1.序章
対空兵器の異常とも言える発達により航空機が戦場の王者ではなくなった世界。
連合皇国と共和国という大陸西部の過半を占める二つの大国は、長らく戦争状態にあった。直接殴り合うのではなく、互いの傀儡国家とも呼べる小国を介しての争いは、戦争と休戦という状態が数珠つなぎのように繰り返される。
第三国まで巻き込んだ貿易戦争、容赦ない情報戦、歯止めがないかのような軍拡が続きながらも、破滅的な大戦には至らない状態が続いた。堪らないのは代理戦争を強いられた小国であったが、それ以外の場所では表向きの平和だけでなく、戦争という潤滑剤により景気すら向上を続けていた。
二つの大国は主に航空機を互いの領域に侵犯させる神経戦を通じて矛を交えていたが、あるときからその航空機が帰還しなくなる。領域侵犯された側は迎撃機すら出していなかった。未帰還機は地上の対空兵器によって撃墜されていたのだ。
この奇妙な状況は、共和国と連合皇国の双方で、ほぼ同じ時期に発生する。
大規模な航空戦力の投入により、状況を打開するための試みが度々行われたが、結果は変わらなかった。養成に多大な時間とコストを必要とするパイロットという有限のリソースは、極端に生存率の低下した状況に投入され続け、生還の見込みのない全機特攻という戦術と何ら変わらないレベルの、極度に非生産的な結果をもたらした。
継続困難なドクトリンは見直す他なく、従来から運用されていた航空偵察用無人機がほぼ使い捨ての片道飛行となった頃から、限定的な航空優勢を得るための戦闘機も無人化され、撃墜必至なことから自殺行と何ら変わりの無い近接航空支援は消え去った。
航空優勢という概念はその意味を失い、軍用機は無人機による片道行の偵察と後方地域での輸送を主な任務とするようになる。航空機による弾着観測が困難になった結果、砲兵による間接射撃の効力は著しく減殺され、地上では数マイル以内の戦闘距離で対峙した彼我の間で、直接照準による交戦が主流となった。
航空機の支配から解き放たれた地上戦闘において、肥大化しすぎた戦車に代わって戦場を支配するようになったのは、モビルインフェントリーと呼ばれる個人用の装甲機動兵器であった。
共和国によって開発されたモビルインフェントリーは、搭乗員の動きを追随強化する全高8フィート、重量2千ポンドの装甲外骨格ともいうべき人型ボディに、主力戦車に匹敵する攻撃力と、戦車を上回る機動能力を有する兵器として企画された。
本来このような総花的計画が成功するはずもないのだが、当時共和国が開発していた常温超伝導インダクタが不可能を可能にしてしまう。超伝導インダクタの構造そのものは単純で、積層した常温超伝導コイルを単分子ワイヤで拘束するシステムに大電力を循環させ、そこに発生する磁場の形でエネルギーを貯留する。当初は数千キロの射程を持つ衛星兵器などの高出力のレーザー砲に瞬間的な大電力を供給するためのキャパシタとして開発されたのだが、磁場崩壊制御技術の確立によって長時間・持続的にエネルギーを取り出す超大容量バッテリー的な使い方も可能となったことが、技術的ブレイクスルーに繋がった。
モビルインフェントリーの武装として、火薬で大質量の砲弾を撃ち出す所謂大砲の搭載は、検討すらされなかった。わずか2千ポンド程度の駆体では、砲弾を発射する際の反動に耐えられないと考えられたからだ。2千ポンドと言えば燃料を満タンにして乗員二人が乗り込んだ軽ワゴン車と同程度の重さであり、その屋根の上に大砲を載せてぶっ放せばどのような結果になるか、考えるまでもないことだろう。また携行弾数が限られることから継戦能力に問題があるミサイルも、同様に採用が見送られている。
その反面、超伝導インダクタの実装によって、モビルインフェントリーは主力戦車の前面装甲すら貫通可能な電磁投射砲を運用するための、最小かつ最軽量なプラットフォームとして成立したと喧伝された。実のところ、電磁投射砲の発射に際しては全長300フィート以上もある磁気バレルを展開したうえで、自重の10倍もの反動に備える必要があったから、大砲やミサイル以上に実用性に乏しく、現実にこれを装備したモビルインフェントリーはごく少数にとどまったとされる。
