プロローグ
鳴り止まない電話の音、デスクの上に乱雑に積まれた資料ファイルと企画書の山。
死んだ魚のような目で必死にパソコンにデータを入力し続けている。
正直な話一昨日からあまり寝てない。理由は至極単純でロクに仕事もできないド新人に大事なプロジェクトを任せた結果だ。
そいつは会社経営陣のお偉いさんの親族でコネ入社した期待の新人らしいのだが、無駄にプライドが高く人の話を聞かないヤツで、今回も俺は何度も進捗は大丈夫かい?と聞いても大丈夫です問題ありませんと繰り返すばかりで、内容はいつも誤魔化されていたのだけど一昨日部長が進捗を確認しに来て青い顔をしながら全く進んでいないことをゲロった訳だ。
そして運悪くその時その場に居合わせた俺にフォローを任せてきたのだからたまったもんじゃない。
フォローって言っても新人は使い物にならないし明日には重要なプレゼンが控えている(もちろん一切準備などはしていなかった)最悪の状況で仕事を投げ渡された俺は一人で必死に仕事をし続けて来た。
失敗すればその責任は俺に来る。後ろ盾がある新人は適当に干されるだけでなんの力も無い平社員の俺は左遷か最悪クビも僅かにだけどある…まぁ、今言えることはこのままじゃあヤバいだけだ。そんな俺を同僚たちは遠目で眺めているだけで誰も手伝ってはくれない。
そりゃあ、手伝えば責任が自分にも飛び火するし競争社会、同僚とはいえ結局はライバルな訳で一人勝手に脱落してくれるのだから手を出すメリットなんて何もない。
今回の無茶ぶりが初めてじゃないし、ほぼ毎度めんどうな仕事は上司から押し付けられて残業や家に仕事を持ち帰って睡眠時間を削らなきゃいけない等は日常茶飯事だし。
心の中で悪態を付きながも、手を止めることはなく黙々と作業を進める。
「…っと、よしここまで来たら終わりだ。」
いつの間にかオフィスは暗くなっていて俺のデスクスペースだけ明かりが灯っていた。
時間を見ると終電にギリギリ間に合いそうな時刻だ。えっ、新人?あいつなら定時で上がったよ合コンがあるだとさ、いても役に立たないし別にいいけどね。
「さて、仕上げは明日の朝やれば間に合うし帰るか。」
あまり残業しても管理職の人に睨まれるだけで良いことないしなど思いながらデータを保存しPCの電源を落とし手早く荷物をまとめ電気を消してオフィスからでる。
うす暗くなった廊下お歩きエレベーター前まで来てカチッとボタンを押すが反応がない。
「故障か?…あ、たしか総務からの一斉メールで夜にエレベーター点検をするから動かなくなるって書いてたな。」
はぁ、と軽い溜息を吐きながら階段に向かう。
六階に俺のいるオフェスがあるので地味につらいのだがしょうがない。
無心で階段でおりている途中ソレは唐突に起きた。ぐらりと視界が揺れ視点が定まらなくなり階段を踏み外した。
「…て言うのが君の最後の記憶で間違いないね。」
現在、俺は何もない真っ白な空間にいて目の前には光る球体に話しかけられている。
「はぁそうですけど…ここはどこですか、あとあなたは誰ですか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったね、僕は転生の管理を仕事にしている君たちから見たら神様かな。」
「か、神様?」
「そっ、そして君はあの時過労で目眩起こし階段を踏み外しあたりどころが悪く死んでしまったのだよ。」
あっ、やっぱりかデスクワーク続きでひどい肩こりや腰の痛みがないと思っていたけど…
「そうだね、今は体がなくて魂だけで来てもらっているしね。」
まるで心を読んだかの如く神様は俺に話す。
「おっと心読むのは不躾だったかな。でもこれで僕が神様みたいな者であることを理解してくれたかな。」
「…ええまぁ、突然の事でまだ少し混乱していますし、死んだって事には少なからずショックですけど特に未練とか特にないです。」
未練…そう、未練なんて特に無い両親は昔事故で亡くなってもういないし、生きるためだけに必死に仕事をしていただけでこれと言って趣味もなかったなぁ……
「あれ?何であんなに頑張っていたのだろう。あぁ、死んでから気が付くと俺はむなしい人生を送っていたんだな。」
「それだよ。」
「はい?」
ネガティブな発言をしていたら唐突に神様が声を上げる。
「あのね、最近過度な競争や歪む人間関係で転生を拒否する人間が多くなって、記憶を消して無理に転生してもらっても魂の何処かにトラウマや傷が残ってしまってね。そういう人はロクな人生を送れずにすぐ死んでしまったりと世界にとってもその魂にとってもよろしくない結果を生んでしまってね。」
「そうですね、俺も今転生したいとあまり思えません。」
「でしょ。…でもねそれだと転生がお仕事の僕が困ってしまうからね。いろんな神々と協議して一つの打開案として別の世界…異世界に転生してみるのはどうだろうか。」
「異世界ですか?」
「うん異世界。最近アニメやラノベでよく見る異世界だよ。」
アニメ、ラノベとか神様でも観るんだ。
「面白いからね。楽しく観させてもらっているよ、でね君のいた世界とは違った環境に行く事は大分魂のリフレッシュになるし、異世界の転生者は行った先の世界をいい感じにかき回すからそこの神々にも好評なんだ。」
「なるほど、でもそれだと異世界に行ったら何かやらされるんですか?」
「大丈夫だよ。僕たちは̚過度の干渉しない取り決めだし…世界を救うために魔王を倒して人類を統率しろなんて無茶な事は言わないよ。
…で、どうかな僕的おすすめは剣と魔法のあるファンタジー系が面白いよ。」
「ファンタジーってゲームとかでよくあるヤツですよね…という事はその魔物とかいて危険な気がするですけど。」
「そこはばっちり対策済みさ、今回そういった世界に転生してもらう場合それなりの特典を与えることになっていてね。
例えばまるで超人の如くすごい身体能力や様々な魔法を簡単に使えたり、転生時自分の生まれる先を決め容姿も要望があれば出来るだけそうなるようにこちらで調整したり、もちろん今の姿のまま歳を若返らせて異世界に送り出すことも可能だよ。その他にもいろいろあるけど……どうかな転生してみたくなったかな。」
「そうですね…」
神様の問いかけに少し考えてみる。
こういう感じの小説やアニメは何度か俺自身も観たことがある。貴族に転生した主人公が神様から何やらチートな能力や現代知識を披露して美人、美少女からモテまくる。で、俺の今の状況も近い物がある(まだモテてないけど)魔法も使えるようになるなら使って見たいけど…
頭の中にあの使えない新人や無理やり仕事を押し付けて来た上司の顔が浮かぶ。
例えば貴族に転生すれば周りの人間関係に苦労しそうだし平民だと貴族が圧制政治をしていたら最悪だな。ってか人類だとロクなことにならなそう。
「じゃあエルフとかドワーフ、獣人とかどうかな?」
「…よくある種族差別とか。」
「なら魔族、魔物とか。」
「魔族がどういう扱いか判りませんけど人類の敵じゃないですか。」
「人類嫌っているみたいだからいいかなぁと想ったのだけど」
いやいや、人間関係がめんどくさいだけで殺して周りたい訳ではないのですが。
「う~んなら、僕たち神に近く人類からは最凶と恐れられる時に尊ばれる龍族、ドラゴンなんてどうかな。」