85.さよなら、飛翔
我々は地平線が丸く見えるまで高く上空にあがる。
そこで立つと、イシュリンが張ったきらめく結界が雪が溶けるように消えるのが望めた。
私はそれを見渡す。
右から左、そして、左から右へ。
ネイチュをおおっていた深い森は、それですべて草むらになった。
あらわになったいくつもあるドームをアキが視線で風船でも割るように破壊する。
「ラセン」
うながされて、彼も視界に入る町々を眺めて粉砕した。
私は満足したが、思い出して、足の下で小さな鏡になっていたマンゲールの湖上に転移する。
飛翔のニ十メートル手前で少し上に立った。
彫像だった飛翔が手首を合わせ腕を静かに持ちあげる。
ゆっくり下ろし、狙いを私にさだめた。
私は問いかける。
「飛翔、スプリングで、“見えない神殿”を見つけたら言いたいことがある、と話したのを覚えている?」
「それがなんだって言うんだ……」
「すごく大事なことを伝えたかった」
自分の両手を胸の高さにし、手のひらをしみじみと見る。
「お前は用ずみだ、ってこと」
それを飛翔に向けた。
飛翔は一瞬で光の中に溶けて消えた。
かすかな攻撃をしかけてきたオーヤを光る目で見て眼球をつぶす。
右手を水平にして二十センチ、横に動かす。
オーヤは両断され湖に落ちて浮かんだ。
あとはワイクだけだった。
「ラセン」
呼びつける。
「憂理さま」
ラセンは私のななめ下に来る。
「ワイクとは今日が初対面だよね」
「そうですね」
「ワイク、紹介してあげる。私がとても世話になっているアキの側近」
「知っている」
ワイクは攻撃を試みることなく、盾も作らず、ただ私から目をそらさない。
立派な態度だと感心する。
ラセンもそういう男に失礼なことはしたくなかった。
ワイクの周囲の空気から一気に酸素を奪うと、むくろを湖畔に置いた。
私は目をそむけた。
湖面で水を赤くしているものからも、影もかたちもなくなったものからも。
呼吸がどうしても荒くなった。
アキが来て後ろから抱きしめ包む。
その手を握り、顔を上げ、青い空をひたすら見つめた。
それでも涙はとめどなくあふれた。
「ごめんね……」
アキにあやまった。
<続く>