15 ミアとの約束
10メートル超えの鱗の巨人――ダンダリオンが仰向けに倒れた。
幸いガリュース邸の敷地がかなり広いため被害は軽かったが、それでも街全体を揺るがすほどの騒ぎになるに違いない。
面倒事を避けるため、俺たちは素早くミアを助け出し、その場から逃げた。
《始まりの城》から離れて、森にて身を潜める一晩。
どうやらここまで追ってはこなかったようで、俺はひとまずホッとした。
しかしやるべき事はまだある。
「――と、いうわけだ」
俺はミアにほぼすべての事を説明した。
俺は神官じゃない事。
姉さんはアンデッドである事。
ミアが《煉獄》の者に狙われている事。
《始まりの城》から逃げ出した時に骸骨のタナトスさんの力を借りたし、姉さんは龍化しちゃったし、もうこれ以上隠しても無駄だと思った。
さすがにVRMMOをプレイしたらこの世界に来たっていうのは荒唐無稽すぎるから言えなかったけど、代わりに転移魔法のミスで知らない土地に来た風に説明した。
すべて聞き終えたミアは、何とも言えない困惑そうな顔をしている。
まあ、無理もないか。
「あの、それではイツキ様は神官ではないのに神術が使えるのですか?」
「そういうことになるかな」
「そしてフォン様はアンデッドでいらっしゃいます……そうなりますと、フォン様は《奈落》の方なんですか?」
「いや、別にそんなことはない」
確かに姉さんは《レクドラ》では《奈落》側なのだが、ゲームの競争とこの世界の戦争を混同するつもりはない。
「俺たちはただ戻りたいだけだ、元の場所に」
「フォン様の転移魔法のミス、なんですよね。伝説中の魔法を使えるなんて、フォン様は古の大魔法使い様なんですね!」
「え? ええそうよ」
いきなり話振られてキョドったが、何とか答えた姉さん。
「だからあの怖い巨人さんも倒せましたのよね、凄いです!」
「そんなこと、造作もないわ」
そういえば何であのダンダリオンを倒せたのだろう。
あの時はただダンダリオンの巨大さにすっかりびびっていたが、後で姉さんに訊いてみたらVRMMOに巨大魔獣は珍しくないようだ。
どうやらこの世界では大きさ=強さじゃないらしい。
しかし冒涜の魔眼で死んだということは姉さんより50レベル下……レベル50もないってことか。
姉さんに瞬殺されたあの斥候系プレイヤーより弱いじゃないか、そんな者が《煉獄》の偉い人の近衛団長?
いや近衛団長とかはダンダリオンのハッタリかもしれない、実はただの雑兵とか。
あり得るな、ガリュースがやけにダンダリオンの強さを信じていたのも騙されたかもしれない。
まあそれは置いといて。
「俺たち的にはこのあたりの常識を教えてくれる人が欲しい。そしてミアはどうしてだか分らないが《煉獄》の人に狙われているらしい。それで、信じてくれるかどうか分からないが、俺も姉さんもミアに害意はないし、できれば力になりたいと思っている。だからもし良ければ、俺たちと一緒に来ないか?」
自分で言ってて胡散臭いと思う。
ここまで来ると前にミアを助けたのも自演くさいだと思われても仕方ない。
しかしミアは少し俯いて、頷いた。
「……本当にいいのか?」
「……実は昨日寝ている間に、イツキ様とフォン様の会話を聞いてしまいました。れくどらとか、げーむとか分からない言葉いっぱいありましたけど、勇者オーヴェン様の話もありました。お二人はオーヴェン様のことを知っていますよね?」
「知っているというか……」
姉さんが知っている勇者オーヴェンは、少なくともこの世界の《禍神》オーヴェンとは乖離している。
その原因が、もしかして俺たちより前にこの世界に来ているプレイヤーなんじゃないのか、というのが現在の手掛かりの一つだ。
勿論そこから本当に戻る方法が見つかるのかって言われると微妙だが、如何せん手掛かりがなさすぎる。他のプレイヤーを探すついでに調べるのも悪くないだろ。
「勇者オーヴェンについてはまだ確かなことは言えないが、それを確かめたいと思っているから、それを含めてミアの力を借りたい」
「そうなんですか……実は昔、一度勇者オーヴェン様に会ったことがあります」
「そうなのか!?」
「十年ほど前に、《始まりの城》はまだ平和だった頃、友達と一緒に森に行った私ははぐれてしまって、魔獣に襲われそうな時にオーヴェン様に助けて貰いましたの」
10年前からよく襲われてるねこの娘。
と、そんなふざけた感想を抱きながら俺は頷いた。
「なるほど、だから今でも勇者と呼んでいるのか」
「はい、どうしてもあのオーヴェン様が悪い人なんて思えなくて、今回の事も私の影響を受けてシャルちゃん――あ、シャルちゃんは私の幼馴染です、彼女が神官様の前で勇者と言ったのが原因なんですから、本当は私がいけないはずなのに……」
「そうなのか……」
最初からミアを狙って奴隷に落とすっていう可能性も考えたけど、それでは回りくどすぎるから、やはり《煉獄》がミアに目を付けたのは奴隷になった後と考えるべきか。
一番あり得るのは、あの人攫い騒動のせいか。
「ですから、オーヴェン様が本当に悪い人かどうか知りたいのです、どうか私を連れてってください!」
「ああ、約束しよう。君を守って勇者オーヴェンの裏切り、その真相を調べよう」
俺はミアの手を取り、約束した。




