに、
時々引け目を感じてしまうことがある。
だからマーサやノーイエは、イヴの気晴らしになるような
ものを、彼女が落ち込みそうなときや、寂しく思うころを
見計らい、そうなる前に寄り添っていた。
ノーイエはイヴを抱き上げ、窓辺の椅子に腰掛けさせた。
そして少しだけカーテンを開け、直接太陽の光が
イヴに当たらない位置に椅子ごとイヴを持ち上げ、調節する。
本当なら予め椅子だけを調節してからイヴを運ぶのだが、
「うわぁ、すごいすごい!!ノーイエさん、すごーい!!」
と、イヴがとても感心してくれるのが、嬉しくて、
もうすこしイヴが成長するまでは、こういう力技を見せて
あげようとノーイエは密かに思っている。
マーサは、そんなノーイエの意図を苦笑交じりで黙認し、
イヴに薄手のマーガレットを羽織らせてから、
ストロー草を持たせた。
「さぁ、イヴ様。間違って飲んでしまってはいけませんよ」
と、言いながら、シャボン液をイヴが付けやすいように
目の前に差し出す。
カーテンが半分開いた窓からシャボン玉が出て行く。
きっと薬草園にいるグランやアンジュは、このシャボン玉に
気づくだろう。
二人はイヴを心配しつつ、イヴの世話はマーサやノーイエに
託して、仕事をしている。
子育てのプロの二人を信頼して、一日でも早く、
『鎮痛剤』もしくは『頭痛薬』を完成させ、
グランやイヴ、同じように苦しむ人々を救うためにと
頑張っているのだ。
このシャボン玉に気づいたら、少しは安心して、
仕事を続けられるだろう。
大小様々なシャボン玉を作って、喜ぶイヴをノーイエは
目を細めて見つめ、同じように見守っているマーサと
視線をからめ、微笑みあう。
二人は夫婦だ。
幼いときから引かれ合い、大人になって結ばれた。
子どもは4人もうけたが、どの子も一才を迎える前に
(神様の庭)に旅立ってしまった。
4人目の子どもは、生まれて三日で旅立ってしまい、
悲嘆にくれていた3ヶ月後にアンジュがイヴを出産した。
予定よりも2ヶ月早かったため、セデスはその時にはまだ、
乳母を見つけていなかった。
マーサは赤子を産湯に入れていると、途端に胸が張ってきた。
3ヶ月前に出産し、その後、泣きながら、自分の乳房を絞り、
母乳を捨てて一ヶ月で止まったはずの胸が痛み、
自分のメイド服が母乳で滲み始めた。
セデスに申し出て、乳母の役目を任されたマーサは、
無我夢中で子育てをした。
自分たちの『王』の(神様の子ども)。
死なせるわけにはいかない!
・・・でも、それ以上に、マーサは、育たなかった
4人の子を偲びながら、5人目の我が子のような気持ちで
乳を赤子に含ませたのだ。
イヴはマーサが生んだ、どの赤子よりも小さかったが、
すくすくと育っていった。
(影の一族)の皆もイヴを大事に育てたが、
マーサとノーイエの愛情の掛け方は、まさに心血注ぐようだった。
だからイヴは、そう思ってしまったのだろう。
ママと問われたマーサ。
3才のお誕生日に肩車を強請られたノーイエ。
二人を自分の両親だと、イヴは思ってしまったのだ。
そして身分が違うというのに、二人にとっても、
イヴは我が子同然であった。
気持ちを打ち明けたことも打ち明ける気持ちもないけれど、
これは二人にとって不変な気持ちであることは、お互い、
口にしなくてもわかっていた。
だから今までと同じように、これからもイヴの傍に
二人は寄り添う。
彼女が成長し、色んな出会いや別れを繰り返そうとも、
変わらず、見守り、ただイヴの幸せを願う。
・・・イヴの結婚式の日、娘を嫁に出す心境のノーイエの傍らで、
彼の背中をポンポンと優しく叩いて慰めているマーサ達の
前に、手作りの花束を二つ持ったウエディングドレス姿のイヴが、
「父様も母様もそうだけど、マーサ達11人も、
私にとっては大事な父様で母様なのよ。
だからね、これをマーサ母様とノーイエ父様に。
これ、ありがとうのブーケなの。
今まで大切に育ててくれて、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします」
と花束を差し出して、二人を大いに泣かせてしまう未来が
来ることを、三人でシャボン玉遊びをしている、
今の二人は、まだ知らない・・・。