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9 ミアがもたらした消息

 

「あれ? ミアちゃんじゃないか」

「本当だ」


 泥で汚れている金髪をかき分けたら、その下にあるのは形の整った閉じた目。

 どうやら気絶しているらしいが、まさか短期間でまた会えるなんて。

 ていうかこんなところに何してたの?


「なになに、この子が魔獣に襲われてるから助けてきた? ホリックは偉いね」


 姉さんは四つの腕と四つの目を持つ子供型のアンデッド――ホリックの話を聞きながらその頭を撫でた。


「その、ホリックさんと会話できるのか?」

「ゲームではできなかったけどね、どうしてか今はできるの」

「ふーん」

「そもそも《死せる従僕》は命じられた行動しかしないはずなのに、この子が自分で判断してミアちゃんを助けたのよ、凄くない?」

「またゲームと違うところか、興味深いな」


 しかし今は気絶しているミアが大事だ。

 見たところ酷い怪我はないけど、所々擦り傷がついてるからとりあえず微量治癒(キュア・マイナー)で治してあげた。

 微量治癒(キュア・マイナー)は第一層の治癒神術だけど、ナイフに刺された傷も治せたから擦り傷程度すぐ元に戻った。

 あとは汚れを落として体も温めたほうがいいかな。





「ん、ん……」

「お、気が付いたか?」


 10分ほど過ぎたら、ミアは色っぽい唸り声と共に目を覚ました。

 目を開けたミアは、まず身を起して洞窟内を環視した。


「あの、ここは……?」

「君は外で魔獣に襲われたんだ、覚えてる?」

「え、ええ……」

「俺たちはこの洞窟で君の声を聞きつけ、君を助けたんだ」

「あ、そうなんですか、ありがとうございます!」


 ミアは両手を膝に揃えて深く頭を下げた。

 ゲームの時も思ったんだけど、この娘って妙に礼儀正しくて、所作も洗練されてるよな。

 あの時はチュートリアルNPCだから礼儀正しいのも、仕草が綺麗なのも納得できるけど、こうして見ると粗悪な麻のワンピースとのギャップが凄い。

 実際レクドラのプレイヤー達もそこが気になって、実は没落した貴族の娘という裏設定があるじゃないかと妄想する人も少なくなかった。


「私はミアと言います、もし良ければお名前を教えていただけませんか?」

「あ、まだ名乗ってなかったね、俺はイツキ、こちらは姉の……フォンだ」


 少し躊躇って、俺はハンドルネームで名乗った。

 この世界においてどんな名前が普通なのかは分からないが、ゲームのミアは苗字なんてなかったし、フルネームは告げないほうがいいかもしれない。


 ちなみに姉さんは俺の後ろで取り澄ましたような顔をしている。

 俺が紹介した時も小さく頷いただけ。

 クールに見えるけど、あれは人見知りが発動しているから俺の後ろに隠れているだけだ。


「イツキ様とフォン様ですね、分かりました」


 流れるように「様」つけにしているミアに、俺は内心やや驚いた。

 確かゲームでは「さん」呼びだったはずだが……。

 俺が訝しんでいるのを知らずに、ミアは遠慮がちに聞いてきた。


「あの、もし人違いでしたら申し訳ありませんが、《始まりの城》でイツキ様とフォン様に一度会ったことがありませんか?」

「……もしかして、君はあの時人攫いにあった娘なのか?」


 俺は今思い出した風に言った。


「そ、そうなんです、やはりあの時のお二人なんですね!」


 ぱあっと表情が明るくなったミア。

 大人びた美貌を持つミアだが、表情がころころと変わるから幼く見える時もある。

 確か設定では十五歳のミアは洗練された仕草の割にこういう無邪気の表情もあるからかなりの人気を博している。


 姉さんが言うには、ヒューマンのメインストーリーではミアはプレイヤーの選択によって一度だけ特別な笑顔を見せることがある。

 その笑顔をいかに美しくスクリーンショットで保存するか、という非公式の撮影大会も開かれたらしい。


「こうしてまたお二人に助けて頂いたなんて、どう感謝すればいいとやら」


