2 転移、その前(二)
「聖なる光!」
眩い光線が俺の指先から放たれ、猪のような魔獣を貫いた。
爆ぜる白光。
魔物は地に伏せ霧散した。
「よし、これで10匹目だな」
「お疲れ様です、これでクエスト《武器屋の悩み》が達成されましたね! 早く武器屋のヨードさんのところに行って報酬をもらいましょう!」
ミアさんは嬉しそうに小走りに近寄った。
素朴な服を着ているが、輝く金髪と美貌は何ら損なわれるものではない。
どう見てもただの村娘には見えなかった美少女――ミアさんはこのゲームのNPCで、チュートリアルの案内人である。
彼女の指示に従って、俺は《始まりの村》のあちこちに走り回って、戦闘の仕方とクエストの進み方を学んだ。
どうやらこの《レクドラ》の世界では、プレイヤーは基本的にクエスト通りに行動して、報酬を貰いながらシナリオを進めるのが一番らしい。
VRMMOっていうのは皆こうなのか、よく分からない。
「お、レベルアップか」
武器屋のヨードさんに報告してクエストの報酬を貰ったら、全身がピカーと光った。
これがレベルアップの演出だ。
レベルアップはもう何度も経験したから驚かないが、最初の時はかなりびっくりしたな。
今の俺はレベル7か。最高レベルは100だからまだまだ弱いけど、20分ほどのチュートリアルだけでレベル7になるのは結構早いかもしれないね。
「おめでとうございます、イツキさんの神官レベルが6になって、第二層神術を使えるようになりました!」
ミアさんがパチパチと小さく拍手した。
第二層の神術とは?
「第二層神術というのは何?」
「この世界の魔法ではその強さに応じて第一層から第九層に分かれます。イツキさんは神官ですから神術を使えます。最初は二つしか使えませんが、神官のレベルが一つ上がると新たに三つの神術を会得できます。そして神官レベルが6の倍数になりますと、一つ上の神術、つまりより高位の神術を会得できるようになります。第一層神術より、第二層神術のほうが汎用性が高い、もしくは効果量が大きいのが沢山ありますので、是非チェックしてみてください」
「つまりレベル6になったから、その第二層神術から三つ選べるのか? で、レベル12になると第三層神術から選べると」
「その通りです、さすがイツキさんですね!」
こうやって受け答えできる上でおべっかもしてくれるとは、今のAIは凄いなぁ、と思いつつ俺は神術リストを開いた。
「第二層……あった、やっぱり多いな」
第一層の神術はすでに数十も及ぶが、第二層はその倍だ。
これが最上位の第九層となればどうなるだろう。
「とりあえず回復系の軽量治癒と病気除去にしとくか。あと一つは……強化用の羆の蛮力も取るか」
回復職とは言ってもやっぱり攻撃魔法も使いたいのが男の性だぜ。
ちなみに第一層の神術は聖なる光の他に、微量治癒、毒除去に聖水作成、あと幾つか便利そうなのを取っていた。
「これでチュートリアルが終わりました、お疲れ様です、どうぞこの《レクイエム・オブ・ドラゴン》の世界を楽しんでいてください」
「ありがとうございます、じゃもうこの村を出ていいのか?」
「はい。でも気をつけてくださいね、《奈落》や《煉獄》の者達に見つかったら危ないですから」
「《奈落》や《煉獄》?」
聞き慣れない言葉に、俺は思わずオウム返しにした。
「はい、この世界は大まかに三つの勢力に分かれています。一つは《楽園》、これは我々ヒューマン、そしてエルフ、ドワーフ、ジャイアントとその他人型の少数種族が協力し合い、外敵に備えるために創立した種族と国を超えた連盟です。それと同じように、アンデッド達が《奈落》を、魔族と異形種達が《煉獄》を立ち上げ、長い間争いを繰り返してきました」
「なるほど……そういう設定なのか」
要は広義的な人間と魔族とアンデッドの三つ巴だな。
我々人間は《楽園》で、魔族達は《煉獄》、そしてアンデッドは《奈落》ということだ。
「この辺りは安全なんですが、紛争地域に近付けると狙われることもありますので、どうぞ気をつけてください」
「つまりこの村を出たら殺される危険もあるのか?」
