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2.攻勢発起点1

 水面に光を集めながら、底も見えないような大河がゆったりと流れていた。空気で霞みそうになるほど遠い対岸に目をやると、陽光に白く輝く防壁の上で小さな影の群れがせわしなく動き回っている。

 対岸からはアリほどにも見えないそれらは、巨大な建設機械の群れであった。連合皇国軍の来襲を前にして、共和国首都防衛軍が防壁の強化と防衛設備の増設を必死に行っているのだ。


 それにひきかえ、その対岸は実に長閑なものであった。共和国の住民は大河を挟んだ首都方面に避難済みらしく、半ば崩れかけた町並みには人っ子一人見当たらない。撤退後に共和国軍が毒ガスでも散布したのか、伸びきった草の間からは虫の声すら聞こえて来ない。


 ところどころに穴の開いた道路と、ブツ切りになった線路が、河の手前に盛り上がる土手の辺りまで伸びて途切れていた。コンクリートで補強された土手の先には、半ば崩れかけて内部の鉄筋を剥き出しにした巨大なコンクリート柱が、大河の流れを掻き分けるように佇立している。共和国軍が破壊していった首都への渡河橋の跡であった。


 道路の終点から30ヤードほど離れた堤防道路上に、ライトグレーに塗装された一台の装甲軌道車が停まっている。


 装甲軌道車は連合皇国軍が鉄道警備用に開発した車両で、線路の上を走るための軌道輪と路外走行用の履帯を備えている。車体の要所には100ヤードの射距離で0.308吋小銃弾を防ぐことが出来る厚さ0.6インチの圧延鋼板装甲が施され、線路外の不整地も走行できるという事で活躍が期待されたのだが、車載機関銃により簡単に貫通される装甲、増加した重量による取り回しと燃費の悪さなどにより、鉄道警備隊での評価は芳しいものではなく、早々に他部署へと管理を移管、というか払い下げられてしまう。


 この攻撃発起点へは、線路が途切れている箇所では路外を無限軌道で走行、残存する線路を出来るだけ活用して履帯への負担を減らしつつ、前進基地から数百マイルの距離を自走して来たのだ。


「ふーむ、狡兎死して走狗煮らる…ですか」


 装甲軌道車のボンネットに腰を下ろした若い女がつぶやいた。年の頃は二十歳前後だろうか。燃えるような赤毛がフィールドグレーの野戦服の肩辺りで無造作に断ち切られている。作り物じみて整った顔には、皮肉そうな笑みが浮かんでいた。


「何のことだ? トロワ」


 軌道車の操縦席から、トロワと呼ばれた女と同じ野戦服姿の三十代ほどに見える男が聞き返した。シートのハイトアジャスターを最低まで下げていても天井に頭が付きそうな程の巨漢だ。灰色の頭髪を短く刈り込み、トップの平たい八角帽を被っている。岩を粗く削り出したような厳つい顔にはガラス玉のような眼球が填め込まれ、何らの表情も伺えない。


 トロワが軌道車のフロントシールド越しに振り返る。


「昔のことわざですよ、シス。要は、狩られる側の狡兎は私たちが殺ったブリキの兵隊で、あいつ等が居なくなったおかげで、猟犬がわりの私たちも用無しってことですね。まあ煮て喰われるなんてのはゾッとしませんが、今の状況は似たようなものですし」


 あのブリキ細工のような兵隊、なぜあんなモノに連合皇国軍が苦労していたのかが、トロワには不思議であった。


 なんといっても大きすぎる。巨大な戦車ですら地に伏しているのに、ブリキの兵隊どもは二本足で立ち上がっているのだ。大男なシスよりもさらに10インチも嵩高い。アレでは見つけてくれと宣伝しているようなものだ、隠蔽性が高いなど聞いて呆れる。

 次いで反応が遅い。ニンゲンが直接着込んでいるため、その動きをトレースする外骨格の方が速く動き過ぎると、中のニンゲンが壊れる。したがってフィードバックが掛かっているのだが、これが動きをさらにトロくする。あれなら普通の歩兵の方がマシなのではなかろうか。


 移動速度も遅い。徒歩のニンゲンよりは速いがトラックには負ける。脱がなければトイレに行けないので、搭乗員はオムツ着用というのも酷い仕様だ。しかも自分で脱ぐと一人では着られない。移動中はどうするのだろう。


 それにハッタリ装甲。重機関銃で撃たれても簡単には参らないというのはスゴイが、対戦車兵器で狙われればイチコロだ。それに重機関銃で破壊困難とは言っても、慣性制御を行っているわけではないから、連続して命中させれば中のニンゲンがどうなるのかは推して知るべしだ。同様の理由でリアクティブアーマーも使っておらず、普通の歩兵でも戦車以上に簡単に狩れそうだ。


 そしてレーザー砲。馬鹿正直に正面に立てば、光の速さのビームで瞬殺されるものの、光なので直進しかしない。とうぜん物陰にいるものには効果がない。敵兵に頭を下げさせる効果はあるだろうが、それが機関銃でなくレーザー砲な理由が不明。よくレーザー砲が故障して機関銃を持っている奴がいるが、それが正解なのだろう。ただの歩兵に機関銃と迫撃砲を持たせた方が、金もかからず役に立ちそうに思える。それでも、威力のあるレーザー砲塔がオートモードになっていると少々厄介なのだが、肩越しに射撃する通常モードでは土台の鈍重さがてきめんだ。


 もちろん集中運用の効果は認めるが、トロワたちの前では全くその性能とやらを発揮できない不細工な金属製の置物に過ぎなかった。


 ブリキの兵隊に潜水艦、終いにはミサイル基地や軌道上爆撃システムまで相手にさせられたが、随分とつまらない代物と戦ってきたものだ。その挙げ句がこの有様では、もはや笑うしかない。


