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広く、薄暗い空間。
青白い光だけが、僕を導くように揺れている。
僕を照らす、僕の過去。
3番目の鏡の前で、僕は息を飲んで立ち尽くしていた。
映っていたのは、今までに僕が最も「後悔した」日の出来事だったから。
コップが割れる音、ギターが倒れる音。
思い切り殴られて、僕は床に転がった。
「いつまで続けりゃいいんだよ! こんな生活のまま、いつまで続けりゃいいってんだよ!」
悲鳴のようなシンジの叫び声と、それを止める仲間の声。
鏡の前の「今」の僕は、痛み出す胸をぎゅっと掴んで、目を閉じるしかなかった。
もう3年くらい前になる。
僕らのバンドは、上京してからも全然人気がでなくて、もちろんCDも出せないような状況で。
週に5日はバイトして、あとの2日で練習やライブを繰り返すしかなかった。
全員、お金がなくて。その日食べるのにも必死で。
少しずつ、メンバー同士の関係も悪くなっていった。
あの日はミーティングだった。
「いい曲を作って、いいライブをやる」って、いつもどおりの意見で統一されたところだった。
だってそれ以外、どうしていいか分からなかったんだから。
そしたら突然、シンジが言ったんだ。
「いつまでやりゃあ、報われるんだよ」って。
僕はそもそも楽天的な性格だし、もう開き直るしかなかったから、ちょっとおどけてこう言った。
「報われるまで、やるまでさ」
いつもなら「そういうのを馬鹿っていうんだぜ!」といって大笑いしてくれるはずのシンジ。
けれど奴はその日、僕の胸倉を掴んで叫んだ。
「いつまで続けりゃいいんだよ!こんな生活のまま、いつまで続けりゃいいってんだよ!」
暴れるシンジをメンバーがなんとか抑えて、僕はやっと立ち上がった。
「シンジ? どうしたんだよ」
「……もうお前らには付き合いきれねえわ」
つぶやくように言うと、シンジは部屋から出て行った。
僕らはもう誰も、何も言うことはできなかった。
翌日は、酷い雨だった。
僕のバイト先に、急にメンバーのタクが駆け込んできた。
ずぶ濡れのままのタクが持ってきた手紙は、雨なんかよりもずっと、僕の胸を冷たく濡らすものだった。
シンジのお父さんが先月亡くなっていたこと。
借金を返せずに実家の工場が差し押さえられたこと。
母親と妹といっしょに、遠くへ行ってしまうこと。
バンドが好きだったこと。
売れなくても、ずっと続けるのが夢だったこと。
「戻って来い」という両親からの説得に「あと1年」と言い続けていたこと。
僕の書く曲が好きだったこと。
「ごめん。お前らとは、もう二度と会うことはない」
最後の文字が滲んでいたのは、雨に濡れたせいだろうか。
僕とタクは、ムダと知りつつシンジのアパートを訪ねた。
がらんとした寒々しい空間。
そこにはシンジはもういなかった。
昨日の乱闘騒ぎのせいだろうか、傷の残るギターが1本だけ、床にぽつんと置かれていた。
青白い光が、僕に問いかける。
【コノジカンニ モドリマスカ?】
この時間に、もし戻れたら……。
僕は、すがるように鏡を覗き込んだ。
置き去りにされたギターを手に、あの日の僕は泣いていた。
どうして気付かなかったんだろう。
シンジがどれだけ追い詰められていたか。
どうして何も言えなかったんだろう。
どうして何もできなかったんだろう。
あんなにも、いつも一緒にいたのに。
この時間に、戻れるのなら……。