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【私の♥を受け取って・番外編】バレンタイン・イン・アルマ

 朝食の最後、エスプレッソとともにひと粒出されるミルクチョコをつまんで、私はそろそろバレンタインだな、と胸がドキドキした。


 アキはどんなチョコが好きなのかな、と、聞こうとした気配をいち早く察したラセンは即座にダイニングを出た。

 アキも円卓の向かいの席を立つ。


 サジンが残り、チョコを味わっていたので聞いてみた。


「サジンはどんなチョコが好き?」


「チョコですか? そうですね、“鹿の血の生チョコ”、“プラリネいり猪の油のチョコ”、あと焼いた“牛タン”とか“サーモン”の入ったものが好きです」


 屈託のない笑顔を向けられる。


 私は逃げるラセンを追い回して捕まえた。


「この際はっきり申し上げます。憂理(ゆうり)さまをお手伝いするほど私の側近の座が危うくなります」


「アキはどんなチョコが好きなのかなあ?」


「そうですね、アキさまは甘党なのでオレンジの皮の砂糖漬けとか、いちごソースやキャラメルの入ったものとか……ハッ」


「アキが直轄するシャビエルの街へ買いに行きたい。ラセンも護衛ってことで、来て、みつくろって」


「……本当にそれだけですね?」


「と、思う」


「思うって……」


 というわけで、観念したラセンと、翌日、街へ行った。


 一応、ふたりとも有名人で、時々、広場にある普段は美術館になっている古い宮殿の二階のバルコニーから、アキに伴われ姿を見せたりもするので、目立たぬ服装に着替えバッグを斜めにかける。

 頭からマントをすっぽりかぶった。


 大商人の若い奥さまとその護衛という設定だ。


 都市の中心にある高級な店にチョコレートショップはないとラセンが言うので、ガラス張りの商店や飲食店は外から眺めるだけにして、下町にある庶民的なマーケットへ初めて行ってみた。


 狭い道の両側に四角いテントの店が並び、いろんなものを売っている。


 入り口の右側にあるのは魔法の杖を売る大きな店で、長さごとに天井からまとめてつられたり、壺に入ったりしている。

 男性用は持ち手の部分が鉛の彫刻や模様を押した革などの凝ったデザインだったり、女性用は杖そのものがピンクや黄色などカラフルだ。

 子供用もあり、親が買い与えたりしている。


 私たちは必要に迫られ魔法陣を攻守に使っているが、本来魔力はものを動かしたり、変化させたり、浮かせたり、道案内や予言などさまざまな用途に使う。そちらのほうが魔法っぽい感じだ。


 左側を見ると、そちらは短剣やナイフの店で、これまた凝ったデザインの様々な刃物を男たちが吟味している。

 そのとなりではキッチングッズを売っており、いろんな大きさ鍋やフライパン、ざる、レードル、ピーラー、包丁などが所狭しと置かれている。


 店をもっと見ようと賑わう通路に入る。


 ショールが沢山たたまれた店では手にとる婦人がおり、他にも、革の靴屋、似顔絵書き、大小のバッグの店、万年筆とインクの店、刺繍の糸や布の店などが並ぶ。


 楽器の店の前では、打楽器や弦楽器、オカリナ、クラリネットなどで楽しげな音楽が奏でられ、人々が足を止めて顔をほころばせ手拍子する。犬まで尻尾をふっている。


 オシャレな綿のドレスの店では私と同じ年頃の女の子たちが体に当てながら話し合い、ランプの店には油やロウソクで灯すものと魔力で灯すものの両方がある。


 木の椅子の店では背もたれのついたもの、ないものが組まれて積まれている。


 本屋には縦の長さが100センチ、横は80センチ、厚みは20センチはある魔術の本が表にデンと置かれて客を招き、それ以外にも手に取れる大きさの本、薄い雑誌、大小の巻物もある。


