4.死者の分隊1
八角帽をやや目深に被り直したシスが、トロワに問いかけた。
「次の手順は決まっているのか?」
「連合皇国軍の支配地域に、情報軍も掴んでいない共和国軍のミサイル基地が幾つか生き残っていますので、それを使って連合皇国の首都と主要な基地を核攻撃するというプランは如何かと」
「色々と問題が出そうな計画に思えるが」
「さすがに連合皇国も報復攻撃を行うでしょうから、いま私たちの目の前にある共和国首都だけでなく、共和国全土が壊滅しそうですね」
「それはあまり面白くないな」
「私もそう思います。連合皇国には何の恩義も感じていませんからノープロブレムにしても、共和国の方々にはこれまで迷惑を掛けすぎましたし、程々という範囲を超えてしまいそうな点も頂けません」
「それなら何故、そのようなプランを真っ先に提示した?」
「人道的な面を排除すれば、もっともローコストで手間も掛かりませんので」
「コストか。やはりナノマテリアルの消費が問題か」
「あと時間もですね。もう少し穏当に次善の策となりますと、ナノマテリアルの消費もそれなりですし、私たちの安全面での確実性も下がります」
「具体的にはどうなのだ?」
「連合皇国が使用しているメインフレームへの攻撃が主になりますが、メインフレームの外にあるデータにも対処が必要です。オンラインに繋がっていないストレージもとなると更に面倒が増えますね。いちばん問題なのはニンゲンでしょうか。サブプライベート計画に関わった全員となると、ナノマテリアルだけでなく手間と時間もそれなりに必要となりますし、情報軍には壊滅していただきたいところです」
「潜入と暗殺か……俺には難しそうだ」
「シスは目立ちますから。そこは私がやりますよ」
顔認識システムでも判別できないレベルに顔の造作を変えることは簡単だが、シスの巨軀だけはどうしようもない。フットボール選手に混じっても物理的に頭一つ抜けるような巨漢では目立つ以前の問題だ。
「すまないな。取り敢えず可能なものから順を追って進めることにしよう」
「いえいえ。シスにはいつも迷惑のかけっぱなしですから、お気になさらずに。それでは、まずは此処から始めますね」
そう言いながらトロワは、崩壊した橋のたもとへと堤防道路を歩き始める。橋へ繋がる四車線道路との角で立ち止まって坂の下を向く。
トロワの唇の端が、きゅうっ……とつり上がって笑みを形作った。
「さあ皆さん! そんなところで休んでいないで。お仕事の時間ですよ」
トロワが顔の前でパン!と手を叩くと、軌道車の傍らに転がる情報軍兵士の屍体に、劇的な変化が起こる。血溜まりに突っ伏して微動だにしなかった彼らの手足が、ガクガクと不規則に動き始めたのだ。
「タマと一緒に打ち込んだナノマテリアルが、良い仕事をしていますね」
「ほう、アレを再利用するのか」
「ええ、資源は有効利用しませんと。このままですと再生に時間が掛かりそうですから、もう少しナノマテリアルの密度を上げてみましょうか」
トロワの手もとで空気の歪みが生じる。痙攣する死者たちのまわりを薄暗いもやが取り囲むと、吸い込まれるように彼等の中へ消えていく。
次第に屍たちの腕や脚の動きが激しくなり、路面から血糊で張り付いた防護服を引きはがす。不規則な動きに伴って肺に残っていた空気が押し出され、死後硬直の始まった下顎と上顎の隙間から、嘔吐きに似たような音が断続的に漏れ出す。
屍体たちは殺虫剤を噴霧されたゴキブリのように出鱈目に四肢を動かしながら、身体を地面の上でぐるぐると回転させた。防護服の中で乾ききっていなかった血液が浸み出し、路面に赤黒い汚れを擦り付ける。
悪霊にでも取り憑かれたかのように不気味な動きをする死体が、四つん這いで立ち上がろうとしてはひっくり返る動きを繰り返す。転倒した拍子に、あらぬ角度で固まっていた首が鈍い音を立てて折れても、彼らには気にする様子すらなかった。肩の上で折れた首をグラグラと揺らしながら、ぎこちない動きで身体を引きずり上げようと藻掻き続ける。
傾き掛けた日差しが形作る長い影を引きずりながら、兵士の死骸がなんとか2本の脚で立ち上がる。身体が不安定に揺れていまにも倒れそうだ。
撃ち倒されていた兵士が一人また一人と立ち上がる。赤黒い染みを付けたオリーブグリーンの化学防護服が、風になびいてでもいるかのように、ゆらゆらと揺れながら立ち尽くしていた。
トロワが軽く片手を上げて佇立する死者たちに呼びかける。
「傾聴!」
まるでその声が聞こえてでもいるかのように、立ち上がった七体の死者たちが坂の上へと向き直る。ブーツのビブラムソールが砂を咬む音と共に、彼らの足下から埃が舞い上がる。
「これから皆さんの身体システムを再構築します。リスポーンに際してタマシイは呼び戻せないかも知れませんが、どうぞ再びの生をお楽しみください」
背筋をぴんと伸ばして愉快な言葉を吐くトロワの上に、影が差す。
「観客も居ないのに、妙な小芝居をやっているな」
シスがトロワの背後に立っていた。6フィートと女性型にしては高身長なトロワよりも、さらに頭二つ分は高い。幅や厚みも倍ほどに違う威躯は、立っているだけで圧力を感じるほどだ。
シスは胸の前に、ブランケットにくるまったままのアンを抱いていた。小柄なアンを左腕でしっかりと抱え込みながら、右手にはトロワが軌道車のルーフに起きっぱなしにした0.5吋重機関銃を提げている。
坂の下へと視線を落としたままトロワが応じた。
「あの方々がご自身が観客のつもりだったのですが……。今後のことも鑑みて外面だけでなく遺伝情報まで書き換えますし、この新生というイベントは、彼らにとって思い出深い物になるかと思いまして」
「だが、脳機能が壊れているのに、無駄ではないか?」
トロワが彼らの分隊を掃討した際に、0.308吋自動小銃で全員の心臓と頭部を撃ち抜いて確実な死を与えていたから、脳組織は銃弾と衝撃波にシェイクされた上に弾丸の射出孔から頭蓋の外にぶちまけられて、頭の中は文字通りの空っぽな筈だ。
「酸素供給に必要な循環器系に続けて、頭蓋内は入力系から再構築していますから、知覚は出来ていると思うのですよ。なので、少しでも記憶に残る可能性があるのなら、それらしく振る舞うべきかと判断させていただきました」
そう言いながらトロワは、アンのほっぺたを指先でむにむにとつついている。シスには真面目さと説得力に欠ける用に思えたが、それを口に出すことはなかった。
「やや強引な理屈だな」
「私が楽しい方が良いので」
身も蓋もないトロワの言い分に、シスが軽く肩をすくませる。処置無しということだ。