前哨戦・2
「痛ってぇ…………」
全身に走る痛みをこらえなんとか立ち上がる。いまだ、視界は白くぼやけ耳鳴りがしていた。
どうやら、自分はさっきの衝撃で塹壕の壁に叩きつけられたようだった。
「カ………カイネ!どこだ!」
「ここだ………」
先程まで隣にいた同僚を探すべく声をかけると横から呻くように返事が来た。
「カイネ!しっかりしろ………」
「すまねぇ、腹が……」
見ると、服に大きく紅い染みを作っている。
先程の衝撃で破片が体に食い込んだようだ。
「いま応急手当てしてやる!」
「グッ…………もっと優しくできないのか!」
服を少し脱がし食い込んでいる黒い破片を指で引き抜く。
「俺は衛生兵じゃないからな………」
「全く……ん?」
キュラキュラキュラ………そんな金属音が徐々に大きくなって聞こえてきた。
この音が示すのはひとつしかない。
「早くここから出るぞ、戦車が近付いてきてる!」
「わかってるよ!もうすぐで………よし!」
包帯を巻き終え、処置を施したカイネを背負い後方に下がる。
機関銃陣地から出た直後、怒鳴り声が聞こえた。
「アーリ!まだ残ってたのか!」
「軍曹!」
後ろに複数の兵士をつれ、手に無反動砲を持った軍曹がそこにいた。
後ろにいる面々は無傷ではなく、どうやらそちらの班にも攻撃が及んだらしい。
「軍曹、残ってる……というのは。」
「先程、司令部より第二塹壕まで交代命令が出た。知ってると思うが、戦車部隊がそろそろ突破阻止線を通過する頃だからな。対戦車兵器もろくにない前線部隊が壊滅するのを防ぐ措置だ。」
チラリと後ろの兵士たちに目をやると再び喋る。
「うちの班も奴等の弾が飛んできた。」
「そうでありましたか………でしたら…」
言葉をいい終える前に、甲高い金属音ともに鉄線が切れる音が遮った。
戦車が阻止線を越えたということだ。
「調子こいてんじゃねぇぞ!」
「軍曹!?」
「俺の後ろから退いてろ!」
塹壕から身をのりだし無反動砲を構える。
そして、一番最初に突破してきた戦車に向けて引き金を引く。
まっすぐ弾頭は飛んでいくが、すこしずれキャタピラーに当たりそれを破壊した。
「ちっ、まぁ動きはなんとかなるか………下がるぞ!後退!」
カイネを担ぐアーリはどうしても遅くなってしまう。
それを見た軍曹はおもむろに無反動砲を預けカイネを担いだ。
「お前とは鍛え方が違うだよ!さっさと行かんか!」
怒鳴られ急いで小銃を肩にかけ直し無反動砲を持って奥の方へ走っていった。
そのとなりを軍曹が追い越していくのを見て少々面食らってしまったが……
「ここからどうするのですか!?」
「いま、砲兵隊が射撃の準備をしている!それと、もうすぐ空軍の支援も来るはずだ!」
そのとき、空から甲高い急降下音が聞こえてくる。
太陽の光を反射しながら近付く飛行機の姿のようだ。
「やべぇぞ!敵の航空支援だ!」
「軍曹!あそこに横穴があります!」
「総員!横穴まで走れ!死にたくなかったら走れェェ!」
アーリが見つけた横穴までは大体50メートルぐらいであったが、既に敵の飛行機は射撃体勢に入っていて、まっすぐこちらに向かってきていた。
「軍曹ォォォォ!うわっ!」
パシュパシュパシュパシュパシュパシュ
敵の飛行機から放たれた弾丸は土にあたり土煙を起こしていた。
近づいてくる土煙は死の津波とさえ思えるだろう。
既に一番後ろにいた兵士は撃ち抜かれて伏せ倒れていた。
あと30……あと20……あと10………!
間一髪のところで横穴に飛び込み、その横を土煙が通りすぎていく。
「た………助かったぁぁ……」
「アーリィ………生きてるかぁ?」
近くに転がるカイネから呻くような声が聞こえる。
見ると、腹の傷が酷くなっているようだった。
「ちっ、アーリ!処置が甘いぞ!」
「す、すいません!」
軍曹は自身のポーチから包帯と止血剤を取り出すと、素早くカイネの傷の処置を行った。
「早く後方に戻らなければ……いくぞ!」
軍曹がカイネを担いで飛び出すと一目散に駆け出していった。
アーリも続いて横穴から飛び出し駆け出す。
すぐ近くでは先程の飛行機だろうか、再び別のところで猛威を振るっていた。いくら塹壕に身を潜めていても上からの攻撃には対空手段を持たない歩兵にとっては脅威以外にならないからだ。
「ハァハァ………ッ!」
気が付けば、無反動砲を担いでいるため遅かったアーリが取り残され、そして、一人のところを上から飛行機が狙っていた。
すでに銃口はこちらを向いており、逃げる時間も与えられずに蜂の巣にされるだろう。
「くそッ!こうなったら!」
無反動砲に弾が装填されていることを確認したのちに飛行機へ照準を合わせる。
この砲は本来は対地用であるが、航空機に対しては一定の威力は持っていた。
「来いよ!」
相手がこちらを完全に狙って降下してきた。
弾を発射するのに機体を1度低い位置まで落とさないといけない。そして落ちたあと機体を引き起こす瞬間を狙って撃破してやる……
狙い通りに相手は地面すれすれにまで高度をおとしたがそのまままっすぐ進んできた。
「ちっ!」
再び照準を合わせて引き金に指をかける。
そして引き金を引く………前に、飛んできた物によって敵の飛行機は撃墜された。
制御を失った機体は地面に落ちそのままアーリの近くのあたりまで進んだ。
「何が!」
飛んできた物の出所を探った。
だが、再びソレが飛んでいったことにより簡単に見つけることができた。
小高い位置にあるトーチカの上に少女がいたのだ。
そして少女は、赤く光る弓をごうごうと燃え上がる火の矢を放っていた。