超伝導インダクタの大電力によって駆動されるレーザー砲がモビルインフェントリー本来の主兵装であり、全機にレーザー砲が装備されるまでの繋ぎとして0.5吋重機関銃が採用された。この重機関銃は高い信頼性に加えて、広く普及していたことから整備と弾薬の補給が容易であったため、レーザー砲の配備が完了した後もモビルインフェントリーの補助兵装として愛用され続ける。
防御面では2万ジュール近い運動エネルギーを持つ0.50口径弾の直撃と、大口径榴弾の近接空中爆発に耐える装甲が施された。モビルインフェントリーの装甲そのものは移動トーチカとも呼ぶべき主力戦車に及ぶべくも無かったが、歩兵並みのサイズに加えて電磁光学迷彩と赤外線遮蔽技術による高度な隠蔽性能を併せ持つことにより、巨大な主力戦車に比べれば圧倒的に捕捉され難いという能力を備えていた。この隠蔽性能と、装輪車両に匹敵する機動性能を両立できたことによって、モビルインフェントリーは地上兵器の中でも抜きん出た高い生存性を持つに至る。
常温超伝導インダクタを搭載し、無補給で1千マイル以上を機動可能なモビルインフェントリーの大規模集団による侵攻を抑えるには、戦術核を持って対抗する他なかった。開発に後れを取った連合皇国は、これに対抗するための切り札として、人体構造をベースとしながらも革新的なナノマテリアル技術を応用し、地上での超音速機動能力を実現させた人造人間を創り出す。
50Gを超える加速で一気に超音速に達し、その速度を維持したまま急激なベクトル変更を伴う機動を安定して行うには、高出力のエネルギーユニットとそれを受け止めうる高耐久性ボディだけでなく、高度な認知機能と演算能力が必須であった。その中核が、次元転換炉と、ナノマテリアルによって構成された量子疑似ニューラルネットワークによる人工知能である。
殆ど握りこぶし大のリアクターから、10万馬力を超える出力を発生させる次元転換炉は、量子脳と同様にそれ自体がナノマテリアルによって構成されていた。連合皇国がわずか9基のみを保有していた次元転換炉は、開発時期、開発者、製造プラントなど、その一切が秘密のヴェールに包まれている。戦争期間中、サブプライベートの損耗により、これに搭載された次元転換炉も失われていったが、量産化どころか損失分の追加製造すら行われることがなかった。
量子脳を持つことにより人造人間は、人間はもとより従来のエキスパートシステムAIとも比較にならない学習能力と演算速度を得ていたが、その構造故必然的にその内に人格あるいは魂とも呼べるものを生じさせていた。
人造人間たちは自らが創造者である人間に対して全ての能力において圧倒的に優越することを認識していたが、同時にそれを押し隠すだけの知恵も備えていたため、製造した人間たちも彼らの心の在りように気づく事は無かった。
ロールアウトした人造人間はその存在を秘匿するためサブプライベートと呼称され、ひっそりと通常の機械化狙撃兵部隊へ組み込まれた。
あまりの高コスト故、あるいは次元転換炉と量子脳が各々9基しか存在していなかったが故か、わずか9体が製造されたにすぎないサブプライベートであったが、試験投入された戦場において、その時点で運用可能だった初期型3体のみで、共和国機装歩兵旅団のモビルインフェントリー3個大隊144機を全滅させるという赫々たる戦果を上げ、当初期待された以上の有用性を実証する。
機装歩兵20個師団(各師団5個大隊にて編成)のモビルインフェントリー5100機を中核とした共和国軍60個師団(兵力90万)による大規模攻勢を、連合皇国軍が退けたゲートモール会戦を皮切りに、優勢だったはずの共和国軍は退勢に向かう。
会戦の直後から、共和国が保有する12隻の弾道核ミサイル搭載型原子力潜水艦に、謎の沈没事故が相次ぐ。僅かに生き残った4隻は、基地での逼塞を余儀なくされていたが、その基地においても事故が止むことはなく、最終的にはミサイル潜水艦の全艦が失われた。
これに続いて、総計凡そ300基の戦略弾道ミサイルを運用する18カ所のミサイル基地も、原因不明の事故によりその全てが機能を停止し、共和国の弾道核ミサイル戦力はその全機能を喪失するに至る。
残された共和国の核戦力は、巡航ミサイル搭載型の戦術核と、有人爆撃機により運用される自由落下型核爆弾であったが、いずれもサブプライベートを含めた連合皇国軍の対空戦力の前では蟷螂の斧に過ぎなかった。
戦争は連合皇国優位のまま、衛星国での代理戦争から共和国本土での地上戦へと推移し、ついには共和国首都での決戦を迎えることになる。