5
答えようとした僕の前に、別の映像が映る。
それは、僕のものではない「過去」だった。
終電を知らせるアナウンスが流れ、ゆっくりと電車がホームから滑り出す。
車内には、3人だけ。
「すまなかったね。父さんは『シンジには目標があるんだから、最後まであいつには知らせるな』って言ってたんだけど」
「いや、いいんだ。俺のほうこそ、ごめんな。自分勝手なことばっかで」
申し訳なさそうに言う母親を気遣うように、穏やかな声でシンジはそう言った。
「兄ちゃん、バンドは?」
そう言った妹の声もひどく疲れていて、ガタンゴトンという電車の音にかき消されてしまいそうだった。
「やめた」
「あんなに、がんばってたのに……」
ふっと笑って、シンジは窓の外に目をやった。
「もし、この先ずっとあいつらがバンドを続けるなら――俺もこの先、まだずっと音楽が好きなら」
暗い窓の外をじっと見つめたまま、シンジは言葉を切った。
「もしそうなら、いつかきっと……」
心配そうな妹の顔を見て、シンジは笑いながら言った。
「なーんてさ、甘いよなぁ。ま、今は目の前のことを考えようぜ!」
明るい兄の声を聞いて、やっと妹も笑った。
そのおさげ髪を軽く引っ張ると、シンジはまた窓の外に視線を移した。
シンジの目には、何が映っていたんだろう。
僕にはわからない。
ただひとつ、僕にも漠然と分かることがある。
「いつかきっと……」の続き。
いつか、きっと。
―― もう一度、一緒にバンドをやりたいんだ、って。
全くだ、甘すぎるぜ。
シンジが会いに来たら、あのときのお返しに思いっきりぶん殴ってやる。
そして、置いていったあのギターを押し付けて言ってやるんだ。
「次のライブまでに猛練習しとけ。『ブランクが長かったから弾けません』なんて言い訳は承知しねぇからな!」ってさ。
きっとあいつは今も、どこかでがんばってるはずだ。
「いつか、きっと」
そう信じて。
後悔の傷口が、鈍くうずく。
確かに僕らは「あの日」何も出来なかった。
無力だった。
だけど、目の前の映像が教えてくれた。
これで終わりじゃなかったってこと。
どうにもならない「今」の向こう側。
その未来を、シンジは見ていたんだってこと。
きっと、今も。
「いつか、きっと」
その日が来るまで、僕も進まなきゃと思った。
電車はゴトゴトと、夜の街をすり抜けて走ってく。
僕はその映像を見ながら、自分に言い聞かせるように言った。
「僕は、この時間へは戻りません」
映像は、ふっと消えた。
――またな、シンジ。待ってるぞ。