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3.攻勢発起点2

 ふと何かに気づいたようにトロワが顔を上げた。


 飛行デバイスを感知したのだ。静音ファンに、光学迷彩まで施しているわりに、電波はダダ漏れになっている。通信の帯域とフォーマットからして、連合国軍の無人機だろう。共和国軍の撤退で油断しているのかも知れないが、あまりにも不用心に過ぎる。


 つい今し方まで感じていた灼けるような怒りが、スウィッチが切り替わるようにトロワの中から消え去っていた。仕込まれていた思考制御システムは消去済みのはずだが、やはり自分がニンゲンではない所為なのか、と自嘲気味に思いながらも、戦闘モードに移行したトロワの思考ルーチンから感情による揺らぎが排除される。


 軽く頭を振って、トロワは腰掛けていた軌道車のボンネットから身軽に飛び降りる。トロワの重みから解放された転輪のトーションバーが車体を持ち上げ、気動車が軽く揺れる。人間の女性ならトロワの身長でも140ポンド台の体重しかないが、製造時の構成から全身をナノマテリアルに置換したトロワの体重は、およそ650ポンドもあるのだ。

 トロワは背を伸ばして片手で軽くズボンの尻を払うと、車両の後部へ歩いた。


「どうした?」


 声を掛けたシスに、トロワは目線を向ける。


「まあ大したことじゃありません」


 そう言いながらトロワは軌道車の後部ハッチを開けて、荷室の床から大人の身長ほども長さのある0.5吋重機関銃を取り出す。三脚は付いていないが百発入りの弾薬箱が装着されているため、重さの方も成人一人分だ。


 トロワは片手で軽々と保持した重機関銃のフィードカバーを前方に跳ね上げた。蓋を外した弾薬箱から引き出したベルトリンク弾帯をセットする。フィードカバーを閉じてチャージングハンドウルを引くと、照門も立てないまま銃身を空に向けて無造作にトリガーボタンを押す。

 口径のわりには軽快な発射音を伴って、750グレーンの弾丸が音速の3倍の速度で銃口を飛び出した。トリガーのワンプッシュで発射された3発の弾丸が、300フィートの間隔で整列して一直線に飛ぶ。


 河を背にした1マイル半ほど先の上空で、運動会に上がる花火のような小さな煙がポツリと生じる。花火と違って大きな音は聞こえないが、長細い破片が陽光を反射しながらバラバラと地上に降り注いだ。


「連合皇国の無人偵察機だな」

「監視分隊からの連絡が途切れたので取り敢えず様子を探りに来た、と言うところではないでしょうか。ウロウロされると煩いので処分させていただきました」


 石でも投げた方が確実だったろうが、銃で破壊できるのならその方がコストが低くすむ。

 トロワは0.5吋重機関銃を装甲軌道車のルーフに置きながら、土手に繋がる道路を見下ろした。


 道の上には、トロワたちが乗ってきた物と同じ装甲軌道車が2台、擱座していた。装甲板に跳弾の跡がついた車体の周囲には、オリーブグリーンの化学防護服を着た死体が7体転がっている。監視役として付けられた情報軍監視分隊の兵士達の成れの果てであった。


 防護服から溢れ出て路面を汚した血だまりが、黒く乾き始めている。彼等は、トロワたちを監視し、必要とあれば機能停止させるという任務で帯同してきたのだが、結局は無駄になったようだ。


「トロワのことだから抜かりはないと思うが、防諜はどうなっている?」

「とっくにテレメトリーのデータは偽装済みですし、モニターも欺瞞情報を織り交ぜて送信しています。そちらにお休みになっている方々が先ほど無人偵察機を撃墜されたので、情報軍では大騒ぎになっているようですね。なにせ監視役のはずが、ご自分たちで連絡を絶たれた後に、即裏切り行為ですから」


 四肢をねじ曲げて動かなくなった防護服姿の兵士たちを見ながら、トロワがクスクスと笑う。可笑しくてたまらないという様子だ。


「彼らの裏切り行為が発覚する前に、シスが私に言い寄って肘鉄喰う様子を音声付きで送ってみたところ、そちらもなかなか好評のようでしたよ」


 それを聞いてシスの口元がぴくりと動いた。


「そこまで行くと欺瞞情報としてはいささか嘘くさいのではないか?」

「いえいえ、以前からシスは姉の私を嫌らしい目で見てはお尻を触ろうとするうえに、お酒を飲みだすと、酔っても居ないのに、アン姉さんが起きないのを良いことに破廉恥な行動に及んで私からたしなめられる、というのが何時ものことですし」

「なに? 俺はトロワ姉相手にそんなことはしないぞ?」


 思わず振り返ったシスに、トロワがにんまりと笑いかける。


「いやですねえ。もちろんただの偽装ですよ。でもどうせ偽装するなら面白い方が良いでしょう? それに、何時も仏頂面のシスにも愉快な一面があった方が、情報軍の方々も油断してくれるかなあと思いまして」


 トロワが悪びれた様子もなく、澄ました口調で答える。

 これには流石のシスも呆れたが、可能な限りいつもの無表情顔を装う。


「そうか、上手くいっているのならそれで良い」

「はい。これで最後ですから、思い切り面白くさせていただきました」


 シスが呆れたように首を振る。ニンゲンのように無駄な手段だが、これもトロワの学習の成果なのだろう。自分には困難なやり方だ。


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