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8.アルファ曹長2

 フィールドグレーの野戦服を着て、顔を紅潮させた美少女が、駆け寄ってくる。小柄な身体の横で大きなバッグをパタパタと揺らし、さらさらの金髪の上に舟形のギャリソンキャップをちょこんと乗せた姿が、とても愛らしい。


 美少女コスプレーヤーのような女の子の登場に、ふだんは重たげなシスのまぶたが、くっと持ち上がる。どうせトロワの仕業なのだろうが、悪戯にしては妙な感じだ。


「またスゴイのが来たな。アレは一体何なんだ?」

「いやですねえ。私たちの可愛いアルファ曹長じゃないですか」

「俺にもそれぐらいは分かるが、見た目と一致しないな。あいつはこう、もっとゴツかったはずだ。顔だってぜんぜん違うだろう。それに、若返ってないか?」

「シスも良いところに気がつきますね。アルファ曹長の荷物に手鏡などが入っていないことを、シスは知っていますか? そのくせ彼女、顔を洗おうとした洗面台の鏡の前で、自分の顔をひとしきり触っては、盛大にため息をついてるんですよ。なのに日焼け止めすらマトモに付けずに、肌のお手入れは皆無。身体の方も同様ですね。細っこくぷにぷになのに憧れているくせに、チビだと馬鹿にされたくないので筋トレを止められない。しかも過剰にやってしまった挙げ句にマチズモと勘違いされる。曹長の場合、願望と行動が、それはもう盛大にすれ違っているわけです。矛盾ですよ! というわけで、この際なのでアルファ曹長の願望をまるごとかなえてあげることにしました。もう大サービスです! ちなみに、インフィーリオリティ・コンプレックスの要因だった身長は逆に彼女の美点なので、修正なしです。人格形成の基本になっている要素ですから、下手に弄って彼女の愉快なキャラクターを損なうのも面白くありませんし。それにしても、少し愉快になり過ぎな感じではありますね」


 そう言っている間に目の前に来ていた美少女、いやアルファ曹長が、びしっ! と音が出そうな敬礼を決める。


「トロワ様っ! い、いえ……中尉、どのっ!」


 咬み咬みなアルファへ、軽く答礼を返しながらトロワが聞き返す。


「なんでしょうか、曹長」


 笑みを含んだやわらかなトロワの問いかけに、アルファが元気いっぱいに答える。


「はいっ! 自分の準備は、完了しました。もしよろしければ、集合時間まで中尉殿のお時間を、頂けないでしょうか」


 およそ軍隊言葉ではないが、以前の曹長なら考えられないことだ。こいつ性格まで変わってないか? と思いながらも、トロワも製造責任者として無碍にはできなかった。


「ええ、大丈夫ですよ。それで、どうするのですか?」


 努めて優しく微笑みかけると、それを見たアルファが、嬉しくてたまらないという様子で顔を輝かせる。


「はいっ、嗜好品と調味料の補充です。レーションは十日分程残っていますが、良質なチョコレートとウィスキーの手持ちがありませんので。あとは今後の潜伏に備えてカレー粉などの調味料と塩を探せればと思っております」


 自覚しないまま、アルファはしっかりとトロワの弱点を掴んでいた。アルファにインストールされた拡張データの中に、トロワやシスの好みまでが漏れなく入っていたのだ。トロワにとっては嬉しい誤算であったが。


「ほう、それは良いですね。いかがですか? 少佐殿」


 素晴らしい喰い付きをみせたトロワが、音速に迫りそうな勢いでシスへ振り返る。


「俺は、そこまで必要とも思えないが」


 そんなの要らないだろ? というシスに、トロワが猛烈な勢いでかみつく。


「何を言っているのですか! さっきはシスも旨いモルトを頼むと言っていたではありませんか。手持ちのチョコレートも少なくなっているのに、もし無くなったら、あの! あのクソ不味い! 砂を咬むような、デザート・バーを、ワタシに食べろと!?」


 いちおうアルファたち部下の手前、シスのことを少佐殿と立てていた配慮など何処へやらである。ニンゲンのことを蔑みながら、強い拘りを持つことでより人間らしく在ろうとする意識がトロワを突き動かしていた。その大きな矛盾に、トロワは未だ気づかない。


 しかし、さらに気がつかない男がいた。


「いや、無くなったのは、トロワが喰い過ぎるからでは」


 さすがにコレは地雷であった。トロワがヤケ気味に反応する。ちょっと涙目になっていたかも知れない。


「そりゃあ無くなりますよ! 美味しいんですから、食べるに決まってるでしょう!」


 そんなにチョコが好きなのかよ、と諦め気味に、シスが頷く。しょせん“お姉ちゃん“に食い物のことで抗っても勝ち目はないのだ。


「ああ、もう分かったから、行ってこい。必要なだけ集めてくればいいから」

「おお! さすがはシス、話せますね。ではさっそく。さあ、急ぎますよ!」


 喜色満面のトロワが、呆然とした態のアルファを先導して“調達”に向かう。いつの間に用意したのかLサイズのダッフルバッグを4個もぶら下げいる。


 “信仰”の対象であるトロワの食いしん坊な一面を見ても、アルファの信仰は全く揺らいでいない。だが、与えられた任務と信仰との狭間で、どちらに付くべきなのか判断が付かず、一時的に思考停止しているようであった。


 トロワがアルファ曹長の手を引いて、坂道を駆け下っていく。その途中で急に立ち止まり、クルリと振り返った。


「ナノマテリアルはその辺りにギュッと集めておきましたので、よろしくお願いします! 一立方フィートあたり60ポンドぐらいありますから、ほぼ水中と一緒ですね。超濃いので、健康のため吸い過ぎには十分ご注意ください。ではでは」


 トロワはしゅたっと敬礼すると、身を翻してアルファともども道の角から姿を消す。

 先ほどから、シスの周囲を覆うナノマテリアルの濃度が急速に高まり、いまや呼吸可能な液体とも呼ぶべき状態となっていた。空中をスープのように満たした濃厚なナノマテリアルが、シスとアンのまわりをゆったりと漂っている。


「まったくトロワ姉の奴、やってくれるな」


 そう苦笑いするシスの腕の中で、それまで微動だにしなかったアンのまぶたが“ピクリ”と動いた。


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