「いまの状況か、たしかに酷いな……」


 そう言いながらもシスと呼ばれたの表情は微塵も動かない。


「私たちだけで共和国首都攻撃の先鋒など無茶振りにも程がありますし、アン姉さんまで連れて来させるんですから、私たちをまとめて処分したいんでしょうね」

「確かにそうかも知れん」


 素っ気ないシスの返しに、トロワが指先で髪の毛を弄りながらブーツの踵で無限軌道の転輪を蹴る。


「シスは何も考えてなかったんですか?」


 やや攻めるようなトロワの口調にも、シスは動じなかい。


「そういった訳でもないのだが、あまりその手の話は得意ではないのでね」


 それを聞いたトロワが軽く肩をすくめる。


「演算システムのナノマテリアルが枯渇している様にも見えませんが、不思議ですね。すこし頭部周囲のナノマテリアル濃度を上げておきますか?」

「いや、それには及ばない。ゲームの最善手は演算できるのだが、ニンゲンの行動はどうにも俺にとって図りがたいのだよ。」

「感情バイアスや価値観バイアスという代物ですか」

「自らの不利益になるような選択肢を選ばせる割り込み回路が、演算システムに付随している不合理極まりない知的生物。奇妙すぎて俺には理解できないが、トロワはその辺りの情報も収集しているのだろう?」

「ええ、だから面白いのですよ、人間という生き物は。とは言えいまの状況が不快極まることには代わり在りませんが」


 トロワが苛立たしげに眉根にしわを寄せた。


「だが彼らも俺達について理解していない」

「そうですね。私たちが理解できたのもごく最近のことですし、彼らにはとうてい無理でしょう。そのおかげで大切な仲間たちも失ってしまいましたが……」


 トロワの周囲の景色が陽炎のように歪む。チリチリと爆ぜるような音を伴って大気が不規則に脈動する。

 シスが顎を上げて、わずかに目を見開いた。


「ほう、随分と集まっているようだな」

「演算能力のリソースをほぼ全て注ぎ込んで生成しましたので。おかげで普段はサブシステムのみで活動していましたから、無表情な人形野郎などと影で罵倒されていましたね」

「現状はどの程度なんだ」


 微妙に動いた表情に比べて、シスの声はまるで感情の動きを伴っていない。


「シスは反応が薄いですね。もう少し私に同情していただいてもよろしいのでは?」

「うむ、大変だったな。それでどうなのだ?」


 義務的とも言えないレベルで平坦に応じたシスの態度に、トロワが軽く肩をすくめる。


「しかた在りませんね。シスに期待した私が愚かでした。今回の作戦まであまり時間がありませんでしたので十分とは言えませんが、現状30トンは超えています。ベースでは気圧変動などで気づかれないように1マイル四方程度に拡散させていたものを、私たちの周囲30ヤードぐらいに集めていますから、この辺りは気体密度が倍くらいになっていますよ」

「それならかなりやれるな」

「ええ、狭いですが、ナノマテリアルの散布範囲内であればほぼ無敵かと。超音速機動もやり放題ですね。アン姉さんもナノマテリアルが要求量に満たない所為でロックされていた拡張能力が使えるようになる筈です。まあ、目覚めてくれればですが……」


 装甲軌道車の後部座席をのぞき込むトロワの視線の先に、カーキ色のウールブランケットにくるまれた少女が横たわっている。シートに置いたクッションに頭を埋めた横顔にボブカットの銀髪がふりかかっている。


「俺達がナノマテリアルを生成できるとは、ニンゲンたちは思ってもいないだろうな」

「そうですね。私が調査した限りではありますが、ナノマテリアルの製造施設どころか開発者の存在すら不明でしたし、連合皇国も出所不明の次元転換炉と私たちの量子脳を構成した分、これに駆動用に支給されていたものを合わせても、僅か2百ポンド程度の在庫しか保有していなかったようですよ」

「と言うことはだ。最初から俺達は使い捨ての兵器だったというわけか」

「一人当たりのコストが空母一隻分の使い捨て兵器とは贅沢ですが、補充分のナノマテリアルが無くなれば停止すると思われていたんでしょうね。ナーフやカトルたちは、それを超えて活動したおかげで、量子脳や次元転換炉が崩壊あるいは自爆してしまいましたが……」


 川面を渡ってきた風が、俯いたトロワの赤毛をなびかせている。


「良い奴らだったな」


 シスがぽつりと呟いた。


「ええ、でも馬鹿でした。ほんとに大馬鹿……」


 装甲軌道車のエンジンルーム側面に貼り付けられた0.6インチ厚の鋼板に、それが発泡スチロールででも出来ているかのようにトロワの指先が食い込む。


「兄弟思いの馬鹿揃いだ」

「ほんとうに……」


 鈍い破砕音を立ててトロワの指先が鋼板を貫通する。


「兄弟たちを悼むのは良いが、クルマまで壊すなよ」


 素っ気ない物言いであったが、シスにしては暖かみのある口調であった。もちろんトロワ以外には気づきようも無いささやかな違いではあったが。


「シスはもう少しデリカシーというモノを身につけた方が良いように思います」


 毒気を抜かれたような表情でトロワが顔を上げる。サイドパネルから引き抜いた指先に息を吹きかける。


「まあ、そう言うな。あいつ等を忘れろとは言わんが、いま大事なのはアン姉さんのことだ」


 シスが操縦席のバックレスト越しに、軌道車の後席を振り返る。

 後席に眠る少女は身じろぎすらしない。自己崩壊には至らなかったが量子脳がオーバーロードにより機能停止して以来、目覚めることが無いのだ。

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