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外では、いっそう強く雨が降り続いてる。
僕は、窓を流れ落ちる雨をぼんやりと見ていた。
家に帰るほんの少し前まで、僕はこの世の希望を全て抱きしめているような気分だった。
なのに。
なのに今は、もう何の希望も必要ない気分だ。
あのとき、僕は電話を一方的に切ってしまった。
彼女は何を言おうとしたんだろう。
まるであの時電話を切ったことが、すべての原因のような気がして、胸の深い部分が切り裂かれるように痛んだ。
あのとき。
あのとき「気をつけて来いよ。」と言っていれば。
ライブなんてやらずに、彼女に会いに行ってれば。
もともとマーコは、僕がまたバンドをやることに反対だった。
やっとマトモになったのに、なんてよく言われたもんだ。
こんなことなら。
マーコの言うとおり、バンドをまた始めたりしなければ。
後悔は深く、果てしなく。
僕はただ、窓に叩きつける雨を見つめるばかりだった。
どれくらい時間がたっただろう。
背後で扉が開く音がして、青白い光が差し込んできた。
ドアはそっちじゃない。
僕の後ろには、壁しかないはずなんだ。
体を起こして振り返る。
壁があるはずのところに、なぜだか大きな扉があった。
古くて立派な、骨董品のような扉。
半開きになっている扉の先から、青白い光が差し込んでいる。
僕はほとんど何も考えられないまま立ち上がると、扉の向こうへと足を踏み出していた。
そこは天井の高い、ずいぶん広い空間だった。
どこかの施設か廃工場のような雰囲気で、窓はなく、少し寒い。
青白い光がぼんやりと見える他は、濃い闇に包まれてひっそりと静まり返っていた。
太い柱が何本も立ち並んでいて、そこに大きな鏡が据え付けてある。
青白い光は、その鏡のひとつが発していた。
光に誘われるように、僕はその鏡に近づく。
鏡は、テレビの画面のように、何かを映し出した。
高校の帰り道。
僕はひとりで、公園のブランコに乗っていた。
夕焼けの橙色がまぶしい。
傍らには、カバンとギター。
バンドやってるのは楽しくて、仲間とつるんでるのは楽しくて。
それでも、それでも。
言いようのない孤独が、いつも僕の胸にあった。
この場面は、鮮明に覚えてる。
胸が、夕焼け空の色でいっぱいになって、僕は歌を書いた。
その歌を、バンドのメンバーは泣きながら聴いたんだ。
「いい曲だ」って。
忘れられない。
あの日の僕と、夕焼けの橙色。
ブランコに乗って揺れるシルエットの僕を映した鏡に、文字が浮かび上がる。
青白い光で。
【コノジカンニ モドリマスカ?】
この時間に戻って、やり直す?
オレンジに染まった世界で、不安定に揺れるブランコと僕。
その影を見つめながら、僕は言った。
「いいえ。戻りません。」
映像はぷつんと消え、周囲に闇と静寂が戻る。
また、ひとつ奥の柱から、ぼうっと青白い光が浮かび上がる。
僕は光のほうへと向かった。