前哨戦・3
火の矢は正確に敵の飛行機を撃ち抜いていく。ある機体は貫かれ、ある機体は羽根をもぎ取られ墜落していく。
「す、すげぇ……」
思わず見とれてしまうが、背中を強く引っ張られ振り向くと軍曹が鬼の形相で睨んでいた。
「何してる!死にてぇのか!」
「す、すみません。」
あれは…………魔女なのか?
「いや、こんなところにいるわけが無いか…能力者か?」
「なにかいったか?」
「い、いえ!」
急いで軍曹のあとに続き奥へと走る。
先程よりかは航空機による脅威が少なくなった。
これをチャンスと見た軍曹たちは一気に走り出す。
「敵の飛行機が少ないうちに第2塹壕線に入るぞ!」
「了解!」
「おーい!こっちだ!」
曲がり角から、一人味方の兵士が手を降っていた。
どうやらこの先が第2塹壕線らしい。
「お前たちが最後か?
「いや、わからん。しかし他は来る途中では見なかったぞ。」
「わかった。」
「戦況はどうなっている?」
「一時敵の航空優勢のせいで危うかったが、魔女が来てからいまは均等だ。」
「魔女?」
「知らんのか?ちょうど、あそこトーチカの上にたっていて火を操るそうだ。」
どうやら、先程見た少女が魔女らしい。
もう少し歳を取っているイメージがあり、そしてあそこにいたのはせいぜい話に聞く能力者だろうと考えいた。
「とはいえ、魔力には限りがあるそうだ。早めに避難せねば………あと五分で砲兵隊の砲撃が始まる。」
「そうか、ならば………」
軍曹が言葉を終える前に、すぐ近くに爆発が起きた。その爆発に数人巻き込まれ、吹き飛ばされる。
「なに!?まさかッ!」
「魔女の力がつきたようだ!はやく奥へ!」
軍曹たちは負傷した兵士たちをつれ奥へ走っていく。アーリもそうしようとした瞬間に、視界の端で、少女がトーチカから塹壕の中へ落ちる姿が見えた。
「軍曹!魔女が!」
「魔女がどうした!?いまそんなことより手を貸せ!」
「塹壕の中へ落ちました!助けに行きますかッ」
「ほおっておけ!そんなことより………」
自分が見たのは年もそんなにいってないような少女であった。そんな人物をこんなところへはおいてはいけない。
命令違反や行動規範などの思考よりも先に体が動いた。
慌てて後ろの仲間が制止に入るが、間に合わずそのままアーリは少女が落ちたであろう場所へ駆け出していった。
いくつかの曲がり角を過ぎると、うずくまっている少女を見つけた。
どうやら足を挫いたらしく、患部を押さえていた。
「大丈夫か!?」
「ヒッ……………味方?」
「そうだ、君を助けに来た!あぁくそ、時間がない……」
時計を見ながらそうぼやつく。
砲兵隊の砲撃が始まるのは先程から5分後、つまりいまは残り2分しかない。
色々な質問を投げ掛けてきている少女を無視して抱き抱えると、近くにある防空壕へと走り込む。
「ちょ、ちょっと!離しなさいよ!」
「もうすぐ砲撃が始まる!ここは危険だから離れるぞ!」
砲撃開始20秒を切ろうとしていた頃、防空壕へとたどり着き先に少女を奥に押し込む。
「痛いってば!」
「少し我慢してくれ!」
そして、少女と入り口を隔てるようにアーリは入り込む。少しでも、爆風や破片から守るように。
「もうすぐ来るぞ………万が一俺が死んだら頼む…」
遠くから爆音が聞こえた。
そして、風切り音と共にあちこちで爆発が起こる。
敵兵の叫び声や、何かが砲弾で貫かれる音などが鮮明に聞こえる。
近くにまで大きな振動が来た。アーリは死を覚悟する。
やがて、無限とも思われた砲撃がやむと同時に生きていることを実感した。
「い、生きてた………ハハハ…」
「そりゃあ、生きてるに決まってるでしょうよ………重い」
「あぁ、ごめんごめん!」
急いで外に出ると後に少女も続いた。
遠くからは見えなかったが、近くで見ると15歳ぐらいだろうか、黒いショートカットの可愛らしい女の子だった。
「…………何じろじろみてんのよ。」
「いや………無事でよかったよ。」
「どこが無事よ!あぁもう、もっと魔力を温存すればよかった…………」
「陛下!無事ですか!?」
遠くから、走ってくる一団があった。
近くまで来ると一団の代表だと思われる女性が魔女を抱き抱えた。
「大丈夫ですか、陛下?」
「見ての通りよ、この男に助けられたの。」
少女はアーリを指差し、そして女性の腕のなかで丸くなる。
「あなた、名前と階級は?」
「アーリ・ハルトマン……階級は上等兵だ。」
「そう、本当にありがとう。」
女性はアーリを一瞥すると、背を向け戻ろうとした。
しかし、それを少女が止める。
「待って…………私の名前はセドナよ、さっきはありがと。」
それだけ言うと、再び丸くなってしまった。
そのあとは女性たちと別れ、軍曹のもとへ戻っていった。
戻ると、てっきりアーリは死んだものだと思われており生きて帰ってきたことに対する称賛と、命令違反をしたことに対する叱責を受けた。
砲撃のあと、味方の空軍による制空権の確保により形勢は一気に味方側に向いた。
これにより敵は味方の追撃を受けながら退却を余儀なくされる。
1時間後には元々の戦線にまで押し戻していた。
戦闘が終息すると、アーリたちは元の機関銃陣地に集合し、点呼をとった。
「点呼を行う、ノエル!」
「はい!」
「デイビット!」
「……」
返事はない。
彼だけではない、元々10人いた班の内8
人が返事をしなかった。カイネを除く7人は全員死んだのだ。
「カイネ!………は治療中か……アーリ!」
「はい!」
「うむ………先の戦闘で失った人員の補充は明日以降になるであろう。」
「明日……ですか……」
「そうだ。まぁそんな悲観することもない……それよりもまずは、いまを考えねばならん。アーリ、ノエル、弾薬を取りに行ってきてくれ。」
「了解しました。」
早足で陣地からでると、後方の司令部へ向かう。
途中、塹壕の側で戦死者たちが積み上げられていた。何事もなく通りすぎようとしたが、ふと足が止まる。
死体の中に見覚えのある顔があったからだ。
少し考えたあと、ようやく思い出す。
最初に手紙のことを遺書といってきた男だ。
「どうしたアーリ、知り合いがいたのか?」
「………いや、なんでもないよ。」
同僚の心配をよそに、自分に与えられた仕事を果たすために立ち上がる。
明日は自分が死ぬかもしれない。
そんな不安を消すように足を進めたのだった。