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ブランコ  作者: スギヨシ ハチ
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「今夜が山場だ」と、彼女の母さんは言った。

僕は無言になった受話器を放り投げて、冷たい床に倒れこんだ。


暗い部屋。

カーテンは開けっぱなし。

いつしか雨が降り始めていた。


何も考えられないまま、僕は泣いた。




ぼんやりと昼間のことを、思い出す。


バイトが終わって、ライブハウスへ直行。

気持ちは足より先に駆けていく。


僕らは星の数ほどいるアマチュアバンドのひとつで、憧れてる『braze up』みたいなバンドにはまだまだ、それこそ何億光年も遠いけど。


今日はほんの少し、そこへ近づける日。

僕らのバンドが再結成して、初めてのライブの日。


いろんなことがあって、また戻ってきたんだ。

本当に、いろんなことがあった……。


だから、この日は僕にとって、正直彼女の誕生日よりも特別な日だった。


携帯が鳴る。


「もしもーし!」


駆け足を止めずに、僕は電話に出る。

思いのほか自分の声が弾んでいて、自分でもびっくりした。


彼女は笑いを含んだ声で言う。

『もしもし? なんだか楽しそうね』


「え? そう? いつもどおりだよ」

そんな風に答えながらも、自然と顔がニヤけてくる。


『今日、どこでライブだっけ?』

僕は駅のすぐそばにあるライブハウスの名前を言う。


「今日、来るんだろ?」

『そうね、ヒマだったら行ってあげてもいいよ』

そう言って、また彼女は笑う。


「なんだよぉ、かわいくねえなー」

『お互い様よ』

そう言って、僕らは笑う。


『あ、そうだ。ねぇ、マーコがね……』

「ゴメン、もう着くから切るわ! じゃあ後でな!」


僕はそう言うと、彼女が言いかけた言葉を聞かずに電話を切った。




満員ってわけにはいかなかったけど、僕が思っていたよりずっとたくさんのお客さんが来てくれていた。

みんなの顔を見たとき、涙がこみ上げてきたっけな。


凄く嬉しかったんだ。


僕らの歌を聞きに、駆けつけてくれたみんなに、心の底から感謝した。


僕もメンバーも、何回も何回も、ありがとうを言った。

言っても言っても足りなかったけど、言わずにはいられなかったんだ。


ありがとう。

本当にありがとう。




ライブが終わって、打ち上げで飲んで、僕は最高の気分だった。


携帯を見ると、マーコからの着信が何十件もあった。

かけなおしたけど、電源を切ってるとかでつながらなかった。


ライブハウスに来る途中で、道にでも迷ったんだろうと思っていた。


空はぼんやり曇っていて、月は傘をかぶっている。


今夜は雨かな。


ほんのり湿った夜の空気すら、今の僕には最高に思えた。

コウモリにでもなって、この夜をどこまでも飛んでいきたいって思った。




僕らは新しくスタートを切った。

この一歩が、この夜が、僕らの誕生日なんだ。


胸には希望が満ちていた。この世界の全てが、いとおしく思えた。




ぼんやりした外灯が足元を照らしている。

古いアパートのカギをあけて、僕は自分の家へと入った。


ギターを置いて、どさっとベッドに座る。

そのとき、電話が鳴った。




『もしもし。遅くにごめんなさいね。

夕方、あの子、車にはねられたの。

マーコちゃんが何度も連絡してくれたらしいんだけど、繋がらなくて。

今もまだ、意識が戻らない。

今夜が山場だそうよ。

どうして、あの子が……。

隣町の大学病院にいるの。

声をかけに来て、お願い。

「戻って来い」って言ってあげて――』




僕は無言になった受話器を放り投げて、冷たい床に倒れこんだ。


暗い部屋。

カーテンは開けっ放し。

雨が洗車機みたいな勢いで窓に吹き付けている。


何も考えられないまま、僕は泣いた。

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