「いいえ、レベル30以下のプレイヤーはPVPの対象にはなりませんのでご安心ください。また、自勢力の安全地域に居る限り、こちらから攻撃しなければ対象になりません。ただしそれ以外の場合は他勢力に狙われる可能性がありますから、お気をつけてください」
「分かった、気をつけるよ。っと、そろそろ姉さんとの約束の時間だ、行かないと」
ミアさんと別れて、俺は慌てて村の入り口まで来た。
すると、「プレイヤー・フォンが貴方の現在地に転移しようとしています、許可しますか?」、とパネルが現れた。
「許可します、と」
タッチした途端、眩しい白光と共に一人の美しい女性が俺のすぐ隣に出現した。
絹糸のように背中いっぱい溢れるほどの銀髪と、吸い込まれるような赤い瞳と、夜を想起させる黒いマントとドレス。
大輪の花のように派手で華やかな美人だが、楚々とした所作に少女のような可憐さも持ち合わせている人。
背丈は俺より頭一つ低いけど女性の中では十分に長身と言えよう、加えてバランスのいいプロポーションとドレスに包まれる引き締まったボディラインが蠱惑な雰囲気を醸し出している。
なんて美しい人なんだ、と思わず溜息が出てしまうほど俺は女性に魅入られた。
これほどの女性、俺は今まで一人しか知らない。
「ここは……《始まりの村》? イツキってヒューマンなの?」
銀髪の美人が顎に指をあてて、首を傾げる。
姉さんの声だ。
「あ、やっぱり姉さんだ」
「なになに、お姉ちゃんが分からなかったの? リアルと同じようなアバター使ってるのに」
「髪と目の色が違うから、なんか雰囲気も変わった」
「そうかな、じゃ」
姉さんがパネルで何か操作したら、髪と目の色が一瞬で黒に染まった。
「あ、姉さんだ」
「はい、イツキのお姉ちゃんだよー」
おどけるようにぐるっと一回転した姉さん。
「それにしてもイツキがヒューマンにするなんて思わなかったのよ、しかも神官って」
「何かまずかったのか」
「だって私はアンデッドだよ、《奈落》だよ、なのにイツキは太陽神の神官なんて、まったくどんだけお姉ちゃんを殺しに掛かってるのよ」
「え、姉さんは《奈落》なの? 《楽園》と敵対しているじゃん」
「だからそう言ってるじゃない」
「でも《奈落》は全員アンデッドって聞いたけど、姉さんの見た目は普通だぞ?」
「私の種族は血を嗜む千年龍だから、普段の姿はこっちだよ」
「ヴァンプリ……え、何それ?」
なんか聞くだけでやばそうな種族なんだけど。
「そうね、簡単に言うとね――」
姉さんの話をまとめると、元々彼女の種族は龍人だったらしい。
龍人は基礎能力が高いけど、その代わりにレベル6までは職業レベルを取ることができず、龍人という「種族レベル」を取らなければならないのだ。
姉さんは幾つかの上位種族を経て、最終的に然るべき儀式を行い、血を嗜む千年龍という最上位種族に生まれ変わった。
そして龍人は《楽園》側だったが、血を嗜む千年龍はアンデッドである故、結局姉さんは《奈落》側に入った。
《レクドラ》には沢山の種族と上位種族があるから、ヒューマンでも吸血種や巫妖の種族レベルを取ればアンデッドになるから別に珍しくないと姉さんが説明した。
「はぁ、とりあえず姉さんの種族がやばいのは分かった。しかしここは《楽園》の勢力圏だろう、姉さんここにいちゃまずくないか?」
「そうだよ、一応このマント《天衣無縫》で種族と外見を偽っているけど、ある程度の高レベルプレイヤーには看破されちゃう。まあ、流石に《始まりの村》にはそんな高レベルはいないでしょうけど」
「姉さん、それはフラグ――」
と、俺が言い終える前に、一本のレイピアが姉さんの胸から生えた。
話とあまり関係ありませんが一応補足、
フォンの種族レベルの内訳:
龍人:6
半龍種:8
吸血種:6
上位吸血種:8
血を嗜む千年龍:12
どれもMAXです。
強力な種族ほど、全部の能力を得るための必要レベルが高く、その分取れる職業レベルが減ります。
上位種族は条件を満たせば何個でも取れますが、最上位種族は一つしか取れません。