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青白い光は、やがて二人の人物を描き出した。
あれは、彼女と僕。
まだ高校生のふたり。
学校の帰り道。
彼女は泣きながらカバンを振り回して怒っている。
僕はそれを困ったように見ながら、それでも何か文句を言っている。
まだ、付き合いだして2か月くらいのときだ。
忘れもしない。
僕らがはじめて、ケンカをした日。
確か、クラスの女子が髪を染めたことを話題に出してしまったんだっけ。
目の前の彼女が、髪を切ったことにも気づかずに。
でも、このときの僕は、なんで彼女がそんなに怒るのか分からなくて、ものすごく困ってたんだ。
そして、あの交差点で、いい加減うんざりした僕が言うんだ。
「別に髪なんてどうでもいいだろ。」って。
それで、ほら。
あと3秒、2、1。
キツイ平手打ちの音が夕暮れの空にこだまする。
今なら分かるのにな。
彼女が自分をちゃんと見てほしかった気持ち。
きっと彼女も、今なら分かるだろうな。
僕が彼女といっしょにいるとき、舞い上がってしまって、まともに彼女を見られなかったことに。
青白い光が、僕の思考を止める。
【コノジカンニ モドリマスカ?】
確かに、このときに戻れば、彼女をなぐさめることもできるだろう。
今ならもっと大事にしてあげられる。
……それから先も、ちゃんと守ってあげられる。
事故になんて遭わないように。
映像の中。
高校時代の僕を交差点に残して、彼女は走って帰っていく。
カラスが一声、僕をバカにするように鳴いてったっけな。
あのときと同じように、過去を映す鏡の前で、僕はひとり立ち尽くしていた。
けんかの後、月が夜空を飾る頃、僕は彼女に電話した。
あの頃はまだ携帯電話なんて持ってなくて、彼女の母さんに「宿題のことで連絡がある」ってウソ言ったんだっけな。
近所の公園で、僕らはお互い謝った。
照れたように顔を見合わせて、僕らは笑って。
それから、少しだけブランコに乗ったんだ。
夜風が、少し短くなった彼女の髪をゆらして通り過ぎていく。
僕はブランコをこぎながら、ひんやりした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
初めてのケンカ。
子供っぽい言い争いの果てに、僕らは初めて仲直りをした。
青白い光が、再び僕の目の前に浮かぶ。
【コノジカンニ モドリマスカ?】
今なら、あのときよりもっとうまく、彼女をなぐさめられるかもしれないけど。
もっと大事にしてあげられるかもしれないけど。
あの日の僕らは、それぞれに悩んで、ちゃんと仲直りできた。
ブランコに揺られる僕らの笑顔を見つめたまま、僕は言った。
「いいえ、戻りません」
目の前の光と映像が、ふっと消えた。
僕は、もっと奥へと歩き出した。