13 煉獄の者
パチ、パチ……。
ゆらゆらと燃え盛る暖炉の火が、二人の男の顔を照らす。
「彼女が自分で戻ってくるなんて、運がよかったなガリュース」
長身の男は酷薄に口元を歪ませて、蔑んだような目つきでもう一人を見据える。
「この度の失態は誠に申し訳御座いません!」
宝石と黄金で飾られた派手な服を纏ってる小太りの男――ガリュースはだらしない腹を搾るような凄まじい勢いで腰を折った。
「特製の馬車がよりにもよって浮遊翼蛇の群れに襲われるとは全くの予想外でした。幸いあの娘が無事に帰ってくれたから、この度は前金を返却いたします上、更にもう二人の高級奴隷を進呈させて頂きます。どうか、どうかお怒りを収めてくださいませ……!」
腰より低い位置まで下げられた頭へと、長身の男はゆっくりと手を伸ばす。
そして、まるで皮膚の下に何かが潜んでいるように、男の手は勝手に蠢き出した。
鉄の色をしている剛毛と鱗、煌めき爪、どう見ても人間のものには見えない。
変貌を遂げた男の手は常人の数倍大もあり、男はそれでガリュースの頭を果物のように掴んだ。
「ひっ! 何をなさいますかジルベルト様!?」
「勘違いするなよガリュース」
異形の手を持つ男――ジルベルトは軽く力を入れただけで、ガリュースの頭がみしみしと悲鳴を上げる。
「金も奴隷もどうでも良いのだ。我らが欲しているのはその娘だけ、それを貴様の失態で危うく失うところだった。我が主は寛大だから貴様のような愚物を許すかもしれないが、私は違うぞ」
「ひぃぃぃぃ! お許しくださいませ! お許しくださいませ!」
「ミンチのほうがお好みか? それともすりおろしか?」
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶる」
意味不明な悲鳴を上げていろいろ漏れ出しているガリュースを見て、ジルベルトは興味を失せたように異形の手を離した。
「ふっ、これまでの貢献に免じて今回は見逃してやる。だが忘れるな、我が《煉獄》の牙はいついかなる時でも貴様の首に掛かっているのだ」
「はいぃぃぃぃっ! き、肝に銘じております!」
「私は先に戻る、用意が出来たらその娘を領主の城まで送れ、今度こそ失敗するなよ?」
そう言い残して、ジルベルトは部屋を出た。
この一部始終はすべて部屋の隅で不可視の球体で身を隠している俺と姉さんに目撃されたとも知らずに。
「……」
「……」
俺と姉さんは互いに顔を見合わせる。
先に口を開いたのは姉さんだ。
「い、イツキ、これってあれだよね、越後屋お主も悪よのげへへお代官様程じゃございませぬよっていうやつ!」
「おおむね間違ってないけどお代官様は人間やめてないぞ」
ただゲームのシナリオ通りにガリュースが汚職官僚と通じている証拠を掴むために潜入しているのに、まさかあんな場面を目撃するなんて。
いくら不可視も音遮断の魔法も掛かっているからお前ら迂闊すぎないかな、悪事を働いてるならもっと用心しろよ。
しかしこれはまずいことになったな。
もともと疑問を覚えてた。
いくら店に迷惑を掛けたとはいえ、一人の奴隷を送り出すために特製の馬車も護衛も使って《最果ての風》が猛威を振るう夜中で出発するのか。
その謎が今解かれた。
大奴隷商人ガリュースは裏で《煉獄》と繋がっていて、向こうはただの奴隷ではなくミアを指名して求めていたのだ。
「姉さん、そのジルベルトってやつはいったい誰だ?」
「んとね、ジルベルトはゲームでもガリュースと繋がっているこの地を治めている領主の家宰なの、でもゲームではただのヒューマンだし、《煉獄》の人じゃなかったのよ」
「領主の家宰が実は《煉獄》の工作員ってことか、まるでスパイ映画だな。この地っていうと《始まりの城》?」
「ううん、ゲームでは《始まりの村》だから、ここは領地の一部で領主はもっと大きな街にいるの」
「これからその街にミアを送り出すのか……今のうちに止めないと」
「そうだね!」
しかしどうやって?
金でミアを買い戻すにしてもガリュースがあんなにジルベルトに恐れているから応じてくれないだろう。そもそも俺たちが持ってるお金がこの国で通用しているかどうかもわからん。
そして俺たちに社会的な地位がないから告発しても恐らく無駄だ。
誰かが代わりに告発してくれれば……しかしこの世界に来たばかりの俺たちにそんなコネがあるわけ――
「そうだ」
「何か方法あったの!?」
「いやこれは……危険だな」
「それでもいいよ! ミアちゃんが危ないから!」
確かにこのままじゃミアが危ない。
《煉獄》が一体なぜミアに執着しているかは知らないが、ミアが彼らの手に落ちたらロクな目に合わないのが目に見えている。
少し、いやかなり博打みたいな方法だが、見殺しするよりはいい。
「分かった。姉さん、この部屋での会話を外に漏らさないようにできるか? それと……そうだな、誰かが来ても暫くの間攻撃を防いでくれるやつを呼び出してくれ」
「アイアイサー! タナトス、下級防音結界を」
『畏マリマシタ』
「出てきて、アリス!」
姉さんの声に応じて、白い戦士が影から飛び出した。
蒼白の皮膚と同じように白くて長い髪を後ろに束ね、メリハリのある体型から見るとどうやら女性のようだ。
しかし彼女には上半身が二つもあり、遠くから見ればYの字になっている。
一体どうやって着付けたのか、左右の上半身とも鎧を着込んでいて、盾も二つ持っているから防御力は高そうに見える。
「アリスの左右半身はそれぞれ魔法、物理無効となっているから盾役としてとっても優秀だよ、さあ、これでいい?」
「よし、じゃ俺は不可視の球体を出るから、姉さんはここで待ってて」
「了解! イツキ頑張って!」
姉さんの応援を背に、俺は不可視の球体から外へと踏み出した。
未だ部屋にいるガリュースに、精一杯の笑顔とともに話しかけた。
「こんばんはガリュースさん、私は太陽神の神官、イツキと申します。先ほどジルベルト様とご歓談されたのようで、幾つか伺いたい事項がありますが宜しいでしょうか?」