 ミアは俺の手を両手で握りしめて、感動しているように言った。

 弱々しい手つきだが、体温がしっかり伝わってくる。


「俺もまさかもう一度会うことになるなんて、あの後無事でよかったね」

「はい、あれから警備団の人たちにお二人のことを聞かれましたけど、私も途中で気を失っていたからよく分かりませんでした」

「そうなのか、警備団の人達はなんて言ったの?」

「そうですね……」


 ミアの話をまとめると、あのリーダー格の男は元々懸賞がかかってるような悪名高い人攫いだったらしい。

 そのためミアが被害者であることは簡単に証明されたが、問題は俺たちのことだ。

 何故俺たちがそこに居て、何故自分を助けたとミアは何度も訊かれたが、勿論彼女は何も知らないので警備団の人たちも結局諦めた。


「なるほど、そんなことがあったのか」

「はい、そうなんです。……あれ、そういえばフォン様はあの時、私の名前を呼んだ気が……」

「気のせいでしょう。それより体に何か異状はないか?」

「いいえ、それは別に、ぁ……」

「おっと」


 と、言った側からミアは力が抜けたように俺に倒れかかった。

 しかしこうして見ると、やはりミアって着痩せ……じゃなかった、この服の作りって本当に粗悪だな。

 生地はペラペラで肌を刺すような手触りだし、ほつれや継ぎ接ぎも見られるし。

 ゲームではもっといい服着ていなかった?


 俺はミアを寝かせて、マントをかけた。


「まだ本調子じゃないらしいな。一応目立った傷は治したけど、かなり衰弱しているかもしれない。もう少し横になったほうがいいぞ」

「は、はい、ではお言葉に甘えて……あの、私の傷を治したっていうのはどういう意味なんでしょう?」

「どういう意味って、微量治癒(キュア・マイナー)で治したんだけど?」

「え!?」


 驚きの声を上げて、ミアは自分の手足を確認した。


浮遊翼蛇(フライング・スネイク)に付けられた傷が……まさか本当に」


 浮遊翼蛇(フライング・スネイク)というのは《最果ての風》に生息する魔獣の中でも弱いほうだが、とにかく群れで行動するから面倒くさい、と姉さんが愚痴ったことがあった。

 しかし何故ミアはここまで驚いてるんだ。


「どうしたのか?」

「あの、もしかして神術が使える高位の神官様でいらっしゃいますか?」


 俺は首を傾げた。

 勿論俺はこの世界の神官ではない。

 確かに俺の職業は神官だし今も神官服を着ているが、レベルは7しかなくて姉さんのように上位職を取ったわけでもない。


「高位の神官ではないが、神術は普通に使えるよ?」

「そんなっ! あ、もしかして旅の神官様でいらっしゃいますか?」


 俺は素早く頭を巡らせた。

 ミアの口ぶりからすると、この世界の神官は全員神術が使えるわけじゃないらしい。

 神術使える=高位の神官っていう認識なら、むしろかなり少数と言えよう。

 いやもしかしてただの町娘であるミアがそういう認識をしているだけで、実はそうじゃない可能性もあるが。


 しかしどっちにしろ俺たちにその常識がない。

 ここで高位の神官だと偽っても簡単にバレるだろう。

 かと言って「旅の神官」というものもよく分からないしね、さてどうしたものか。


「実は俺たちは、かなり、そう本当に遠い場所から来ていたんだ」


 俺はミアの言葉に曖昧に頷いた、こう答えた。

 するとミアは手のひらを合わせて、得心したようにしきりに頷いた。


「やはりそうなんですね、分かりました。お二人のことは誰にも喋りませんのでご安心ください」


 一体何が分かったっていうのかなこの娘。


「では恥ずかしながら、この辺の事情に疎いのでもし良かったら教えてくれないかな?」

「はい、イツキ様のお力になれて嬉しいです!」


 まだ力が入らなくて横になったままだが、ミアは花が咲いたような笑顔を見せた。

 ええ子や……。

第二章始まります。

これからは毎日投稿になりますので、お楽しみくださいませ。

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