 時計屋は柱時計、壁掛け時計、懐中時計、腕時計がそれぞれ時を刻んでいる。


 他にも、ネックレスやピアス、イヤリング、髪飾りの店、お土産のハガキや置物の店、お皿やカップにポットの店、じゅうたんの店……。


 多彩な店がそれぞれの商品をあふれさせてどこまでも続いており、わくわくして目移りがした。


 地方から来た変わった髪型や服装をした者も多く、買ったものを担ぐ姿もあり、買い物客でごった返している。


 大きな十字路で、ラセンが立ち止まる。


「“奥さま”、食べ物はこちらです」


 と、右の道へ案内する。


 まず、目についたのは、長い石をUの字に組んで中に火のついた炭を入れ、串を二本、縦に刺したチキンのようなものを10匹ほど裏表にしてじっくり焼いている店だ。


 もうもうとした煙も客引きになっており、そばのスペースにはテーブルと椅子があり買ったものを食べている人もいる。


 近よってのぞいて見るとチキンよりも長細くやや緑がかっている。


「これなに?」


「小さな竜です。ネイチュはバレンタインデーが近づくと家族でこれを食べるんですよ」


「竜!? 食べてみたい!」


 少し切ってもらい、試食させてもらう。


 塩コショウをかけて焼いたものにレモンをしぼる。

 皮は厚めだがぱりっとして香ばしい。肉は鯛のようでほろりと崩れ柔らかく素直な味だ。

 具だくさんのトマトスープと合わせると良さそうだ。


「これは養殖ものですが、天然のものはさらにさっぱりして美味しいです。塩コショウがなくても生で食べられます。大きな竜は分厚いステーキにしますね。とても上品な味で柔らかく木の実の香りがする高級品です。なかなか入荷しないので予約待ちになります」


「大きな竜ってそうなんだ。そもそも竜がいるなんて知らなかった。見たことないな」


「小さなものはおとなしく、翼も未熟で地を走り、群れをつくり草原でモルモットを食べたりしています。大きくなると凶暴になりライオンやクマを食べ、大きな翼と爪をもち山奥の洞窟にひそむので、魔力のあるものが腕試しで倒しに行ったり、専門のハンターが獲りに行ったりします。肉以外にも、内蔵や骨、目は粉にすると薬になります」


「すごいね」


 さらに進むと、黒に近い灰色のざらざらした岩を、縦横が1メートル、厚さ3センチぐらいの大きさでスライスし積み上げた店がある。


「あれはなに? あれも食べ物なの?」


「パムウです。パムウ地方で採れる、食べられる岩です」


「食べられる岩? 食べてみたい!」


 ラセンが斜めにかけたバッグからアルマの紋章のついたハンカチを取りだす。


 私は試食用の小さな箱に入ったものをひとかけら、つまんで口に入れる。

 かむと、じゃりじゃりして溶けていく。味は黒砂糖とコショウが混ざった感じだ。


 急に鼻がむずむずして、くしゃみが止まらなくなりラセンが差し出したハンカチを使った。

 涙目になる。


「これ、なんに使うの?」


「これはこのまま食べるものです。紅茶に入れたりもしますが。必ずくしゃみが出るので“お屋敷”では出さないですね」


 また進むと、フリルのついた膝丈のワンピースを着た可愛い踊り子が、両手を上げたり腰に当てたりして、ステップを踏みながら右に左にくるくる回って客を引く店があった。


 見ると台には5センチほどのバナナの形をした紫色のものが1メートルぐらい連なった状態で積み上げられている。


「あれは果物? 初めて見るけど」


「ダダントナですね。お祭りでよく食べられます」


「お祭り?」


 また、小さく切ってもらい試食する。

 紫色の分厚い皮をむいて中の白い果肉を食べる。歯ごたえのないスルメのようだ。


 体がむずむずして、くるくる回り踊ってしまう。

 逆向きにも回る。2分ほど踊った。


「なにこれ!」


「踊るためのフルーツです。お祭りではこれがたくさん用意されて、皆で食べて踊ります。“お屋敷”では出さないですね。サジンは味が好きで時々部屋で食べてますが」


「回ってるんだ」


「回ってますね」


 さらに進む。


 大きなガラスの樽に銀色の液体が入り、それをレードルでコップに注いだものを売っている。


「あれは飲み物?」


「ヤックルという寒い地方の鹿の乳です」


「踊ったり、くしゃみ出たりしない?」


「大丈夫です」


 一杯、頼んで、飲んでみる。

 乳という感じはしない。

 見ためのとおり銀紙を液体にして飲んだらこうなのかなという頭や歯にキンとくるものだ。

 だが、体がぽかぽかして温まった。


「凍らない液体なので寒い地方へ行くときに水筒に入れて飲んで温まったり、風邪をひいたときに飲んだりします。乳なので栄養があります」


「うーん、私は普通の牛乳でいいや」


 さらに奥へ行く。

 くるっとラセンを振り返る。


「そういえば、魔法の世界なんだし、RPGに出てくるようなスライムはいるの?」


「あーるぴーじーがなんなのかはわかりませんが、スライムはいますよ。数センチから50センチぐらいの涙滴型をした半透明の生き物です。群れを作り、畑で新芽を食べる害獣です。網に追い込んで群れごと捕まえ、そのままかぎ針にかけて軒先につるし干して食べます」


