【胸キュン♡番外編】ハロウィン・イン・アルマ
都市シャビエルの近郊を浮遊した時、かぼちゃ畑を上から見て、そろそろハロウィンの季節だな、と気づいて私はうずうずした。
相変わらず、アキの執務室でノートにネイチュの文字を書かされているが、ジャック・オ・ランタンの絵なども落書きしてみる。
アキは少し席を外しており……というか、正確に言うとトイレで、サジンは町へ使いに行っている。
という訳で部屋に残っているのはラセンで、立ったままアキと考えた計画について卓上の大きな地図に大きな定規を使い線を引いていたので、私は席を離れてリボンを持つとその後ろに回って肩幅や腰まわりなどを測った。
「何をなさっているんですか」
「んー、身長は?」
「195cmですが」
「ラセンはちょうどいい。目がオレンジ色だし」
「……」
「衣装を作ってあげる」
「なんの衣装を?」
「ハロウィン!」
「……」
「ハロウィン、ない?こっち」
「初めて聞きました。憂理さまが衣装をつくられるのならアキさまの方が喜ばれるでしょう」
「アキにそんな衣装を作ったら怒られる」
「……。つまり、アキさまならば怒られるような衣装を私が身につけるのですか?」
「そう、そう」
「……」
「ふたりを驚かせたいから、秘密にしておいてね」
「私はアキさまに秘密は持ちません」
「いいじゃん、ちょっとは協力してよ」
と言うわけでサテンやベルベットやフェルトを手を入れてボタンやスパンコールやビーズを使って衣装を作った。
なかなか上手にできた。
女官たちに手伝わせて夜中のうちに執務室を飾りつける。
天井は四メートルと高すぎるので、黒くしたロープを二・五メートルの高さで壁から壁へジグザグに渡し、互い違いにしてもう一本、渡す。
毛糸で作った蜘蛛の巣の網を上からかぶせて下へふくらませ、白・紫・オレンジ・黄色のガーランドをつける。
厚紙を切り抜いた黒いコウモリを長さを違えていくつもぶら下げると、大粒の銀のビーズで作った首飾りを綱に結びつけて合間に垂らした。
楽しく豪華な天井ができた。
さらに、長さ五メートル、幅一・五メートルの楕円形をしたテーブルにもオレンジと黒がダイヤ柄になった大きな布をかけ、メインとなる巨大なジャック・オ・ランタンを入り口に向けて据える。
テーブルで四人が向かいあって食事できるように立派な黒いランチョンマットを敷いたあと空いたスペースを飾る。
まずは紫色の背の高い花瓶に黒くそめた花を活けてテーブルの両端に置く。
その周りに大中小のジャック・オ・ランタンを皆がよく見えるよう段差をつけた輪切りの木の板に載せる。
白・黒・紫色のロウソクを長さも太さもばらばらのまま黒いゴシックな丸い皿に五・六本、ロウで固定して四人分のランチョンマットの真ん中と左右に並べる。
これが食事のときの灯りになる。
ロウソクの間には銀の楕円形の皿を置きオレンジ色のフィルムで包んだキャンディとカラフルな銀紙を巻いたチョコレートを山積みにした。
準備万端、整って、朝、私は先に部屋へ入って待ち構える。
コツコツと足音が近づいてきたので扉を細く開けて見ると、アキが執務室へ向かってくる。
が、いきなり驚かせて、大地を切り裂くような最大級の魔力は浴びたくなかったので、扉の外に衣装を着たラセンに立ってもらった。
「……。なにをやっているんだ。なんだ、その格好は」
中から声を聞くと、驚くというよりはアキに警戒心を抱かせてしまったようだ。
ラセンのシャツは紫色で、襟は白地にパールのスパンコール、ベストは黒でラメが入り、オレンジ色の長いスカートはジャック・オ・ランタンと舌を出した白い幽霊と幽霊屋敷、黒いコウモリ、ガイコツなどのスタンプで柄をつけた布で、裾にはぐるりと白い房がついている。
帽子はオレンジ色のフェルトで、つばは短く、円錐型に長く伸びて先は後ろに折れている。
「……トリックオワトリート」
「なんだ、その呪文は」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、という意味だと、憂理さまが」
