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9.転移1

 橋のたもとから400ヤードほど離れた巨大な建物の前で、トロワのテンションはマックスに達していた。広大なバスターミナルに隣接するその建造物は、バス利用者向けの百貨店であった。


 食品類は地下で扱う百貨店が多い中、この店ではバスを利用する客が手土産を買うのに便利なように、名の知れたブランド菓子店が地上階に軒を連ねている。もちろん、そのなかにはトロワお気に入りのチョコバーを扱うチョコレート専門店もテナントを構えており、トロワたちの目的には打って付けの店なのだ。


「これは曹長に感謝ですね。素晴らしい機会を与えてくれて、ありがとうございます」

「はっ! 恐縮です。中尉どの」


 ミリタリーな小学生少女がピシッと敬礼する様は、見ていて微笑ましくすらあるが、何となく違うような気がするトロワであった。


「任務中ではありませんので、そこまで形式張ることはありませんよ。もう少しフランクにしていただいて結構ですから」

「はい、しかし、ご無礼があってはいけませんので」


 フランク過ぎるトロワに、アルファがおずおずといった感じで応じる。少し照れているようだ。


「うーん、少し堅いですが、まあいいです。それよりもです、あまり時間もありませんし、急いでチョコレートを集めましょう。あとウィスキーも」


 上官としての威厳などあったものではなく、欲望全開であった。しかし、顔を赤らめて聞いているアルファの方も、かなりなものである。


「はい、それでは私が地下の食材フロアでお酒と調味料を探しますから、中尉はチョコレートをお願いできますか」


 アルファがシスの好みも熟知していることを“知っている”トロワとしては、安心して任せておくことができる。


「ええ曹長、それでお願いします。少し大きめですが、これを」


 そう言ってトロワは、手持ちのダッフルバッグのうち、2個をアルファに手渡した。大型サイズのため、袋の部分だけでもアルファの肩ぐらいまでのサイズがある。もちろん残り2個はチョコレートで満杯にするのだ。50インチサイズのバッグだから、結構な量を持ち帰ることができるだろう。


「はい! お任せください!」


 元気な小学生にしか見えないが、これでも三十路女なのだ。


「では、行きましょう!」


 トロワが片手を上げると、カギも差し込んでいないのに、入り口に下ろされていたシャッターのロックが解除される。モーターが作動し、シャッターが巻き上げられていく。

 両開きのガラスドアがカチリと解錠されて、透明なドアマンでもいるかのように扉が開く。落とされていた照明が次々に点灯すると、それに続いて楽しげな音楽まで流れ始める。


「あ、あの中尉、これは?」


 戸惑う少女といった態のアルファの横で、トロワが感銘した調子で両腕を身体の横に広げる。両手にさげた一本ストラップのダッフルバッグがぷらん…と揺れる。


「うーん、やはり百貨店は、こうでなくてはいけません」

「え、そうなんですか?」

「煌煌とした照明のもと、美しい調べを聴きながら、ショッピングを楽しむ。それこそが百貨店の醍醐味というものでしょう」


 トロワの演説に、アルファが首を傾げた。


「でも、お金払いませんよね」


 それを聞いて、トロワがふと思い出したように、何処からか半インチほどの厚みがある紙の束を取り出した。


「忘れていました、共和国の紙幣です。物資をいただいたあとに、適当な金額を置いてきてください。連合皇国軍と違って、私たちは泥棒ではありませんので」


 そう言って紙幣を一束、アルファに手渡す。


「さすがは中尉です!」


 アルファ曹長のトロワに対する尊敬、いや信仰が増量されたようだ。トロワはそのアルファの手を取り、開け放たれたガラスドアのあいだから店内へと突撃する。


「いざ!」


 白い大理石のフロアを踏みしめ、店内を見渡すトロワの顔に喜色が現れる。トロワの拡張された知覚能力が、この地上階にチョコレートがたっぷりと存在していることを知らせていた。川向こうへの撤収に際して高級チョコレートの在庫まで回収している余裕がなかったのだろう。


「それでは中尉、私は地下階に向かい、必要な物品の調達を行います」

「お願いします。それでは10分後に、此処へ集合しましょう」

「イエス、マム!」


 アルファはトロワに敬礼すると、地下への階段へと駆けだした。


 トロワは床に置いたダッフルバッグの中に、チョコバーのパッケージを隙間無く押し込んでいく。殆ど手の動きが見えなくなるほどの速度だが、どんな工業用ロボットよりも正確・確実な動作で、あっという間に店のバックヤードから商品が姿を消していく。

 チョコバー以外の高級チョコレートも持っていくことにする。アン姉さんが目を覚ましたら、一緒に食べるのだ。こちらは、パッケージから取りだしてビニールパックにでも詰め直せば、より大量のチョコレートがバッグに入るだろうが、そこまでの時間は無い。それに、それだと食べるときの幸せ感も減ってしまうような気がする。


 お目当てのテナントに在庫されていた商品を粗方バッグに詰め終わり、代金の紙幣を商品カウンターに置く。チョコバーと高級チョコで満タンになったバッグを担ぎ上げて、もう一軒のチョコレートショップに向かおうとしたとき、それは起こった。


 トロワがふと気づいた様子で立ち止まる。

 10秒ほどが経過したあと、トロワの口角にニンマリと笑みが浮かんだ。


『アルファ曹長、トロワ中尉です』


 トロワは館内配線の一部をアンテナ代わりに使って、アルファへ低出力の音声通信を送った。暗号化は掛けていない。


『アルファです』

『物資の調達は、どのていど進んでいますか』

『現在、調味料関連は終了、飲料系は約6割です』

『わかりました。現時点をもって調達は終了。集まっただけの荷を持って、直ちに集合予定場所へ向かってください』

『了解しました。お預かりした代金を置いて撤収します』

『了解、終わります』


 通信を終了したトロワも、チョコレートの収集を中止する。いささか残念だが、このような事態では悠長なことをやっていられない。すぐにシスへも連絡すべきだろうが、ほんの数百ヤード先に居るのだから、直接戻って話した方がいいだろう。


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