「食べたい!」


 店へ連れて行ってもらう。

 ごわごわした平たい干物が大小ぶら下げられ、台に大きさごと分けられものが積まれている。


 手のひらサイズのものを一枚買ってかじる。見た目通り硬めのゼリーでレモンともお酢とも違う独特の酸っぱさがあった。


「このままでも食べられますが、スライスして料理に入れたり、腹持ちがいいので携帯して非常食にします。焼いてしょうが醤油につけても美味しいです」


「なるほど。非常食もいいけど、魔力を使うからには、魔力が強くなったり、回復したりする食べ物はないの?」


「ありますが……。特別な人参や、粉にしたすっぽんとかで……。若い人にはあまり向かないですね。おとろえの激しい人には効くかもしれませんが」


「サジンが、ラセンは粉すっぽん食べてると思うって……」


「おとろえてません!」


 ムキになられた。


 いろいろ食べたところで目的を思い出す。


「アキの好きそうなチョコを買いたい」


「チョコですか」


 別の道に入ると、スイーツの店がたくさん並んでいた。

 店のデコレーションもリボンやガーランド、バルーンになる。


 アルマの紋章の形をしたカラフルな棒つきアメが店先の柱にたくさん刺さったキャンディの専門店。


 別の店にはパステルカラーのこぶし大のメレンゲ、厚く切ったカステラが大皿に盛られ台に載せられている。


 クッキーの専門店では、ナッツやドライフルーツが入ったもの、ジャムの載っているものなどが並べられ、一枚買って紙に半分包まれたものを食べ歩く女の子もいた。


 何種類もあるアイスクリームに、ポップコーンの店。

 パンケーキとクレープの店。

 “和菓子”の店もあり、せんべい、だいふく、おしるこに黒蜜のかかったわらび餅まであった。


 あれこれ食べたくなったが、先にチョコだと思い探す。


 意外とチョコの店が見つからない。


 やっと見つけたが、店頭で皿に並べられたものの見た目が踏んだ食べ物のようにグロテスクで、香りも甘いものではなかった。


「試食しますか? “奥さま”の好みではない気もしますが」


「どんなチョコなの?」


 ラセンは銀の皿に並べられたものを見渡す。


「豚、牛、鹿、鶏の血の生チョコ。わさびいり、鷹の爪入り、焼肉のタレ入り、マヨネーズいり、カレー粉入り。プラリネ入り猪の脂のチョコ。テリヤキのタレをジュレにしてかけたもの。板チョコですと、魚の皮入り、焼いた牛タン入り、干ししいたけ入り……、ですね」


「なにそれ!」


 私はムンクの叫びのようなポーズと顔になる。


「もっと、普通なのはないの!?」


「これが普通です。“お屋敷”で出される何も入っていないミルクのチョコレートは、“ご主人さま”が専用の工房で作らせている特別なものです」


「……わかった。“屋敷”へ戻る。」






 私は宮殿へ戻ると、8階に上がってキッチンに入る。腕まくりをし、エプロンをつけ、パティシエの長い帽子をかぶり、よく手を洗ってから調理にかかる。


 まず最初に、砂糖をかけたいちごを潰して煮詰め、こしてソースを作る。

 つぎに、ミルクチョコレートを砕き湯煎して溶かす。縦横の長さが12cmのハートの型に流し込んで厚さ8mmで同じものを2枚作る。


 それをいちごソースとともに冷蔵庫で冷やし、固まったところで、1枚のチョコは縁を1cmとり、内側を4mmの深さで削っていちごソースを流し込む。縁をならし、温かいチョコを塗ってもう1枚のハートチョコを重ねる。


