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ブランコ  作者: スギヨシ ハチ
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4

広く、薄暗い空間。

青白い光だけが、僕を導くように揺れている。


僕を照らす、僕の過去。

3番目の鏡の前で、僕は息を飲んで立ち尽くしていた。


映っていたのは、今までに僕が最も「後悔した」日の出来事だったから。




コップが割れる音、ギターが倒れる音。

思い切り殴られて、僕は床に転がった。


「いつまで続けりゃいいんだよ! こんな生活のまま、いつまで続けりゃいいってんだよ!」

悲鳴のようなシンジの叫び声と、それを止める仲間の声。


鏡の前の「今」の僕は、痛み出す胸をぎゅっと掴んで、目を閉じるしかなかった。




もう3年くらい前になる。


僕らのバンドは、上京してからも全然人気がでなくて、もちろんCDも出せないような状況で。

週に5日はバイトして、あとの2日で練習やライブを繰り返すしかなかった。


全員、お金がなくて。その日食べるのにも必死で。

少しずつ、メンバー同士の関係も悪くなっていった。



あの日はミーティングだった。


「いい曲を作って、いいライブをやる」って、いつもどおりの意見で統一されたところだった。

だってそれ以外、どうしていいか分からなかったんだから。


そしたら突然、シンジが言ったんだ。

「いつまでやりゃあ、報われるんだよ」って。


僕はそもそも楽天的な性格だし、もう開き直るしかなかったから、ちょっとおどけてこう言った。


「報われるまで、やるまでさ」


いつもなら「そういうのを馬鹿っていうんだぜ!」といって大笑いしてくれるはずのシンジ。

けれど奴はその日、僕の胸倉を掴んで叫んだ。


「いつまで続けりゃいいんだよ!こんな生活のまま、いつまで続けりゃいいってんだよ!」


暴れるシンジをメンバーがなんとか抑えて、僕はやっと立ち上がった。


「シンジ? どうしたんだよ」

「……もうお前らには付き合いきれねえわ」


つぶやくように言うと、シンジは部屋から出て行った。

僕らはもう誰も、何も言うことはできなかった。



翌日は、酷い雨だった。


僕のバイト先に、急にメンバーのタクが駆け込んできた。

ずぶ濡れのままのタクが持ってきた手紙は、雨なんかよりもずっと、僕の胸を冷たく濡らすものだった。


シンジのお父さんが先月亡くなっていたこと。

借金を返せずに実家の工場が差し押さえられたこと。

母親と妹といっしょに、遠くへ行ってしまうこと。


バンドが好きだったこと。

売れなくても、ずっと続けるのが夢だったこと。

「戻って来い」という両親からの説得に「あと1年」と言い続けていたこと。


僕の書く曲が好きだったこと。


「ごめん。お前らとは、もう二度と会うことはない」


最後の文字が滲んでいたのは、雨に濡れたせいだろうか。



僕とタクは、ムダと知りつつシンジのアパートを訪ねた。


がらんとした寒々しい空間。

そこにはシンジはもういなかった。


昨日の乱闘騒ぎのせいだろうか、傷の残るギターが1本だけ、床にぽつんと置かれていた。




青白い光が、僕に問いかける。


【コノジカンニ モドリマスカ?】


この時間に、もし戻れたら……。

僕は、すがるように鏡を覗き込んだ。



置き去りにされたギターを手に、あの日の僕は泣いていた。



どうして気付かなかったんだろう。

シンジがどれだけ追い詰められていたか。


どうして何も言えなかったんだろう。

どうして何もできなかったんだろう。


あんなにも、いつも一緒にいたのに。



この時間に、戻れるのなら……。

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