16 あるところで交わされた会話
「君は、こんな報告を信じろというのかね?」
顎髭を上品に整えている男が、羊皮紙の束をポンっと無造作に机に放り出した。
机の向こうには、片膝をつく女が居た。
後ろに束ねられた赤髪のポニーテールに動きやすい装束、それとすらっとした引き締まった手足。
片膝をついて首を垂れるが、一分の隙もなく常に刺すような厳しい目つきで周囲を警戒しているその姿は彼女の腕の高さを語っている。
「見たまま、調べたまま書くまでで御座います、ディオール様」
「だとしたら君は夢と現実を混同する狂人か」
「……」
「……まあ、優秀な君のことだ、こんな事言いたくはないが」
男――ディオールは艶やかな漆の椅子に腰を下ろして、少し口調を緩めた。
「《城門破り》のダンダリオンが《始まりの城》に現れて、一人の奴隷少女を攫った。ここまではいい、いや良くはないか、《煉獄》でもトップクラスの化け物が一体どうやって誰にもバレずに城壁の内側に入れた? 兵士と警邏隊は何をしていた? 探索のマジックアイテムは作動してなかったのか?」
「正常に作動しただと、城壁の兵士が言いました。また、夜の間に誰も通してなかったと城門の兵士が――」
「知っている、君の報告書に書いてあるじゃないか」
ディオールは女の言葉を遮って、苛立たしく指で肘掛けを頻りに叩く。
「もし、仮に奴が本当に《始まりの城》に入ったらどうなると思う? 《カステラの街》の城門を単騎で破った怪物だ、神殿と冒険者、それと《正統会》の連中にも要請を出し、奴に対抗できる戦力が整えるまで《始まりの城》は何割残せる?」
「……」
「まあ、ここまでは良い、良くはないがこの後のよりはマシだ。あのダンダリオンがあっさりと倒された、だと?」
「はい」
「カステラが陥落した時、第三層魔法をもろに食らってもたたらを踏む程度で、バリスタに撃たれても怯む様子がない奴が?」
「ヤギの首をした鱗の巨人が不意に現れ、また突如に崩れ落ちたと、ガリュース邸の人々が言っていました、それと死体が本物だと警邏隊の隊長が――」
「それも知っている! それがっ、信じられないっ、て言っているんだ!」
ついに我慢しきれず爆発したようにディオールは怒鳴った。
「単騎で城門を破った怪物を一瞬で倒せる人がいたら私が見てみたいんだよ! 奴は怪力だけじゃなく魔法が全く通じない体をしていたのだぞ。それを倒した奴はなんだ、勇者か? あの腐れ勇者でもかつて《煉獄》の化け物に何度も敗北を喫したぞ! だとしたら神か? 我々を見捨てた忌々しい神が今更出てきたというのか!」
「ガリュースが、直前に太陽神の神官が居たと証言しました」
「ふっ、神術も碌に使えないくせに態度だけ偉いやつらが? 笑えない冗談だ」
男は軽蔑な笑いを零して、再度羊皮紙の束を手にした。
「まあ誰がやったかは置いといて、ダンダリオンに似た《煉獄》の者が死んだのは事実だ。《奈落》との仲間割れか、だとしたらもっとやれ。目下の問題はこっちだ、ダンダリオンが死んだ後、うちの家宰も消えたようだな?」
「はい、ダンダリオンがジルベルト様に化けていた、とガリュースが証言していました」
「もし本当なら大スキャンダルだ、この機に乗じて私を蹴落とそうとする虫けらどもが湧いてくるだろうな。ふん、毎日戦の鐘に怯えなければいけないこの辺境伯の座が欲しいっていうならいつでも差し出すわ」
「ディオール様……」
「分かっている、《煉獄》とも《奈落》ともまともにやり合ったことのない連中に譲る気はない、だから今すぐジルベルトを探し出せ」
「もし、探し出せなかった場合は?」
「それを考えるのは君の仕事じゃない」
ディオールは手を振り女を下がらせ――の直前に、何か思いついたように呟いた。
「そういえば、ダンダリオンが攫った奴隷少女はどうなった?」
「消えた、だそうです」
「そいつのことも探れ、何故ダンダリオンがたかが奴隷一人を攫ったのか知りたい」
「かしこまりました、ディオール様」
「期待しているぞ、フィーゼ」
「ご期待に添えるよう尽力いたします」
そう言い残して、赤いポニーテールの女――フィーゼは音もなく部屋から消えた。
ここまで読んで頂き有難う御座います。
これにて第二章は終わります。
ミアという同行者を得て、イツキとフォンはこれからもレクドラの世界を彷徨う。
ミアとの約束を果たすため、いつか元の世界へ戻るため。
次章からは不定期投稿となります、1章書き終えるごとにまとめて投稿する予定なので今しばらくお待ちくださいませ。
※別の作品も連載しています:
《不死の姉とネクロマンサー》: https://ncode.syosetu.com/n5223do/
こちらは週一更新でややシリアス寄りのハイファンタジーで御座います、もし良ければご一読を。