「お菓子?」
多分、生涯で一番くだらない恥をラセンにかかせている。
アキが扉を開けると私は、
「ハッピー・ハロウィンー♡」
と、紫色のドレスを着ながらクラッカーを鳴らして迎えた、ら、やっぱり、盾で止められて出鼻をくじかれた。
それでも負けじと、アキにも手作りの帽子をかぶせた。
紫色の分厚いフェルトを使ったシルクハットで、白いリボンにクリスタルのラインストーンがついたものを円筒の根元で帯のように巻きつけてある。
「……」
いそいそとオレンジ色に蜘蛛の巣の黒い模様が入ったシルクのマントを取り出して肩の上から着せる。
「お、似合う似合う。さすが、本物の魔法使い」
私はベロアの袖なしドレスにウエストは黒くて光沢のあるベルトを背中でリボン結びにして、胸元は背中からオレンジ色に黒いイナズマ模様のオーガンジーの布を巻いて左胸にはアルマの紋章ではなく大きな灰色のガイコツの頭のバッジをつけている。
髪はシニヨンにして銀の粉をふりかけ、サイドとこめかみの後れ毛はふわりと顔に沿わせた。片耳にはコウモリ、もう一方にはかぼちゃと、異なったピアスもぶらさげた。
皆の帽子をフェルトにしてそろえたところで、私はアキと同じ紫色でつばの長い円錐型のものをかぶっていた。
「魔法、魔法」
と、先端にオレンジ・白・紫色をねじった飴がついた棒をアキに向けてクルクルさせ、
「アキは私に壁ドンする」
と、唱えたのて、アキは、ムッとして、
「私の部屋で何をやっているんだ」
と、私を本棚の横の壁際に追いつめて顔の横に手をついた。
「次は耳つぶ」
「私は魔力を使う者で魔法使いではない」
耳元でささやかれる。
「でも魔法陣を使うんだから魔法使いでしょ」
私はうずうずする。
「次は顎クイだよ」
「誰がうまいこと言えと言ったんだ」
アキは少し怒って私の顎を指で持つと自分の顔に近づけた。
黒い瞳でじっと見つめられたので、私はこんな格好をさせてもつくづくきれいなひとだなぁと胸がドキドキして顔が赤くなった。
アキはそのまま私の顎を引きつけると、顔を傾けて、そっとキスをする。
「お仕置きだ」
と、ため息をつかれ、かぶっていた帽子を軽く直された。
そういうお仕置きなら何度あっても歓迎する。
ともあれアキと私はもう結婚している。
何をしていてもアキの左手の薬指には私と同じ金の指輪がはまっており、それを見るたびに特別な関係を意識させられる。
“お前は私の女なんだ”と世界中に叫ばれている気がする。
それでいてアキはそれを全く気にとめず当然だと思っているところにまたキュンとした。
という訳で、衣装はサジンの分も作っておいたので、あとから来て入口で棒立ちになったサジンにも着せた。
ハロウィンの飾りつけをした部屋で四人とも席につくと、分厚いカーテンを閉めて暗くしたなか、並べたジャック・オ・ランタンを本当は私に甘いアキが仕方なく魔力で灯し、他にもロウソクの火を次々と灯した。
そして私が作ったパンプキンのパイと黒ごまのプリンを皆で黒い皿とカラトリーを使い食べた。
「最後に順番に顎のせしよう」
と、私は立ち上がった三人に提案する。
「顎のせとは?」
と、アキはまた怪訝な顔をしたが、私は広い所へ出ると、右手で何かをのせる形をつくる。
「こっち。こっち来て、ここに顎をのせるの」
「……」
「すっごい魔法が使えるようになる!」
アキは今の魔力で出来ないことがあったかを考える。
「はやくはやく!」
「……」
仕方がないので、来ると手のひらに顎のせする。
「恋! 恋が上手くなる!」
「恋……」
およそアキの口からは出ない単語だったので、すごくおかしかった。
「恋! 恋が上手くなるから、顎のせして!」
と、他のふたりも呼んだ。
サジンは面白そうに顎のせしたけど、ラセンは固まっていたので、
「恋! 恋が上手くなる!」
と、私のほうから回り込んで手を伸ばして顎のせをしてあげた。
「恋……」
これまた絶対に出てこない言葉が出てきたので、吹き出したサジンとともに私も口を押さえて笑った。
来年もまた四人でハロウィンが出来たらいいな。
〈おわり〉