4 いきなりトラブル
「大人しくついてこい! 抵抗したらただでは済まさんぞ!」
一人の兵士は武器を構え、もう一人は姉さんに手を伸ばした。
「ひっ」
姉さんはあまりにも突発な事態に硬直している。
「姉さん!」
俺は姉さんの手を引いて、その場から逃げた。
「おい待て!」
後ろから兵士の荒々しい呼び止める声が聞こえるが、無視して全力で逃げた。
暫くして、後ろに兵士の姿が見えなくなると俺たちは一旦足を止めて、やや高い茂みに隠れて周りの様子を窺った。
「どうやら追って来ていないようだ。しかし一体何なんだあいつらは」
「し、知らない、あんなNPCはいないはずよ!」
「いやそもそもNPCには見えなかったぞ……」
よく観察してなかったけど、顔の傷や汚れ、そして鎧の使いこまれた痕がやけにリアルで、NPCには、いやそもそもVRには見えなかった。
「VRには詳しくないけど、あれリアルすぎないか?」
「そ、そういえば。それにこの臭いも……」
そうだ。臭い。
さっき走った時にチラッと見たけど、どうやらあの兵士たちは城壁の近くで何かを燃やしているみたいだ。
小山のように積み上げられた黒焦げたモノが、不快な悪臭を放っている。
「どういうことだ、VRでにおいを感じるなんて、あり得ない筈なんだろう?」
「そ、そうなんだけど……ねえイツキ、言っていい?」
「何を?」
「私達、ゲームの世界に入ったんじゃないかな?」
何故か少し興奮しているような姉さんに、俺は溜息を吐いた。
「な、なによ! そんな呆れた表情しなくてもいいじゃない!」
「だってなぁ」
ゲーム世界に入ったって、VR黎明期の都市伝説じゃないんだから。
確かにあの頃はプレイヤーがゲームに迷い込んだり、ログアウト不能になったり、ゲームで死んだらリアルボディも死ぬと、その手の創作物が沢山出てたけど、さすがに現実にそんなことが……。
「で、でも! さっきからGMに連絡しようとしたけど、コントロールパネルが全然出ないの!」
「……俺もだ、変だな」
「ほら!」
「いやいやそれでもなぁ……まあゲームに入ったかどうかは別として、これはまずい状況になったね、コントロールパネルがないとログアウトできないし」
「そうだね、どうしよう」
「ゲームの世界に入ったという可能性はひとまず保留として、まずは安全を確保したい、さっきのようにいきなり急襲されちゃまずいし、また兵士に見つかったら面倒だ。どこか安全な場所ないかな……」
「あ、それなら。来て、タナトス」
姉さんが指を鳴らすと、一体の骸骨が不意に現れた。
暗赤色のボロいローブを着込んでいる骸骨は高そうのアクセサリーを幾つもつけており、骨の表面には魔法陣のような入れ墨も入っている。
「タナトス、私を中心に不可視の球体を使って」
『畏マリマシタ。――不可視ノ球体!』
姉さんが呼び出した骸骨――タナトスの呪文とともに、銀色の球体は俺たちを包み込んで、やがて透明になって見えなくなった。
「よし、これで周りからは見えない筈よ、あとは幾つかの認識妨害魔法も使えば完璧……あれ、イツキどうしたの?」
「……姉さん、やっぱり今も魔法が使えるのか」
「だって自キャラのままゲーム世界に入るのって定番じゃない?」
「なんの定番か分からないが……まあいいか」
「あと今のは魔法じゃなくて《死せる従僕》という固有能力なの、私は死霊魔法しか使えないから色んなNPCを作ってサポートしてもらってるのよ」
「そうか、じゃとりあえずその……タナトスさんに俺たちを隠して貰っていい?」
「おーけー。タナトス、防音結界、反探知、敵意探知を私とイツキに使って」
手慣れた様子で次々と骸骨に指示を飛ばす姉さんを見て、俺は考えた。
姉さんが魔法を使えるということは、俺たち姉弟が知らないうちにどこか遠いところに拉致されてきたって可能性がほぼなくなった。
今この状況、考えられる可能性は二つ。
一つは、《レクドラ》がいきなり進化して従来のVRのスペックを越えて、且つなんらかのバグでコントロールパネルが使用不能になった。
しかし勿論そんな技術の進化など聞いたことないし、そもそもゴーグル型のデバイスでどうやって触覚と嗅覚を受信するのだ。
となれば、もう一つだ。
ゲームの世界に入った、という可能性。
正直こっちはさらにぶっ飛んでいるが、あまりにもファンタジーすぎて逆に否定できる材料がない。
非常にアホくさいが、ただアホくさいから頭ごなしに否定するのもまた愚かだ。
新しい材料が出てくるまで、この説を想定して行こう。
「姉さん、この魔法は安全なのか? その、さっきのように見破られることは?」
「タナトスは防護系魔法に長けているから、さっきの斥候系プレイヤー相手なら問題ないよ。最上位職の全てを見通す目が居たらやばいけど、あれの固有能力は射程が短いから近づかれる前にやっちゃえば大丈夫!」
うん、よく分からないけどとりあえず姉さんが胸を張って大丈夫と言ったから大丈夫だろう。
昔から少々猪突猛進なところがあるけどこのゲームの知識に関しては信用できるはずだ。
「そうか、じゃこのままで移動できるか?」
「それもできるけど、どこ行くの?」
「あの中に入りたい」
俺は遠くに聳え立つ城塞――《始まりの城》を指差した。