 また冷やして完全に固まったところで2枚のチョコのはみ出した部分を削って整え、表に返し、「l  LOVE  AKI」と白いチョコペンで書いた。


 それをシルクを思わせる光沢のある赤い紙で包み、白い小箱に入れ、ピンクのリボンをかける。


 ちなみに、魔力の練習のために、全部、手ではなく魔力で行なった。


 バレンタインデーになった。


 朝食の終わりにいつものミルクチョコレートがなく、アキは不審に思う。


 そこで私は箱を取り出し、


「アキ、これチョコレートだから。食べて」


 と、顔を熱くして両手で差し出した。


 アキは黙って右手で受け取る。


 ラセンとサジンは両隣から温かく見守った。


 アキが卓上でリボンを解き、箱を開ける。

 包みのなかから手作りのハート型のチョコレートが現れた。


「あっ」


 サジンが思わず声をもらした。


 なぜか気まずい沈黙があたりを支配した……。


 アキは固まり、他のふたりは青ざめている。


「え? なに? なに?」


 私は、彼らを見回す。とても上手に作れた自信があった。


 サジンが耳打ちしてくる。


「憂理さま、ハート型は、“お前の心臓をもぎとる”、世間で言うところの“くそくらえ”という意味です」


「えっ……」


 アキを見た。

 アキは立ち上がり、チョコレートを手に取る。


「憂理、こっちへ来い」


 顔を上げず円卓の向かいに座っていた私を呼んだ。

 怒っているように見えた。


 立ってアキの隣へ行く。


「口を開けるんだ」


 と、言われた。


 それに従う。


「これはお前が食べろ」 


 と、目を合わせないままで、ハート型のカーブひとつ分を口に入れられた。


 アキは怒っている。

 せっかく作ったけれど、間違えてしまったのだ。

 もっとネイチュの文化を学んでおけばよかったと後悔する。


 涙がこみ上げる。

 今度はちゃんと勉強してうまくやろうと思う。

 次こそ食べてもらえるものを作ろうと心に決めた。


 私は自分で作ったチョコレートをかじろうとする。


「まだかじらなくていい」


 アキはハート型の先端を右手でつまみ、左手を私の肩にそっと置く。


 少し背を丸めて顔をよせると、もうひとつのハート型のカーブをかじって、そのままキスをした。


 私は自分で作ったチョコレートの味がわからなくなる。

 アキは口に入れたものをゆっくり噛み砕いて溶かす。


「憂理の気持ちならわかっている」


 と、姿勢を直して嬉しそうに笑みを浮かべた。


「今まで食べたチョコレートで一番美味しかった」


 少し照れたような黒い瞳に熱く見つめられた。


 私は安心してひと粒、涙がこぼれた。


「憂理も食べていい」


 優しい声にうながされ、そのままチョコレートをかじった。

 アキの持ったチョコレートはダイヤの形になった。

 アキはそれをながめて楽しむ。

 自分の口に運んで全部食べた。


「特にソースが絶妙だな。また作ってほしい」


 頼まれて、こっくりとうなずく。


 アキは自分の唇についたソースを指の内側でぬぐってなめると、私の唇のものもぬぐおうとして手を止める。


 顔を近づけ、私のこぼした涙に頬を押しつけ、もう一度、甘いチョコレートの味のキスをする。


 私が両腕をアキの首にまわすと、アキは唇を重ねたまま私を柔らかな髪ごと大切に抱きしめた。


 甘い香りがふたりを包む。


 アキのことが好きで好きでたまらない。

 いちごソースのように純粋な気持ちを甘く煮詰めてばかりいる。

 長いキスのあとで、目を見てそれを言葉にした。


「アキ、愛してる」


「憂理……」


 アキは優しく微笑んだが、ふいに真顔になる。

 私の両肩をつかんで体からはがすと、よそを向き、大きなくしゃみをひとつした。


 ラセンがすかさずナプキンを差し出す。


 私もうつむいてくしゃみを2回する。


 サジンも素早くナプキンを渡してくれた。


 パムウ岩を隠し味にしてソースに入れたけれど、やっぱりアキも、くしゃみをするんだ。


「今度はパムウは入れなくていい」


 と、涙目でリクエストされ反省した。


 ーーーーー


 ちなみに、ラセンとサジンにも、手づくりの小さな義理チョコをあげた。


 中にダダントナを入れたので、それを食べ、ふたりとも両手を上げたり腰に手を当てたりして、ステップを踏みくるくる回って踊った。


 特別な衣装は着せていないのに、ラセンはなぜか涙ぐんでいた。





<おわり>

このあとの第七章は、どシリアスなので、続けて読まれる場合は、いちど深呼吸してバレンタインの話はいったん忘れてください……。

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★外伝↓。飛翔と憂理がネイチュに来る前の話。
飛翔の目線。
『 後悔という名のあやまち』


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